第23話 女勇者が憧れた女
「ねえ、アンナさんってどんな人なの?」
「どんなって……怒らすと手につけられない感じか」
俺たちは今、情報屋アンナの元に向かっている。金貨15枚も払った日に渡されたカードには、情報屋とはまた別の店の名前が書いてある。
「……シン、よく平気でそんなこと言えるわね」
「俺はその雰囲気を言っただけだ」
もし、彼女がこの場に居れば殴られていたかもしれない。いや、平手打ちだろうか。
手につけられそうにないと言ったのは俺のただの偏見だ。
「……私さ、薄々思っていたんだけど、シンって失礼だよね。私と初めて会った時もそうだったけど、無視されたし」
「ならなんだ? 俺がそれを聞いたからって変えるとでも思ったのか?」
そう言うと、メアはムッとした表情をした。
「いいえ!! 私のただの独り言でーす!!」
ふいっと顔を背けて、スタスタと先に行ってしまう。
「……そうか」
確かに、今にして思えば失礼だったな。
セイクリッドの武器屋で、何か思ったからメアは俺に話しかけて来たわけだ。無視というのはいけない。
それでは、俺がただ不機嫌な奴ではないか。事実、その時はその通りだったのだがこれは今後やめよう。
メアの歩くスピードは早く、既に情報屋アンナのいる店の前にいるようだ。
メアは中の様子を伺っている。
すると、店の扉が開いて中から1人の女性が出て来る。
メアは余所余所しい様子で、そして俺の方を見る。
「来たのね!」
「また、何か聞こうと思ってな」
微笑を返すのは情報屋のアンナだ。
店は小さなバー。イサーラという名前の店。2つの職業を持っているのだろうか。
「私のバーよ。さっ、入って」
店に入ると人はいない。
落ちついた雰囲気の店内で、カウンターと丸い椅子、その前のスペースに丸いテーブルと椅子が2つセット置いてある。
カウンター内には、ワインがずらりと並んでいる様子が見られる。
メアはバーなど来たことがないのだろう。
まるで初めて見たように物珍しそうに店内を見る。
ただ、それは俺も同じだった。
「2つも仕事を持っているなんて精が出るな」
「好きだから。バーも情報屋も」
「か、かっこいい!」
メアは目を輝かせたようにアンナを見ている。そんな目、俺は一度も見たことがない。
なるほど、憧れの対象を見るとはこういうことを言うのか。まあ、憧れかどうかは分からないが、あながち間違ってはいないだろう。
メアはバーのどういうところが好きですか? とか、美貌の秘訣は? などとアンナに聞いている。
アンナはそれに丁寧に答えており、人柄の良さもこうして見える。
「で! そこで突っ立ってる勇者の……」
「シンだ」
そう言えば、名を名乗っていなかった。これも俺のよくないところだな。
アンナはまだしつこく聞いてくるメアをカウンターの椅子に座らせている。
「シン君ね。シン君は何か聞きたいことあって此処に来たんじゃなかったの?」
「ああ。……でも、やっぱり金は取るんだよな?」
そう聞いたのは、此処がバーだからだ。
前回、彼女から情報を得る際、たんまりと金貨を持っていかれた。
3人だけの空間に沈黙の時間が流れる。
「仕方ないわね。今回は特別大サービスよ。ただし、情報屋アンナとまた会ったその時は少し上乗せて情報を買ってもらうわ」
メアもアンナの性格が少し分かったのだろう。表情がぎこちない。
「ああ。ーー聞きたいことは2つあるんだ。1つは、この剣のように宝剣を持っている勇者の居場所。もう1つは、魔王の城に行ったことがある勇者の居場所。どうだ? 分かりそうか?」
どうしたのだろう。アンナは肩を少しばかり震わせて微笑している。
「シン君、そう言う言い方で情報屋にものを聞くべきではないわよ。それも、この街で有名な私に向かって」
アンナは凛として自信満々な様子。
「そうなのか?」
様々な情報が集まってくるブルッフラで自分で有名というくらいだ。本当に凄い有名人なのかもしれない。
ただ、そんな広いブルッフラの中でも情報屋というのは一般人と同じような服装をしており判断は難しい。
それは情報屋のトレードマークであるiを見れば分かることなのだが、情報屋は目立ちにくい場所に付けている。貴重な情報を持っている彼等の一種の身を守る術なのだろう。
ただ、逆を言えばそのトレードマークさえ見つければその者は情報屋ということになるが。
俺が情報屋アンナに会ったのは、ブルッフラの門近く構えていた靴屋の青年にたまたま尋ねたからに過ぎない。
「え……えええええ!? ちょっとちょっと待って!? 宝剣って、まさかシンの持ってるその剣のこと言ってるの!?」
「ああ、メアには言ってなかったな」
さらりとそうメアに言った。
「……宝剣……まっさかー! ……ほんとなの?」
こくりと俺は頷く。
メアであれば、宝剣のことを伝えても大丈夫だろう。
「何? シン君、彼女には言っても良かったの?」
「ああ、暫くは一緒になりそうだからな」
何故、メアは俺の旅になんかついて来るのだろう。物好きなのか、それとも何か他に目的でもあるのだろうか。
「……宝剣、シンが……あの……」
メアはまだ信じられないという感じだ。
ただ、それは俺も同じではあった。
勇者になった日から共に日々を過ごして来たアスティオン。その特性を活かした斬撃で、数多の魔物を討伐して来た。
旅路の中で宝剣の噂も度々耳にしていたが、自分の持っている剣がそうだとは思いもしなかった。
ましてや、宝剣を持った勇者には会ったこともない。宝剣の特徴も特性も知らなかった。
だが、アンナは言っていた。
全ての宝剣には、魔物に対して特攻特性を持っていると。
そうなると、魔物に武器を振るっている者を見つけて、特攻特性かどうか見極めれば単純にそれは宝剣ということになる。武器と言ったのは、剣であるとは限らないからだ。
弓、斧、槍、鈍器、投石器など、まだ他にもあるだろう。極め付きは、特攻特性を持つ武器が宝剣だけとは限らないこと。
しかもだ、宝剣を持っているのは勇者とは限らない。
俺の家のように蔵にしまっている場合もあるだろうし、国が持っている場合も考えられる。
もしくは、勇者でもない者が持っているとも考えられる。
こればっかりはどうしようもない。
情報屋であるアンナは俺の持つアスティオンは宝剣だと言うが……信じてもいいものだろうか。
アンナの言うことを疑いたくはないのだが、やはり、まだ信用はしていない。
だから俺は聞こう。
本当に俺の持つアスティオンが宝剣ならば、同じ宝剣を持っている勇者に直接会って聞きたい。
俺が他の宝剣所有者を気にする理由。
それは勿論、魔王の城に眠る秘宝を盗むという任務を成功に導く為だ。
多少強い勇者を連れて魔王の城に行ったとしても、正直なところ魔王の城に入れない可能性もある。
あのジャックとマラルの仲間だったというランク9の勇者でさえ、魔王の城周辺の魔物に殺されたというのだ。
宝剣を持つ勇者に逢いに行くのは、任務を遂行できる可能性を少しでもあげる為。
そしてもう一つ、宝剣を持っているとなると何らかの目的意識を持って旅をしていることも考えられる。
そう考えると、やはり行き着く先は魔物の大将がいる魔王の城ではないだろうか。
勿論、昔の俺のように、ただただ討伐出来る魔物の相手をしている場合も考えられる。または、自分の持っている武器が宝剣と知らないでいるか。
だからまずは宝剣を持っている者に会いに行く。それが、魔王の城に眠る秘宝を盗み出す為に出来ることの一つだと思うから。
「シン君、あなたが言った質問に答えてあげる。……だけど、その前に2つ忠告しておくわ」
「忠告? 何をだ?」
「一つ、絶対にその人を仲間にしようだなんて思わないこと。二つ、その人を説得しようとしないこと。分かった?」
なんだ、その忠告は。それでは遠回しに会いに行っても無駄という風に聞こえる。だがつまり、アンナが言わんとしていることーー。
「そいつが、宝剣を持っているのか?」
「ええ。魔王の城にも行っているわ」
なるほど、それは是非ともお逢いしたい。宝剣を所持し、尚且つ魔王の城に行ったことがある人物。ただ者ではなさそうだ。
「そいつの居場所は?」
「ーーカサルの地よ」
俺の眉がピクリと動く。
カサルの地。其処は俺が魔王の城に行く前に寄ろうとしていた場所の一つで、俺がまだ勇者になりたての頃に行ったことがある場所だ。
「今は居るか分からないけれど、その場所で彼をよく見ると噂には聞くわ」
これは予想外の事を聞けた。
ただ、気になるのはアンナが言う宝剣を持つ勇者が、俺が昔カサルの地で会った勇者なのかということ。記憶に残る限りでは、忠告に当てはまるような人物はいなかった。
「ーーまた、いいことが聞けたよ。今度会った時はしっかりと上乗せして払ってやる。メア、行こう」
しかし、俺と同じ宝剣を持つ勇者となると俄然興味が湧いてくる。カサルの地は、まだまだ遠いがいずれ会うことにはなるだろう。
「うん! だけど、もうちょっとアンナさんと話したいな……」
メアもメアだ。一緒に旅をすると言いながら、結局は優先度は自分。余程、アンナに憧れを抱いたのだろう。
まあ別に構わない。ブルッフラを出発するのは2日後。もしかしたら、その間にメアの気持ちも変わるかもしれない。
無理に旅に連れてはいかない。それはメアの選択の自由だ。
「俺は行ってる」
「また後でね」
情報屋アンナのバーを出て街道を歩いて行く。
向かうのはリベルタ。後、7体とレベル60から69の魔物を討伐すれば俺は晴れてランク6の勇者となる。
その後も、ランク7、8、9……
先は長い。少しでも時間があるならば魔物の討伐、討伐、討伐。
そして魔王の城に眠る秘宝を盗み出し、その後のこの世界がどうなるのか……
俺は高鳴る鼓動を感じながらリベルタに向かった。