第31話 脈動する岩地
結局、メアが帰って来る様子はなく、俺はブルッフラを1人出た。
高レベルの魔物に襲われて何処かでやられてやしないか?
ブルッフラ周辺は、およそレベル10から最大60を少しばかりオーバーする魔物が出現する。
スカルエンペラーの襲撃は例外だったが、それでも高レベルの魔物はいる。
ただ、勇者のランクでその者の強さは測れない。
それは、その人間の持つスキルだったり、使用武器の熟練度などがある。
もしくは特定の技能のみを向上させて来て、その力にあった戦闘法を確立したという場合。
それぞれの勇者が独自に築いた戦闘法を持っている。
そうしなければ、この魔物時代を生き残って行くことは難しい。
「パルセンロックか」
パルセンロックは、次の目的地であるバタリアの手前に広がる岩地。
メアはそのパルセンロックあたりからサギニの森で魔物の討伐をすると言っていた。
もう、日没までの時刻は過ぎている。
メアと合流して早くバタリアへ急ごう。
ブルッフラを出て北に位置するラグナ平原をひたすら歩く。
こうしてラグナ平原を見ていると、魔物が蠢いている世界だなんてまるで思えない。
その、たまに見せる静かなラグナ平原には魔物の姿は見当たらない。
これがまたふと心休まる瞬間で、いつかこんな時がずっと続く時代が来るのかと、1人妄想する。
まあ、その時は勇者も必要なくなるだろうから、俺は次の職を探さないといけないがーー実際、当分はその心配もない。
俺の目の前に現れたのは、黄色い皮膚が特徴的なサウンドリザード。
緑のラグナ平原にぽつんといるのはとても目につく。
上半身を器用に持ち上げ、シャーシャーと威嚇の声をあげる。
もはや習慣と化している観察眼で確認すると、レベルは55。
攻撃力、防御力は共に65という数値。
討伐してもいい範囲の魔物だ。
サウンドリザードは全身をくねらせ、地面に這いつくばるように向かって来る。
そんなサウンドリザードをアスティオンで薙ぎ払うのだが、あっさりと避けられてしまう。
攻撃力、防御力は程度が知れてるが、スピードだけはピカイチだな。
間合いを取ったサウンドリザードは口をパクパクし始め、耳障りな超音波を発する。
キーンと鼓膜の奥まで鳴り響く超音波は思考を混乱させる。
だが、俺は対処方法を知っている。
軽く息を止めるだけでいい。
完全に超音波を防ぐことは出来ないが、かなり緩和される。
その隙に、さっきから大口を開けて超音波を発しているサウンドリザードに一閃を打ち込む。
アスティオンの魔物特攻特性は健在。
一撃では葬れなかったが、二撃目によってサウンドリザードは散る。
いくらスピードに自信があるサウンドリザードでも、超音波を発している時ほど隙だらけだ。
そして、そのサウンドリザードの超音波を聞いてか、他のサウンドリザードもぞくぞくと登場する。
まったく、魔物同士の連携ほど厄介なものはない。
このサウンドリザード程度のレベルならまだしも、高レベルの魔物同士でやられると厄介どころじゃない。
最も、高レベルになるほど魔物のプライドが高くなるのか、連携をとることは少ない。
さて、数は1、2、3……6。
ずいぶん呼んだな。
それぞれのサウンドリザードが口を開けて、超音波をあげる。
それが、その場の俺にのみダメージを与えるのが実に腹ただしい。
サウンドリザードたちにとっては、超音波は仲間を呼んだり会話の手段として使うようだ。
が、対する人間に対しては脳の神経回路を狙う攻撃と化す。
俺は速技+3を解放。
ぐるりと俺を囲うサウンドリザードを瞬時に一閃。
悲鳴をあげることなくサウンドリザードはラグナの大地に次々と倒れる。
先を急ごう。
降っていた雨はいつしか止んでいて、雲の間からはまだ明るい空が顔を覗かせる。
その間にメアと合流したいが、本当に何処かでやられてやしないだろうか。
俺はメアの戦闘能力をはっきりと知らない。
セイクリッドで絡んで来た時とスカルエンペラーの交戦を共にした時。そして、メアがランク4になると言い出してラグナ平原で魔物の討伐を見ていた時。
その程度。
見えてきた岩肌の地。
元々は岩の山であったようだが、過去、今より魔物が大地を支配していた時代、人間との戦いにより見通しのいい場所に変貌してしまった。
ただ、いくら見通しがいいと言っても、自然な壊れ方ではない歪な形をしたまま残っている岩も多くある。
人が歩けるような道ではない。
今もまだ、魔物が棲まう絶好の場所。このパルセンロックに向かう者など、魔物を調査する人間か勇者くらいしかいないだろう。
岩地に足をかけると、僅かだが動いているのが分かる。
非常にゆっくりと動いている。まるで、岩地が生きているように感じる。
あたりを見渡すが、メアが戦った跡らしきものは見えない。
サギニの森だったか?
本当は、ブルッフラの門の前で待っているのが正解だったろうが、悠長に待っていてメアが危険な目に遭っていたらどうしようもない。それだったらまだ門の前で待ってもらっているほうがいい。
今まで1人旅が長いものだから気にも止めなかったが、個人間同士の場所を確認出来る道具の存在もある。
ブルッフラの街には売っていなかったが、バタリアにはあるはずだ。
メアと合流する為、そしてバタリアに急ぐ為、俺はパルセンロックに歩みを進めた。
◇
パルセンロックに立ち入って暫くして、俺は辺りを見回していた。
「……メアがしたのか?」
広範囲に渡って氷で覆われた場所があって、空気中に氷塵が浮かぶ。
ここで何かがあったことは間違いない。
無造作に崩壊したであろう岩の塊が、真新しく氷っている。
ただ、これがメアによってされたものなのかは定かではない。
氷に覆われた場所には、横たわり既に息絶えた魔物も確認出来る。
おそらくメアだとは思うが、これほどの力を持っていたのかと驚くほど。
日も既に沈みかけている。
夜になればパルセンロックに帰って来る魔物もいるだろうから面倒なことになる。
こんなのんびり移動していては見つかるものも見つからない。
俺は速技+1を解放した。
この程度なら、反動で受ける身体ダメージはほとんどない。
素早く氷の上を駆けて行きメアを探す。
顔に当たる氷塵がまだ新しいことから、この近くにいそうな気はするのだが。
気温もぐっと下がった。
対魔物耐性の服のお陰でだいぶ緩和されているが、それでも寒い。
すると、氷になった地を蹴るように走る一体の魔物。
立派なたてがみをしており、吐く息が白い。
フォグウルフだ。
そして、俺のことなど気づいてもいないようで、ただ向く方へ走る。
だが、俺は見過ごすわけには行かなかった。
血。
明らかにそれだとわかるものが、体にわかりやすく付いているからだ。
まさか、メア?
と、一瞬だがそう思ってしまった。
フォグウルフは、元々パルセンロックに生息しない魔物。
氷の地と呼ばれるアイスガーデンにいるはずの魔物で、氷に対する耐性は強い。
嫌な予感がしてならない。
俺は、走るフォグウルフの後を追った。