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神造のヨシツネ  作者: ワナリ
第10話:イチノタニの空
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Act-07 逆落とし

 

「ゆっくり休めたかしら?」


 シャナオウマークⅡのコクピットで、以前と変わらずウシワカを背中から抱くベンケイ。


 そんな彼女の軽い嫌味に、


「まあね」


 と、ウシワカが苦笑で応じる。


「まあ、あなたにしては珍しくじっとしてくれてたおかげで、こっちはシャナオウの錬成に集中できたけどね」


 そう言って、ウシワカの頭を撫でくりまわすベンケイ。離れていても、ひとたび会えば二人の絆はすぐに元通りであった。


「ねえベンケイ、これいつまで飛べるの?」


 機体の特性を掴んだウシワカが、そのナビゲーションシステムでもある、ツクモ神ベンケイに問いかける。


 戦闘機形態のシャナオウは、霊気をジェットの様に吹き出しながら大空を飛んでいる。

 目指すは西方フクハラベース。平氏軍と対陣している源氏軍へ合流するのが目的であった。


「あなたの魔導力次第かしら。大地の霊脈を動力とする機甲武者が空を飛ぶには、それ相応の備蓄が必要になるわ。――まあ落ちそうになったら分かるから、その時は霊気の強い場所に不時着して」


 冗談めかしたベンケイの言葉には、ウシワカへの絶対の信頼があった。


 シート一つに全天周囲モニターのシンプルなコクピット。ウシワカは肘掛け先端に付いた、機体とのコンタクト用の球体を強く握ると、


「大丈夫、一気にフクハラまで飛ぼう!」


 これまでの遅れを取り戻すべく、緑の鳥と化したシャナオウを西に向けて、さらに加速させた。



 その頃、フクハラベースでは、いたずらに対陣を続ける源平両軍が、共にその苛立ちを募らせていた。


 源氏軍は万を超える将兵を動員しながら、フクハラに到達してから一向に攻撃命令が出ない事に、将兵が不審を抱き始めていた。


 白の源氏カラーの機甲武者ガシアルは、木曽ヨシナカがもたらしてくれた戦闘データを元に、全機に万全の湿地チューンを施している。

 敵地というリスクはあるが、数の上では完全に平氏軍を上回っている。それなのに総大将の梶原カゲトキは威嚇の発砲すら許さない。


 すべてはヨリトモから、カゲトキのみに下された、


 ――けっして動くな!


 という指令のためであるが、カゲトキも次第に厭戦気分も漂いかねない、自軍の統制に苦慮する様になってきた。


 もちろんカゲトキは、裏でヨリトモが(たいらの)トモモリと和平交渉を行なっている事など知らない。

 だが、それでも自分の命令を忠実に守ってくれると信じた、ヨリトモの期待に見事に応え、カゲトキは逸る軍をなんとか抑え込んでいた。


 対する平氏軍は即時迎撃を主張する(たいらの)ムネモリを、トモモリが言を左右にして、こちらもどうにか抑え込んでいる最中であった。


「なぜ打って出んのだトモモリ⁉︎ お前が出れば木曽ヨシナカの様に、奴らを打ち破れように!」


 司令室で肥満した体を揺すりながら、棟梁ムネモリが弟に叱責の言葉を放つ。


「源氏本軍は、疲弊したヨシナカの軍とは違います。戦えばこちらにも甚大な被害が出ます!」


 言い返すトモモリの言葉も熱を帯びている。


「イチノタニの守りは鉄壁。このまま籠城していれば、いずれ源氏は撤退します。こちらが無傷でいれば、今度の交渉が有利になると何度も申しているはず!」


 威嚇の様に言葉を重ねるトモモリ。生粋の武人たる彼の眼光に、ムネモリも思わず怯むが、


「わ、私はキョウトに……都に帰りたいのだ! その事、必ず源氏に呑ませるのだぞ! よいな!」


 そう命じる事で、棟梁としての最後の面目を保つと、逃げる様に自室へと消えていった。


「――――」


 一人残された司令室に、トモモリのため息が響く。


「苦しくなってきたねえ」


 そこに声をかけてきたのは、宙に浮く女――ツクモ神トキタダであった。


「源氏はヤシマ以外の領土割譲を要求。こっちは現状のままで、キョウトへの帰還を要求――これじゃ、まとまりっこないね……」


 長いカールのかかった髪をもてあそびながら、トキタダはその美しい顔に憂いを浮かべ、トモモリを見つめる。


「ヨリトモは、(おの)が一身の事であれば降伏してもよいと言っている。この対陣もあくまで兄上を威嚇するためだと……。アントク様の帰還を望んでいるのはヨリトモも同じだ」


「ヨリトモはね。――でも奴らはそうは思っちゃいない」


 トキタダの視線の先には、フクハラベースから距離をおいて布陣している、源氏軍の姿があった。


 トモモリも司令室の窓から、苦々しげにそれを見つめる。ムネモリを騙すためにも、一時撤兵を要求する書簡を送っているが、ヨリトモがそれを実行できるかは苦しいところであった。


 そんな時――少女の笑い声が聞こえてくる。


 二人がそちらに視線を移すと――ベース内の中庭で皇女アントクと(たいらの)シゲヒラが、仲睦まじげに談笑している。

 殺伐とした空気の中で、麗しい輝きを放つアントクの姿は、まるで一輪の花の様であった。


 都落ちの際のヘイアン宮襲撃で、ウシワカに背中を深々と突き刺されたシゲヒラも、この数ヶ月でなんとか歩けるまでに回復していた。その歩行訓練に、秘かにシゲヒラを慕うアントクは、日々付き添っていたのであった。


「源氏の軍は、まだ去らない様ですね」


 アントクがシゲヒラの顔を見上げながら、憂い顔で呟く。源氏軍を恐れているのではない――彼女が心配していたのは、もし戦端が開かれた時、まだ歩くのがやっとのシゲヒラの身であった。

 皇女と平氏の三男という身分違いながら、アントクのシゲヒラへの思いは、そこまで深かったのである。


「このフクハラは、イチノタニという天然の要害に守られています。ご心配には及びません」


 そう言ってシゲヒラは、背後にそびえる切り立った断崖状の小山であるイチノタニを仰ぎ見る。

 フクハラベースは、このイチノタニを背後の守りとして、その前面にアーチ状の防護壁を築く事で、守るに易く攻めるに難い――まさに難攻不落の要塞を形成していた。


「そうですね。ここはキヨモリのお祖父様が築かれた『平氏の都』ですものね」


 シゲヒラに勇気付けられたアントクも、共にイチノタニを仰ぎ見る。その上に晴れ渡る空は、吸い込まれそうになるほど青かった。


「鳥……?」


 その空に異常を認めたシゲヒラが呟く。


 アントクもそちらに目を移すと、なるほど『緑の鳥』が上空を舞っている様である。

 だが、それはやがてイチノタニの断崖を沿う様に、急降下しながらこちらに向かってくるではないか。


 そして、鳥は火を吐いた。


 源平三大決戦の初戦――イチノタニの戦いは、こうして突然始まった。


Act-07 逆落とし END


NEXT Act-08 燃える都


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