表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神造のヨシツネ  作者: ワナリ
第11話:シズカゴゼン
72/101

Act-04 ヨリトモ即位

 

 皇帝ゴシラカワとの二ヶ月ぶりの対面。

 その変わり果てた姿に、ヨリトモは驚愕した。


 タマモノマエ封印と、その復活による侵食が原因なのであろうが――女帝の顔に明らかな死相が出ていたのである。


「ウシワカはいかがであった?」


 そんなヨリトモの動揺する心を見透かした様に、ゴシラカワが先手を打ってくる。

 しかも情勢についてではなく、妹の件を持ち出された事に、ヨリトモはさらに動揺した。


「…………」


「まあよい。さてヨリトモ――」


 返答できないヨリトモに思わせぶりに微笑むと、構わずゴシラカワは言葉を重ねようとする。


「陛下!」


 それをヨリトモが、決意に満ちた顔で制する。


「源平和合……相成りませんでした。……申し訳ございません。これも私の力が、足りなかったせいでございます」


 (つづ)る陳謝の言葉。だが(たいらの)トモモリとの和平交渉の中で起こった、ウシワカの奇襲というアクシデントをゴシラカワは把握していた。

 それは千里眼を持つ女帝でさえも、予想できない事態であった。


 だがこの若き源氏の女棟梁は、妹の独断専行については一切口にせず、すべての責をその一身にて背負おうとしている。


 同時にゴシラカワはヨリトモの目に、以前にあった迷いの色が消えている事に気付いた。

 きっと多くの事を考え、そして何かを決断したに違いない。


 ヨリトモはヨリトモなりに懸命に、ヒノモトをタマモノマエから守るべく尽くしてくれた。

 女帝が画策した理想は夢と消えたが、その努力は(まこと)のものであった。


 だからゴシラカワは、


「大義――」


 という短い言葉に万感の思いを込める事で、『偉大なる凡人』の労苦に感謝の意を示す。


 それにヨリトモも深く頭を下げる。そして顔を上げると凛とした瞳で、


「つきましては以後は、源氏一統にて――(まつりごと)では成しえませんでした源平和合を、武によって成就させたく存じます」


 と、彼女が決意した『武』による統一をここに宣言する。


「うむ……」


「我ら源氏で平氏を完膚なきまでに叩き、それを取り込んで(のち)――源氏と平氏は、和と誠をもって一つとなってご覧に入れます」


 まるで子供の様な理想論。それができれば苦労はしなかった。武による屈服は必ずそこに憎しみを残す――平時ならば、笑い飛ばしている理論であった。


 だがヨリトモは真剣である。すべてを切り捨てなくてはならないのが源氏なら、そのすべてを切り捨てた上に新たなる秩序を築く。

 それはすべての手を尽くした、血を吐く様な葛藤の末にたどり着いた結論であった。


 それをゴシラカワも理解した。

 だからヨリトモの凛とした目を見つめると、


「よかろう」


 短くそう言った。傍らに立つ僧形の摂政シンゼイも、それになんの異論も挟まなかった。


 意外な展開にヨリトモは、そこにただならぬ何かを――言うなれば漠然とした『終焉』を感じ取り、しばし言葉を失う。


 だが宙に浮く源氏のツクモ神マサコの視線を感じ、ヨリトモは我を取り戻す。

 ここに来た真の目的をまだ達成していない――彼女たちは、日和見を決め込んでいる西方諸勢力に、勅命を発してもらうためにここに来たのである。


 そして、それをヨリトモは単刀直入に申し入れた。


 すると――


「それだけで良いのか?」


 という、ゴシラカワからの返答にヨリトモは戸惑う。


「それだけ……と申しますと?」


「私の勅命だけで良いのか、という事だ。権威というのは時に重要だ。そこに目をつけた事は褒めてやろう。――だが、それだけでは足りん」


「…………」


「ヨリトモ、お前に国をやろう」


「――――⁉︎」


 ゴシラカワからの突然の申し出に、ヨリトモばかりかマサコも驚く。

 だが摂政シンゼイは落ち着いている。その彼が一歩前に進み出ると、


「源氏棟梁、(みなもとの)ヨリトモ。勅をもって東方の王に――『東王』に任ずる!」


 と、皇帝からの勅書を目の前で読み上げた。


 王に任じる――帝政国家内での王への冊封は、すなわち国の中に国を作る事を、天子が認めた事になる。


「陛下……」


 まだ驚きから覚めないヨリトモに、


「私は、あと数日で果てる」


 ゴシラカワは淡々とそう告げる。


「――――!」


 驚愕に次ぐ驚愕に、再び言葉を失うヨリトモとマサコ。


「そうなればタマモが復活する。まずこの都がどうなるか分からん……。なのでヨリトモ、お前は変事が起きれば、急ぎキョウトを離れカマクラにて開府せよ――」


 そこで一息つくと、まるで遺言の様にゴシラカワは言葉を重ねていく。


「私はついに帝として、タマモを……母上を討つ事は叶わなんだ。後を任せるといえば都合のよい話だが……ヒノモトの事を頼む――ヨシトモの娘よ。そして源氏のツクモ神よ」


 そう言い終えると、女帝はヨリトモとマサコに向かって、玉座から深々と頭を下げる。


「陛下⁉︎」


 驚き身を乗り出すヨリトモ。それを制する様に、


「聞かせなさい、トキワ!」


 と、ツクモ神マサコが言葉を放つ。


 先の棟梁ヨシトモの後妻でもあったゴシラカワを、『源氏の疫病神』と言ってはばからないマサコは、女帝をその即位前の名前で呼ぶと、


「ヨシトモも……アンタと同じ思いだったの⁉︎」


 と――表向きは朝廷内の主導権争いといわれる――『ヘイジの乱』で討ち死にした、ヨリトモの父親について言及する。


 顔を上げるゴシラカワ。それから彼女は、


「ヨシトモは、タマモを討つために……負けると分かっていてヘイジの乱を起こした。私もヨシトモも若かった……。まだ早かったのさ」


 静かにそう言って、遠き日を懐かしむ様に目を伏せる。


 早かった――。それが三種の神器の発動要件が揃っていなかった事を意味しているのは、今のヨリトモとマサコには理解できた。


 さらにマサコは問う。


「もう一つ、聞かせなさい――アンタがタマモを討ちたいのはヒノモトのため⁉︎ ヨシトモのため⁉︎」


「両方さ」


 即答だった。その思いを受けとめると、


「アンタの思い、アタシがヨリトモと一緒に成し遂げてみせるわ!」


 と、マサコもそれに即答した。――これまでの、すべてのわだかまりが消えた真っすぐな瞳で。


 そして宙に浮くツクモ神が、源氏棟梁の肩を抱いたのを合図に、


「陛下、東王即位の件――(みなもとの)ヨリトモ、謹んで拝命いたします」


 そう答えた瞬間――ヨリトモは王になった。


「お前は本当にヨシトモによく似ている……。会えて嬉しかったぞ。――さらばだ」



 そして御座所を退出したヨリトモとマサコは、続いて呼び出されたウシワカとベンケイとすれ違う。


 その時、ヨリトモは、


「ヤシマに出撃する。――先鋒はウシワカ、お前だ」


 妹の目を見ずにそう言った。


「えっ⁉︎」


 ウシワカの驚く声にも振り返らず、ヨリトモはそのままヘイアン宮を後にする。

 そして少し離れた場所で、ようやくヨリトモは壮麗なる皇帝の御所を仰ぎ見ると、


 ――ゴシラカワ帝はすべてを清算したかったのだ。自身の事も、父ヨシトモの事も、そして私とウシワカの事も。


 と、なぜ自分と妹が同時に招かれたのかという疑問に、彼女なりの答えをつけた。


 そして今、自分が立っている場所が、


(そういえば、このあたりだったな)


 忘れかけていたウシワカとの初対面の――最初で最後の姉妹が分かり合えた瞬間の――地だった事を思い出すと、


(最後に……思い出せてよかった)


 と、その事を心の内でゴシラカワに感謝しながら、静かに目を閉じた。


 この瞬間――彼女もすべての清算を終えたのだった。


Act-04 ヨリトモ即位 END


NEXT Act-05 女帝墜つ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ