Act-01 戦雲再び
空駆ける薄緑の大鳥。
だが、その正体は鳥ではなく機動兵器。
この惑星ヒノモトの千年の昔――『神の時代』に生きた天使の魔導鎧を、人間が兵器へと昇華させた『機甲武者』であった。
全長八メートルのデルタ翼型戦闘機。そのコクピットにいる女が、
「機体制動は問題ない。――ベンケイ、もっと加速してみる!」
後部座席から自分を抱く女に、そう語りかける。
「了解。霊力もまだ十分に余裕がありそうだから大丈夫よ――ウシワカ」
ベンケイと呼ばれた女が、操縦席のパイロットをウシワカと呼んだ。
源ウシワカ――大陸東部に『王府カマクラ』を開いた女王、源ヨリトモの妹にして、先帝ゴシラカワの血をも受け継ぐ『流転の皇女』。
朝廷を挟み、大陸を二分した源平争乱が『ダンノウラの戦い』にて終息してから三年――。
源氏勝利の立役者であった彼女は、今、姉から追われる身であった。
「もうすぐコロモガワを越えるわよ。いい? 絶対、こっちから仕掛けちゃダメよ」
「分かってるって――。最初の一発は、絶対に源氏に撃たせなきゃならない、でしょ。もう、さんざんヤスヒラから聞かされてるよ」
ベンケイの『念のため』の警告に、ウシワカがうんざりした声を上げる。
そんな彼女に、
「源ウシワカ! 独断専行は控えなさいとあれほど言ったのに――飛行陣形を乱すとは何事です! 早く編隊に戻りなさい!」
という、折り目正しい叱責が浴びせられる。
「チッ、ヤスヒラの奴うるさいな――」
「何か言いましたか、源ウシワカ?」
「はいはい、了解しました――藤原ヤスヒラ隊長殿」
小声での悪口を聞き咎められたウシワカは、そう言って憎まれ口を叩くが、
「分かれば結構です。早く戻りなさい」
その相手である女――この飛行編隊の隊長である藤原ヤスヒラは、それにも折り目正しい口調で淡々と応じる。
速度を落としたウシワカの薄緑の機体が、後方の六機編隊の中央に滑り込んでいく。
これで機体は七機。
この部隊は、大陸の東北部に位置する軍閥――ヒライズミを都とする『オウシュウ藤原氏』から出兵した威力偵察部隊であった。
ヤスヒラ率いる彼女たちの乗る機体――『エミシ』は、今回がロールアウト後の初の実戦でもあった。
これまでヒノモトにおける機甲武者とは、派生型は様々あれど、全長八メートルの人型ロボットであり、少なくとも『空戦』という概念はなかった。
それを彼女たちは覆そうとしている。
デルタ編隊の先頭にいるヤスヒラの機体は水色。その他はウシワカの薄緑を除いて、全機が黄金を思わせる黄色であった。
「戦隊各機へ――。まもなく源氏軍と接触します。シラカワベースの配備機は、すべてガシアルと判明しています。前世代の陸戦専用機など、このエミシにかかれば恐れる事などありません」
大陸東方に数百年に渡り潜伏していた、オウシュウ軍の兵は実戦を経験していない。それを勇気づける様に、ヤスヒラは自分たちの新鋭機の性能を部下たちに誇らしげに語る。
「ですが、今回の目的は『宣戦布告』。しかも戦端は源氏軍に切らせなければなりません。戦闘が開始されれば、我らは五分で撤退します。各機、私の合図までけっして発砲はせぬ様に。――いいですね、源ウシワカ?」
「なんで私だけに、念を押すのよ⁉︎」
名指しで念押しされた事に、ウシワカが抗議する。これには後部座席のベンケイも苦笑せざるを得ない。
「哨戒部隊が見えてきました。二機……いや三機。このまま上空を通過して、直接シラカワベースに威嚇行動を仕掛けます」
声を上げたウシワカを無視する様に、ヤスヒラが部隊に状況報告を飛ばす。
地上に源氏のシンボルカラーである白にペイントされた、機甲武者ガシアルが機関砲を構えて警戒任務にあたっていた。
その上空を七機の戦闘機が難なく通過していく。
源氏軍のガシアルは、ただそれを見送る事しかできなかった。
だが領空侵犯機の報告は、すぐにシラカワベースに届いているだろう。
ヤスヒラの狙いもまさにそれで、五分という制限時間内で手際よく応戦してもらうには、その方が都合がよかったのである。
「各機、陣形を維持したままベース上空を旋回行動。発砲許可は私が出します。源――」
「うるさいな、分かってるわよ!」
再度の念押しに、さすがのウシワカも堪忍袋の緒が切れた。
「熱くならないでウシワカ。中央の一機――撃ってくるわよ」
後部座席の空間で宙に浮いた状態から、ウシワカの肩を抱くベンケイがそう言って、基地前衛に配備されたガシアルの一機を指差す。
次の瞬間、そのガシアルが上空に向けた二十ミリ機関砲が火を噴いた。
「映像記録、取れたな⁉︎」
「撮れました!」
ヤスヒラの声に、編隊三番機を駆る佐藤タダノブがすかさず応じる。
「よし、タタノブはただちに戦域を離脱、ヒライズミに帰還せよ! 各機、発砲を許可――」
ヤスヒラが言い終わらないうちに、その後方から機関砲が発射されていた。
「――なっ⁉︎」
動揺するヤスヒラの水色の機体を越えて、薄緑の機体が前進する。
「一番槍――獲った!」
戦端を切ったガシアルの撃破を確認した、ウシワカが快哉を上げる。
焦がれ、信じ、誰よりも愛した姉、源ヨリトモに裏切られ、一度は命を落とした皇女――源ウシワカ。
彼女の、姉を抹殺するという『復讐の物語』は、こうして幕を上げた。