第1話 名も無き勇者は捕まる
第一話、更新です。
「ーーったく! どれだけ湧いてくるんだコイツらは!」
俺は今、ゴブリンゾンビの群れと交戦中だ。ぎょろりとした目玉をこちらに向けて、次から次へと湧いてくる。
緑の皮膚は腐敗しており、異臭を漂わせる。
そう、このゴブリンゾンビ共は魔物だ。
俺はこの場を撤退する為、最後にゴブリンゾンビを斬りつけたのを機に森の中を走った。
だが、ゴブリンゾンビ共は逃げる俺を呻き声を上げながら追ってくる。
奇っ怪な走りと共に、棍棒を持つ親玉っぽいゴブリンゾンビが何やら叫んでいる。
ゴブリンゾンビ語とでも言うのだろうか、何を言っているかさっぱりわからないが。
おそらく同じゴブリンゾンビ共に「奴を逃がすな!」とでも言っているのだろう。
しかし、所詮は低レベルの魔物。勇者の俺にまるで追いつけていない。
◇
間も無くして森を抜けた。
「ーー服がゴブリン臭いな」
特にダメージを負ったわけではなかったが、ゴブリンゾンビの異臭はたとえ触れなくても臭いが付くレベル。
非常に悪臭、まるで死んで腐った動物の死骸が服に張り付いているようだ。
近くに街か村でもあるといいのだが……
ぐるりと辺りを見回して、人のいそうな場所を目指して歩く。
背中にかけるリュックに着替えは入っておらず、早々に服を着替えたい。道無き道を歩きながら、魔物の気配にも注意する。
すると月夜の明かりとはまた別に、ゆらゆらと揺れる赤い炎が遠くに見える。
近づいて行くと、太い樹の先端についた炎は村だと思われる入り口の両極端に置いてある。
何やら人の声も聞こえて来る。どうやら、近くに人の村があったようだ。
俺はほっと胸を撫で下ろして、その村へ足を踏み入れた。
◇
「……ここは」
目が覚めると、両手両足は鎖に繋がれていた。
古く汚い場所には何も無く、太い鉄格子が目の前にある。
石の壁に囲まれている場所だ。
「ーーそうか」
俺は思い出した。
此処に来る前、俺は勇者として魔物を退治していた。仲間などいない、ただ1人でだ。
そしていつものように魔物を討伐する為に、森の中で湧いて出て来たゴブリンゾンビ共を相手にしていた。
ゴブリンゾンビ程度、討伐に苦戦する相手ではなかったが数が数。
しかも強烈な臭いが鼻につき、正直闘いどころではなかった。
しつこいゴブリンゾンビ共を撒いて、漸く辿り着いた先がこじんまりとした村だった。
一刻も早くゴブリンゾンビの臭いが付いた服を着替えたかったのだが、村人たちが俺を見る目は冷たかった。ゴブリンゾンビの臭いというのもあるだろうが、どうも違う目線を感じた。
何故、そんな目をする?
とそう理由を尋ねると、勇者が退治し損ねた魔物が近くの村を襲ったそうで、村人たちは俺が差し向けたと決めつけるように言って来た。
そこでさっさと誤解を解いて別の村を探す選択肢もあったのだが、運悪く滞在中の王国の兵団に事情を聞かれてしまうという事態になった。
どうやら、近頃村一帯に現れる魔物を警戒する為による滞在だったようだ。
別に不思議なことではない。
血に飢えた魔物は常に人間の味を求めている。
俺のような勇者に需要があるのは、そうした力無き人々の血を少しでも流さない為だ。
そして皮肉なことに、魔物を退治する勇者に期待し過ぎた幾つかの村は、頼りにならないと王国の兵団に懇願したそうだ。
俺がいた村もその一つ。
いつしか村人たちの間では勇者たちと魔物が手を組んでいるのではないか、そう噂されていた。
そんな時だった、俺が面倒に巻き込まれたのは。
普段は冷静な俺もその時ばかりは声をあげて王国の兵団に事情を説明した。
魔物に村を襲わせたのは俺ではない、そう必死になって訴えても村人たちも国の兵団もまるで聞く耳を持たなかった。
そもそもだ。
俺が魔物に命令するなんて芸当ができるはずが無い上、俺にとって何のメリットも無い。
しかし、村人たちのように少なからず勇者たちを疑っていた国の兵団は力任せに俺を捕まえた。
シーラ王国。
他の王国に比べて武力に最も力を入れている王国。
その為、例え村の滞在だとしても屈強な兵達がわんさかといる。
逆らっていれば、俺はただでは済まなかっただろう。
その後、俺は無駄な抵抗は諦めてシーラ王国へと送還されたというわけだ。
「全く、手荒なことはしないだなんて嘘だな」
鎖は頑丈、暴れたくらいではまず外れそうもない。
薄暗く、時折ポタポタと響くのは水が落ちる音だろうか。
両手両足に繋がれていた鎖が外れて牢獄の壁に当たった。
大の字で長い時間同じ体勢だったせいで、締め付けていた箇所が少しばかり痛む。
いつも身につけていた剣は無く、靴すら履いていない。
それに長時間裸足でいた為か、足裏の感覚が鈍い。
ただの勘違いで牢獄まで入れられて長時間拘束の上に所有物の没収。とんだ迷惑な話だ。
「まだ、臭うな」
服に付いてしまったゴブリンゾンビ共の臭いは……薄らいでいた。
それでも若干臭うのはゴブリンゾンビの異臭の強烈さを物語っている。
「太い鉄格子だな。象でも閉じ込めているつもりか?」
掴んでも指先が届かないほどに太い鉄格子。
しかし、それは勇者を捕らえるとしては常識的な話。
全ての勇者がそうではないが、人間離れした腕力を持つ勇者ならばこんな鉄格子など問題なく破壊するだろう。
ただ、俺にはそんな馬鹿げた腕力は持ち合わせていない。
並みの人間よりかはあるだろうが、他の勇者に比べれば程度が知れてる。
そんな俺が何故勇者を選んだのか。
それは単純に、魔物を倒したかったからだ。
幼い時、両親を魔物に殺され、挙げ句の果てには押し寄せた魔物の大群によって村は瞬く間に崩壊した。
俺は、命からがら生き延びることが出来たが、今でも昨日のことのように光景を思い出す。
勇者になると決めたきっかけだ。
もう一つ強いて挙げるとするなら、魔物討伐の単価が高いこともある。
魔物を倒す度に数を記録していくのは黒の紙と呼ばれる魔法紙の一種。
たとえ剣で斬りつけようと、怪力の持ち主が破ろうとしても、形状を常に保つ。
今までに討伐した魔物の数は表示されているが、それ以外の情報は見える形では表示されていない。
この世界には各地様々な場所にギルドというものが存在しており、魔物を倒し記録した黒の紙を持って行けば所定の対価が支払われるというわけだ。
通常、一日中労働して得られるのがおよそ銀貨5枚から10枚ほど。
それに比べて魔物討伐の単価は平均しても金貨3枚から5枚。ただし、魔物のレベルによって大小前後はする。
つまり、一日労働の約6倍以上はただ魔物を討伐するだけで得られる。
反面、危険であることには間違いないが、それでも俺は勇者を生きる糧として選んだ。
勿論、並大抵の力では勇者として生きていくことは困難を極める。
おおかた、育ちの家業を引き継ぐか、街の商人になるか、もしくは王国の護衛兵団に入るかが関の山だろう。
ただ、ひとえに護衛兵団に入ると言っても誰でも入るわけではないらしい。
体力、知力、そして冷静な判断力を持ち合わせて、臨機応変に対応できる人間を世の王国は欲する。
聞く話によれば、兵団の隊長クラスの人間は世間的に名を馳せる勇者にも匹敵する強さを持つ者もいるらしい。
定かではないが、可能ならば相手になどしたくはない。
「お前! 鎖はどうした!?」
看守の者だろう。
急ぎ足にやって来るなり鉄格子越しに俺をぎろりと睨む。
「鎖? ああ、勝手に外れたんだ」
「そんなわけがあるか! --まあいい、来い!」
再び両手に鎖を繋がれて、看守に連れて行かれる。
看守の足音と鎖が地面に打つ音だけが響き渡り、長い螺旋階段を登って行く。
ランタンの蝋燭がゆらゆらと動いており、壁に映る影も動く。
登って行く螺旋階段は裸足には冷たく、時折触れるのはさらに冷たい液体。
水かどうかは暗さでわからない。
此処は牢獄だ。
上の階で行われた拷問によって流れて来た囚人の血だとも考えられる。
武力を優先する国、拷問など平気でやっていそうだ。
ただその線は薄い。
血独特の生臭い匂いがしない。
螺旋階段を登って行きながら見える牢獄には、他にも捕らえられた者たちがいる。
何の罪人だろうか?
彼等も、俺と同じように無実の罪でも着せられたか?
看守は1人。
逃げようと思えば逃げられる。だが、後々が面倒だ。暫くは様子を見ることにしよう。
そうして螺旋階段を登りきった後、白い支柱の並ぶ長い廊下を歩いて行く。
看守は見張りらしき2人に挨拶をした後、俺を渡す。
何だろうか、やけに丁重な扱いを受ける。
「俺を何処へ連れて行く気だ?」
しかし、見張りの2人は俺の言葉を無視する。腹が立つ。
だが、此処は王国の中。下手な争いは避けたい。
上級勇者クラスに匹敵する兵隊長はまず間違いなく居る。王国から出払うなんてことは余程のことでも起きない限りないだろう。
いや、たとえ大ごとが起きようと常に在中していると考えるべき。
闘ったことはないが、実戦、戦闘訓練を共に積んだ兵の隊長は化け物級の強さに違いないだろう。
長い廊下をかなり歩いていた。
そして渡り入っていったのは、王宮の間。
シ-ラ王国には似合わない程の迸る神秘性。
どこぞの宝石の青い煌めきが天井や壁と眼に映り、武力大国とは思えないほどの落ち着いた雰囲気を醸し出している。
此処に勇者が来たことは数えるほどしか聞かない。
その主な要件は王国の主要人物の護衛。
つまり、他国へ行く道中、彼等を魔物の手から守ること。
平和な世界が未だに見えない昨今、たとえ王族であろうと誰だろうと魔物は平然と人間を襲う。
王族の移動には数人の兵の隊長が護衛に付くようだが、念には念を入れてのことだろう。
任務に従事する王国の兵の隊長より、日々、魔物と闘っている勇者の力添えが欲しいのは彼等の経験値そのもの。
その役目が俺に立ったのかは定かではないが、場所が場所だけに只事ではない事は確か。
まさか、村に寄っただけで死刑になるなんてことはあるまい。
鎧を頭からつま先までつけている2人は、手に持つ鉄の槍を地面に叩きつけて、上へと続いている階段の脇あたりで止まる。
「はっ、此処を登れということか?」
頭からつま先まで鎧を被っている所為で2人の表情は分からない。
ただ、連れて来られた流れからするに登れということなのだろう。両手の鎖を外された。
この場には兵士が2人だけ。逃げようと思えば逃げれそうだーーが、やめておこう。
赤い絨毯を敷き詰めた階段は俺を何処に向かわせるのか。
豪華な装飾を成した大層な大鷹のオブジェがその先で俺を見ているようだ。
仕方がないと、行きたくもない足を階段へとかける。
逃げるわけにも行かない。
俺は辺りを警戒しながら待ち受ける大扉へと足を進めた。
次回、明日の夕方頃に更新。