第18話 ゲーム
俺とメアは酒場で絡んで来た2人の男の前にどうしようかと頭を悩ませていた。
だが、そんなことより問題だったのは俺の持つ剣が宝剣だと彼等が知っていたことだ。
出どこの目星は大方ついている。恐らく、情報屋であるアンナと話し込んだリベルタの二階で話を盗み聞きされたか、もしくは俺の持つ剣が宝剣だと伝えた張本人の可能性もある。ただ、彼等が宝剣の特徴を知り得ており、単に俺の宝剣を目撃しただけなのかもしれない。
「もちろん、俺たちに勝てばお前にも賞品をプレゼントしよう。そうだな、ここは情報の街ブルッフラらしく、お前が欲しい情報を3つくれてやるってのはどうだ?」
うんうんともう1人の巨大な男は頷いている。
何故か既にゲームを受けることになっているのかは気にくわないが、ただ勝つだけで情報をくれるのか。
「……お前らが、俺が欲しい情報を持っている保証は?」
興味本位でそう聞いてみる。
「ちょっと!? まさか受ける気なの!?」
「それは、返答による」
今、黒の紙をギルドに提出したことで金貨25枚の報酬を受け取った。
だが今から3日後、修理に出したアスティオンを取りに行かないとブルッフラを旅立てない上、魔王の城に関する情報は少しでも得たい。
返答次第では彼等の言うゲームを受けようと思っている。
「持っている、そう断言しよう。……ただし、条件がある」
「条件?」
「そう、条件だ。もし、お前が俺たちに勝ち情報を得たとしても、俺たちはその情報に対して何の責任も負わない。これだけは覚えておくんだ」
いやに真剣だ。だが、裏を返せばそう言わざるを得ない情報を持っているということ。これはいささか興味が湧いて来た。単に保険をかけて言っただけかもしれないが。
「よし、そのゲーム受けてやる」
「そうこなくっちゃな!」
巨大な男は叫び、両手を叩く。
「ちょっとちょっと!? 私の意見は!?」
慌てふためいて、話の渦中にいる本人は気が気ではないようだ。
「大丈夫。たとえ負けてもメアはこいつらと酒を飲むだけだ。それに、こいつらのこの自信、何かとんでもない情報を持っていそうだ」
俺はそう耳元でメアに囁いた。
「はぁぁ……少しは考えてものを発言してよね」
「青髪のねえちゃん、諦めな。ゲームを受けた後の変更は認めない。負けたら潔く俺たちと飲んでもらおうか」
メアには悪かったが、この男たちの持つ情報が気になる。本来なら大金をはたいて手に入れたであろう情報が、ただ何かのゲームをするだけで手に入る可能性がある。
勿論、勝つことが前提の考えではあるが。
メアは既に諦めムードで、どんよりとした空気が漂って来る。それほど、この男たちと酒を飲みたくないのだろう。
「よし! そうと決まればゲームの説明をしよう!」
「ジャック、俺が説明する。ゲームは単純、時間内に俺たちとお前たちどちらのチームがより多くの魔物を討伐したか。それを競う」
「なるほどな、分かりやすくていい」
「場所はこのブルッフラから半径1キロ以内とし、制限時間は3時間」
これはたまに勇者達がする遊びの一つ。誰が始めたか、街で見かけた勇者に声をかけて合意の上行う賭け事だ。
本来なら金銭をかけたものである為、監視人の目に触れれば処罰される対象ではある。
だが、街に迷惑をかける行為ではなく、むしろ勇者が魔物を討伐するという本来の役目である為、たとえ金銭のやり取りがあったとしても黙認されている。
そもそも街に監視人がいるのは、その場所に住む人々の身の安全と街での不当な取引を行わせない為。
ただ、一見すると今回のゲームは後者に当てはまりそうだが、国にも街にも雇われていない、言ってしまえば自由奔放な立場である勇者同士の争いや取引などは放置されているのが現状。
勿論、極端な例を除いての話ではあるが、少なくとも今回2人の男が持ちかけて来たゲームの内容では監視人等の目に止まることはないだろう。
「わかった。ただ、3日ほど時間をくれ」
「3日!? 何でそんなに待たなきゃーー」
バッとマラルと呼ばれた男が巨大な男に手をかざす。
「ジャック、いい。何か理由があるのだろう? 構わない、待ってやろう」
「すまないな」
話が分かる相手で助かる。わざわざ、剣は今修理中でないなんて話せば、せっかく得られるであろう貴重な情報がおじゃんになる。
「ゲームは3日後。ブルッフラ南正門前に7時に来い。楽しみにしているぞ、宝剣を持つ勇者よ」
「ガッハッハ! 3日後3日後! 後3日で美女と酒~!」
2人の男たちは、俺たちの前から去って行った。
◇
その後、俺とメアは落ち着きを取り戻したギルドリベルタに来ていた。
「レイチェルさん! ほんと信じられないでしょ!? 普通、いくら一緒にいるからって勝手すぎるわこの勇者は!」
「メアさん、あなたの気持ち十分お察しします。シンさん、一体どういうおつもりですか?」
メアはリベルタに来るなり、受付嬢に先程のことを話す。受付嬢はレイチェルというそうだ。
「どういうつもりって、単なる情報収集の一環だ。レイチェルさん、言っておくがこの女は勝手についてきたんだ。つまりこの先、何が起きてもそれは俺と一緒に旅に行くと言ったこの女自身の責任でもある」
「シンさん、たとえそうであっても少し言いかたってものがあります」
受付嬢レイチェルは気を使ってそう言ったのか、横で落ち込むメアを気にしている。
「……メア、もし嫌なら逃げたって構わない。元々、俺たちは他人同士だ。セイクリッドではたまたま出逢っただけで、無理してゲームに参加することはない。勝手にあの連中が持ちかけてきたゲームだ。たいして誰も気に留めない」
そう、俺とメアはシーラ王国の隣接街セイクリッドの武器屋で偶然出逢っただけに過ぎない上に、今回のゲームに参加することは強制ではない。
ただ、勇者という職業をしている以上その噂は風のごとく広まっていくだろう。そうなれば、たとえゲームだとしても逃げた勇者と世間からは言われること受け合いだ。
「何だって?」
メアが何か言ったようだが声が小さ過ぎて聞き取れなかった。
「このまま引き下がる私じゃないわ! シンもあの男たちも言わせておけば言ってくれちゃって! シン! 私は逃げないわよ! あいつ等をぎゃふんと言わせて、それで……」
「それで、何だ?」
「な、何でもないわ! とにかく絶対勝とうね! シン、メアチーム此処に結成よ!」
そう意気揚々と宣言したメア。どうやら、こういうところが今まで一人で勇者としてやって来られた理由にかんでいるんだろう。
勇者とは日々、邪悪な魔物との対峙戦闘をし、それに伴い心身の状態も大きく左右される。一度、ネガティブな精神状態に陥れば、勇者も人間、魔物にとっては弱体化した獲物に見える。
その為、身体のトレーニングはもとより精神面にも気をつけておく必要がある。ただ、精神面というのは身体のように鍛えられるようなものではなく、何らかの試練に立ち向かい克服された時に強化される為、鍛えようと思ってもそうやすやすと強化されるわけではない。
「……メア、分かってるとは思うが注意はしておくんだ。特にあの白銀の髪の男」
白銀の髪の男とは弓を持っていた方、マラルのことだ。
「ええ、分かってるわ」
酒場ではただ単に朝っぱらから飲みほうけている男2人にしか見えなかったが、中々の気迫を持っている男たちだった。俺と同じように情報収集の為にブルッフラに訪れたとは思うのだが、持つ武器の素材がミスリルというのが気になった。
ミスリルとは多くの武器に使用されている銀より高価な金属とされ、勇者の保有率は低い。
しかし、巨体の男の持つ大剣には明らかにそのミスリルそのもの。そして、もう1人の白銀の髪の男に限っては、鋼の皮膚膜を持つ魔物カリュプスの素材で加工された防具服。
カリュプスは知る情報ではレベル50を下回らない魔物で、勇者の間でも討伐するのに一苦労する。その鋼の皮膚膜は並みの剣では歯がただず、獰猛性もさることながら体力も多い魔物だと聞く。
そんな魔物の防具服を着ていたマラルと呼ばれていた男。恐らくだが、俺とメアより高い勇者ランクの可能性がある。
だが、今回彼等が持ちかけてきた魔物の討伐数を競い合うゲームは、勇者のランクはさほど関係はない。時間内により多くの魔物を討伐すればいいだけであり、たとえ勇者ランクで負けていたとしてもゲームの影響はないとみている。
ブルッフラを出ると、それこそ俺が討伐出来ない魔物は出現する。だが、勇者である俺には観察眼という素晴らしいものがあり、討伐出来る出来ないの判断は容易。魔力1を消費するのは仕方ないが、討伐出来るかの判断が瞬時に出来る。
問題なのは、サギニの森で俺を襲って来た高レベルのスカルエンペラーなどのような存在だが……そう直ぐには遭遇しないだろう。
そうして一先ず、3日後のゲームの後に訪れるランク上げという課題を残して俺たちは再びギルドリベルタへ向かった。