第10話 観察眼
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大樹が立ち並ぶ森の中を歩きながら俺は考えていた。
仮に魔王の城近くまで行けたとしても、魔王の城に眠る秘宝を盗み出すには高レベルの魔物との戦闘は避けられない。
今の俺に足りていないもの。それは、圧倒的に勇者ランク。
勇者ランクは、いわば勇者の強さのレベルを客観的に知ることが出来る指標。
俺の勇者ランクは5。そのくらいの勇者ならセイクリッドで出会った女勇者のように多くいる。
せめて、勇者ランク8以上は目指したいところ。魔物を後200と数十体ほど討伐し、尚且つ、80のレベルを超える魔物を討伐する必要がある。
魔王の城を目指して旅立つ前は、強い勇者の助太刀でも頼ろうと思っていたが、先程会った2人の男の話によりそういうわけにもいかなくなった。
それは、今から3年前にカサルの地で出会った勇者の元に着くまでに、俺の命の存続が危うくなったからだ。
2人の男の話が本当なら、今この森の中で高レベルの魔物と遭遇する可能性もある。
「……噂をすれば」
気配を感じ振り返ると、鋭く尖った一本角が特徴的な雷鹿が前脚を交互に蹴り動かす。
高レベルの魔物でこそなかったが、レベルが上がるにつれて面倒になって来る魔物。
ばちばちと電気音が響いて、雷鹿の一本角が青白く光り始める。
雷鹿、その名前の通り雷のような電撃を放つ魔獣。
多くの生物は通常体内に微量の電気を持っているが、雷鹿はそれをコントロールして獲物を仕留める。
雷鹿は後ろ脚を蹴り飛ばして走り始め、電撃を帯びた青白く光る角を俺に向け突進して来る。
「やっぱりそうなるか」
素早く、雷鹿の突進方向右に躱す。雷撃を帯びた一本角は巨木に突き刺さり、ジュッと音を立て、抜かれたその跡からは黒い煙があがっている。
雷鹿はまた俺の方を向いて一本角に帯電をし始める。
恐らくだが、打ち所が悪ければ致命的だ。鼻息を深く鳴らして雷鹿は威嚇している。
「雷鹿、レベル32か」
俺は魔力1を消費して観察眼を使用した。
雷鹿
LV.32
ATK.40
DEF.20
観察眼は、黒の紙と同じように勇者と名乗る全ての者に渡される。勇者や個人の人間の能力を見ることは出来ないが、魔物と対峙する勇者には必需となる。
観察眼に表示される魔物デ-タは全ての勇者が持っている黒の紙の記録と、ギルドを管理している各国が保有する黒の紙の魔物討伐記録より導き出される。
人間の目に映る対象である魔物を瞬時に判別して、およそのステ-タスを表示させる。およそと言ったのは総合的なデータから導き出される為だ。
観察眼は黒の紙を保有した後、王国直属の下にあるギルドに行けば取得することが出来る。
黒の紙のように物質的なものではなく、人間の目の認識網に魔法結続を行うことで魔力1を消費する事で瞬時に対象のステータス情報を確認出来る。
「さっさと終わらせる」
俺は鞘から剣を取り出し、突進して来た雷鹿を斬りつける。
雷鹿は倒れ込み俺を睨みつけるが、間も無く息絶えた。
たったの一撃で仕留めることが出来た理由ーーそれは雷鹿の防御力の低さと俺の持つ剣の特性からだ。
アスティオン、それが俺が持つ剣の名。魔物と対峙する時のみ、使用者の攻撃力50%を加算する。
俺の現在の攻撃力は84。つまり、その50%である42が加算される。
対魔物との戦闘時において、元来パワー型ではない俺にとっては相性抜群の名剣だ。
アスティオンは俺の家系より代々受け継がれて来たもので、俺が勇者になった1つの理由でもある。
そうして深い森の中を進んで行くと、また、雷鹿が現れて一撃で葬っていく。相手は魔物、多くの人々に害を与える。
ただ、だからといって俺は不意打ちなんてことはしない。
襲って来る、だから正当防衛的に反撃する。
勿論、そうでない時もある。例えば、ギルドから引き受けた依頼は、対する魔物が襲って来なくても討伐する必要がある。そもそも、ギルドから依頼された時点で、その魔物は何らかの害を人々に与えたということ。
それに、魔物を倒す為に勇者になったというのに、いちいち魔物に気なんて使っていられない。
邪の拡大を防ぐ、勇者という職業はその事だけを考えればいい。
森の中が静まり返っている時間は少ない。数十分おきに討伐したばかりの雷鹿が現れ、今で6体討伐した。
本当に俺が持つ剣がアスティオンで良かった。
そうで無ければ、防御力の低い雷鹿相手でも少しは手こずっていただろう。
間も無く巨大樹の森を通り抜けると、カ-ブを描いた長い道とだだっ広い草原が広がっている。
ブルッフラはこの草原の先にある。
広大な草原はラグナ草原と呼ばれており、特定の雨季に限り巨大な湖となる。
今はその時期ではないが、その名残りはある。
ぐしゃぐしゃと草原を踏みしめながら進んで行くと、水中で生活する生物の死骸がちらほら確認できる。
「こういう時、何か乗り物がいるな」
日没までにブルッフラに辿り着けるとは思うが、いざという時の乗り物が欲しい。
馬は駄目だ。魔物の格好の的になる。考えられるのは、魔人のように魔物を従えて移動手段に使うこと。
魔物が魔物を襲うことはあるが、同じ魔物同士という理由で馬よりかは幾分かはマシだろう。まあ実際の話、魔物を移動手段に使うなんてやはり無理があるか。
特に歩みを隔てるものは見当たらないが、湖が出来る草原というだけあって足元が柔らかい。
このペ-スだとラグナ草原を抜けるまで数時間はかかりそうだ。
せめてもう少し狭い草原なら。
幸い、腰あたりまである草も見られ、魔物から身を隠せる。
余計な魔物との戦闘は避けて、さっさとブルッフラへ行こう。
こんな逃げられない場所で、俺が倒せない魔物に出くわした日にはたまったものではない。
太陽は真上を指す。今は肌寒い季節だが、頭を照らす太陽光は体力の消耗を増させる。
俺は勇者ではあるが、身体能力や目覚めたスキル、体力を除けば、そこらの一般人と大差はさほどない。
だが、毎日平凡な日常を送っている一般人と比べればエキサイティングな日常には変わりない。
「またか」
俺は背丈の高い草叢に姿を隠した。
草原を我が物顔で駆けるのは馬ほどの大きさがある狼の魔獣。
アサナ-トと呼ばれ、非常にしつこい魔物として有名だ。
辺りをキョロキョロと見渡しては、赤い目を光らせる。
俺は魔力1を消費してレベルを確認する。
アサナ-ト
LV.38
ATK.51
DEF.39
なるほど、そこそこレベルはあるが、まだ、討伐出来る範疇にいる魔物だ。
しかし、深追いは禁物。何故なら、アサナ-トは仲間を呼ぶ習性があるからだ。
ただでさえでかい魔物。そんな奴らが群れると面倒になる。
そうして暫くの間、俺のいる茂みから離れた場所でウロウロとした後、駆けて去って行った。
「ランク、上げないといけないんだがな」
しかし、どうもその気になれない。いつもは討伐出来る魔物の相手をしていた生活。
それが今や、魔王の城に行ってその場所に眠るとされる秘宝を盗んでこいと来た。
アリス王女からの半強制的な任務、行かないわけにもいかない。
しかし現実は圧倒的に俺の勇者ランクが足りていない。
だから魔物を討伐しなければいけないのだが、不確定要素が多過ぎる今回の任務からか討伐意欲が湧いて来ない。
俺も勇者の端くれではある。初めは魔物討伐に勤しみ、自身の経験値の蓄積、ステ-タスの強化に努めて来た。
しかし次第にやって来る惰性心。いつしか討伐出来る魔物しか相手にしなくなった。
今回、流れ的に俺は魔王の城に行く羽目になってしまったわけだが、それは、俺の惰性心に叱咤する産物の結果なのかもしれない。
湿る芝生の上をひたすら歩み進めて行くと、地面は柔らかい場所とそうでない場所があり見分けが難しい。
何せ、どこもかしこも草、草、草。
よく行く先々では魔物との戦闘が起きたり、他の勇者との交流、街に至っては何かしらのイベントが起きる。
だが、この草だらけのラグナ平原は先程のアサナ-トを見かけた以来、風に靡かれる草の音しかしない。別にそれが悲しいわけではない。暇、一言で言うとそうだ。
ブルッフラまでは、恐らく後2時間弱くらいはかかる。
この時間を効率よく使って現れた魔物でも討伐していけば、勇者ランクを上げる為の討伐数は稼げるだろう。
しかし、アサナ-トを見かけた以来、一向に魔物が現れる感じがしない。まあ、それならそれで無駄な戦闘をせずに済むから構わないのだが。
「勇者ランクはギルドに着いてからだな」
こうした魔物出現率が低い場所より、もっと効率的に魔物を討伐する方法がある。
それは、ギルドから依頼された案件を引き受けること。
討伐案件は数十から、多い時では百を超えた時もある。
その案件から自分がこなせるものを選ぶ。
ペナルティは基本的にはない。それは、そもそも引き受ける討伐案件そのものにリスクがあるからだ。
自身の力量を見誤ってしまい、魔物に返り討ちにされる者も中にはいる。
つまり、そうなってしまってもギルドで掲示されている案件を引き受けるのは、普通に魔物を討伐するより報酬単価が高い為。
それは、依頼した者が単価を上乗せしている為に起きる。
一刻も早く魔物を討伐してほしい。報酬単価の上乗せは依頼者の切なる願いから来る。
その為ギルドに提示されている魔物は、地上に蔓延る魔物の中でも優先的に討伐することになる。
だが、同じ魔物でも何らかの理由付けがされた魔物は少しばかり厄介だ。
まだ、魔物との戦闘経験が未熟な勇者がギルドの魔物討伐依頼を引き受けると痛い目に遭う場合もある。
俺が勇者ランクを上げる為に狙うのは、そういったギルドの案件。
勇者ランクを上げる時に随分と世話になった。
そして今回、魔王の城という未開の地に足を踏み入れる。旅路の中で魔物を討伐していくのもいいが、報酬単価も高い、ギルド案件を引き受けない手はないだろう。
向かうブルッフラはもうすぐ到着する。
それが分かったのは、情報の街ブルッフラのシンボルである黒柱が真っ直ぐ空に向かって立っているからだった。
次回、夕方頃に更新。