Act-06 ウシワカ覚醒
「ウシワカー!」
機甲武者に乗って、脇目も振らず飛び出していったウシワカを、慌てて追うカイソンだったが、その速度に追いつける訳もなく、あっという間に機体を見失ってしまう。
そして肩で息をするその背中に、
「ほら乗った乗った。追っかけるよー!」
駆けつけたオフロード車の運転席から、サブローが声をかける。
一方、一心不乱にガシアルを全力疾走させるウシワカは、追跡対象の平氏軍の動きが緩慢なおかげで、その距離がみるみる詰まっていき、
『まもなくレンジワン――敵戦力は兵員輸送車が一台。機関砲搭載の装甲車が二台。機甲武者ガシアルHが三機』
状況を報告するナビゲートAIの精度も高まり、敵の陣容が正確になってきた。
ウシワカは考える。大型兵器のガシアルと機関砲装甲車は整備場の破壊を担当したはず――それならマサキヨを撃った人間は、敵地制圧を担当する兵員輸送車の中にいる、と。
仇討ちの中でも、どこかウシワカは冷静だった。当人は気付いていなかったが、彼女は戦術を考える事に魅せられていた。心は熱く燃えているはずなのに――どこかが冷めていた。
それは天性の戦術家の覚醒だったのかもしれないが――この奇妙で特異な純粋さが、この先ウシワカを数々の窮地に追い込んでいく事になる。
その始まりに気付く訳もなく、
「武器は……剣だけ⁉︎」
間もなく接触する敵を倒すための武器をサーチしたウシワカは、その結果に驚きの声を上げる。
おそらく格納庫には、機甲武者用の機関砲もあったのだろうが、怒りにまかせて飛び出してきたため、ガシアルGの携行兵装は、腰部に搭載されたセイバーただ一本だけであった。
それでも無いよりはマシ――と腹をくくったウシワカは、ガシアルにセイバーを引き抜かせると、柄から光刃が放たれ日本刀の様な形になる。
それを手に、ついに視界に入った平氏軍に突撃を仕掛けるが――目標はいまだに迎撃態勢を取っていない。
敵レーダーにも間違いなく捕捉されているはずなのに、まさか自分たちが追撃を受けるはずがないと思っているのか、その背後はまったくの無防備であり――それならと、構わずウシワカはさらに速度を上げて、
「いいやああーっ!」
という気合一閃、ガシアルGを跳躍させると、最後尾にいるガシアルHの肩口に、袈裟懸けに斬りつけた。
後ろからセイバーで斬られ、無様に倒れる平氏の赤いガシアル。
遺跡から発掘された魔導兵器のため、それは爆発はせずに、本当に人の様にグシャリと崩れ落ちた。
ここにきてようやく平氏も襲撃の事実に気付くが、ウシワカはかえす刀で、二体目の敵ガシアルの胴もコクピットごと薙ぎ払い――初手の段階で、敵軍の機甲武者を三体中二体、葬り去ってしまった。
「くそっ、なんだなんだ⁉︎」
「白いガシアル――源氏だと⁉︎」
慌てて平氏軍も迎撃態勢に入り、ガシアル、装甲車ともに機関砲で攻撃してくるが、ウシワカのガシアルは、それをヒラリヒラリと華麗にかわす。
「なぜだ⁉︎ なぜ、あんな旧式のガシアルに当たらないんだ⁉︎」
平氏軍から驚きの声が上がる。そして次の瞬間には、最後の赤いガシアルの胸にも、セイバーが深々と突き刺さっていた。
機甲武者はパイロットの念で動くため、魔導適性に加え、本人の戦闘技量が性能に大きく反映される。
ゆえに幼い頃から野山を駆け回り、時にはサブローと共に盗賊まがいの行為の中、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたウシワカは、十五歳の少女とはいえ――堕落し切った平氏軍など比較にならないほどの――実戦慣れした戦上手だったのだ。
「ば、化け物だーっ!」
機甲武者三機をすべて撃破された平氏軍は恐怖に包まれ、迎撃から逃走に転じる。
「逃がすか!」
残敵車両三台の加速に対して、ウシワカの戦術変更は素早かった。セイバーをしまうと、倒れているガシアルHから二十ミリ機関砲を取り上げ、射撃体勢に入る。
平氏型の最新武器のため、システムが旧型の源氏型ガシアルとは適合せず、ヘルメットバイザーの照準が安定しなかったが、ウシワカにはさほどの問題とはならなかった。
これまで実銃も何度も撃ったことがある。機甲武者だからといって、システムなどに頼らなければいいだけだ――そう考えるウシワカには、どこかそういった既存の概念にこだわらない、センスの様なものが備わっていた。
だから迷わず撃った。それは本人は自覚していなかったが、まさしく心眼の技であった。
「うああああーっ!」
正確な射撃を食らった、三台の車両が次々と横転していく。
平氏の兵たちの悲鳴など聞こえるはずもなかったが、たとえ聞こえたとしても、ウシワカは動揺などしなかっただろう。
むしろ、ゆっくりとガシアルを進めるウシワカは、三台の車両の被害状況を、冷静かつ冷徹に確認していた。
機甲武者とは違い、燃料で動く車両は当然のごとく激しく燃えている。機関砲搭載の戦闘装甲車の二台は、爆発まで起こしているので、もう生存者はいないだろう。
問題は兵員輸送車だ。この中に屋内制圧のための兵が――マサキヨを殺した実行犯が乗っているはず。
戦闘前からそう考えていたウシワカは、燃え盛る兵員輸送車のそばまでガシアルを寄せると――一心不乱に機関砲を撃ち込む。撃って、撃って、弾丸が切れるまで撃ち込み続けた。
万にひとつも生存者など許しはしない。本人は気付いていなかったが、敵ガシアルに加えたセイバーの攻撃も、すべてコクピットのパイロットに致命傷を与える一撃だった。
それが合理的センスのなせる業だったとしても――ウシワカには無意識の中に、必殺の覚悟があったのだろう。
そして、マサキヨ殺害に関わった実行犯すべてを抹殺して――復讐は終わった。
ウシワカの能力と、平氏の堕落があったとはいえ、それはあまりにあっけなかった。
これからどうするか――
常識で考えれば逃走だろう。衰えたりとはいえ、現時点でここキョウトの実権を握っているのは平氏であり、その軍と交戦の上、それを壊滅させたのである。
しかも幸い、自身の出自がその対抗勢力の源氏である事も分かった。
今、東方のオウミに進出してきている木曽ヨシナカか、それより少し距離はあるが、南東のオワリまで来ている姉、源ヨリトモに保護を求めれば、身の安全は図れるだろう。
だが――ウシワカの思考は、そこにはいかなかった。
民の苦しみ。育ての親の思い。平氏に討たれた源氏棟梁の娘だったという事実。
平氏が憎い――
戦いの前、そう思った少女の感情は様々に増幅され、
平氏を倒さなくちゃいけない――
という思考にまで昇華されていた。
この瞬間、ウシワカは惑星ヒノモトの運命の担い手となった。
そして、白いガシアルは南へ――平氏のキョウト本拠地、ロクハラベースへと向かった。
Act-06 ウシワカ覚醒 END
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