Act-06 マークⅡ胎動
木曽軍残党の奇襲を退け、キョウト入りしたウシワカが、偶然出会った――母トキワの育ての親、一条ナガナリの屋敷に招かれてから、早ひと月半。
彼女は源氏のキョウト本陣と定められた、ロクハラベースに移る事もなく、ずっとナガナリ邸に入り浸っていた。
その理由は、棟梁ヨリトモの命を狙った刺客とはいえ、女武者であるトモエの首を刎ねてみせたウシワカを気味悪がる、自軍の空気の悪さであった。
同時に、そんな傷心のウシワカを召還する気配もない、姉ヨリトモの態度も気に入らなかった。
おそらく平氏討伐戦を前に政務に忙しいのだろうが、それにしても実の妹に対して冷たすぎるのではないか。自分の行動は常に源氏を第一として考えているのに……。
――やはり母違いという事が、姉との距離を遠ざけているのだろうか。
ウシワカはこのひと月半、そんな事ばかりを考えていた。
その母、皇帝ゴシラカワの過去を知り、彼女が何かと戦っている事を知っても、ウシワカの気持ちは、姉ヨリトモに向かっていた。
だが姉は今、ウシワカの実母の心と向き合い、その悲願であるタマモノマエ討伐に心を砕いている。
追えば逃げる様な姉妹の思いは、ここまでくると皮肉を超え滑稽でもあった。
そして半月前、平氏討伐軍が編成されフクハラベースに向け進発しても、ウシワカはそれに積極的に加わろうとはしなかった。
姉ヨリトモへの反発もあったが、何より乗機シャナオウをトモエに撃破されたのが痛かった。
今さら、量産機であるガシアルに乗るのは御免だったし、仮に乗ったとしてもウシワカの強大な魔導力に、ガシアルの演算システムがオーバーフローを起こす事は目に見えていた。
そんな、自分にリミッターをかける様な戦い方で、姉に注目してもらえる戦功が挙げられるとも思えない。それでは意味がないのだ。
だから無為に日々を過ごしてきた。
同時にヨリトモとしても、神器発動の重要人物、かつ飼い慣らせない狂犬の様なウシワカが動けずにいるのは、好都合でもあった。
慎重に慎重を重ねなくてはならないこの局面で、これまでの様にウシワカに暴走されては、すべてが御破算となるからだ。
そんな思惑など知る由もないウシワカであったが、彼女が動かなかったのには、ナガナリ邸が居心地が良いという理由もあった。
一条ナガナリは義理の娘の子であるウシワカを、実の孫の様に可愛がってくれた。
元々、両親でなく義理の祖父、鎌田マサキヨに育てられたウシワカは、いわゆる『お爺ちゃん子』であり、好々爺そのままのナガナリにも、すっかり懐いていた。
今も二人は、ナガナリ邸の二階の窓際に並び、晴れ渡る西の空を眺めている。
「なあ、ウシワカ……」
「なに? じいちゃん」
そのやり取りも、今や実の祖父と孫娘の様であった。
「ずっと言おうと思っとんたんじゃが……お主さえよければ、このまま儂の孫になって、ずっとここで暮らさんか?」
「――――⁉︎」
ナガナリの突然の申し出に、ウシワカは驚く。
そういえば、木曽ヨシナカの妻トモエにも、かつて同じ様な事を言われた。
――今ならまだ間に合う。皇帝の娘、源氏の棟梁の妹、そんな『しがらみ』から離れて、『一人の女の子』として共に暮らさないか、と。
「…………」
ウシワカは考える――あの時は、トモエの言っている意味が分からなかった。でもあれから自分は、ヨシナカやトモエたち源氏を、同じ源氏として殺し続けてきた。
これが母が、そしてトモエが言っていた『修羅の道』なのかと。
――すべては姉のために。
それなのに報われない思いは日々つのるばかりだ。もうどうすればいいのかも分からない。それなら、この優しい義理の祖父のもとで、一人の女の子に戻るのも悪くないか。
そう思い、
「じいちゃん――」
と、ウシワカが何かを告げようとした瞬間、
「ウシワカーーーっ!」
ナガナリ邸の門前で大声を上げたのは、伊勢サブローであった。
「サブロー?」
「ウシワカ、直ったよ――シャナオウが!」
窓から身を乗り出したウシワカに、サブローが告げた言葉。
それはウシワカを、少女から戦士へと引き戻す、運命の一言であった。
「――――!」
次の瞬間、ウシワカは窓の手すりを飛び越える。
そして地面に着地すると、すぐにサブローのオフロード車に駆け寄り、それに飛び乗った。
「ウシワカー!」
突然の事に戸惑い、ナガナリが叫ぶが、
「じいちゃん、ちょっと行ってくる!」
と、ウシワカは笑顔でそれに答えると、そのままオフロード車は急加速で、北を目指し消えてしまった。
「ウシワカ……」
その時、ナガナリは感じた。この感触が、かつてトキワという名だった義理の娘が、旅立っていった時にあまりに似ている事に。
あまりといえば、あまりな運命の歯車。だが戦乱の世は、あくまで無情であった。
そしてウシワカは目にする。――再生されたシャナオウの変貌した姿を。
「こ、これがシャナオウ?」
キョウト北方クラマの地――亡き義理の祖父、鎌田マサキヨの整備場に置かれていたのは、『一機の戦闘機』であった。
ヒノモトにもレシプロの飛行艇は存在するが、戦闘機という概念はまだない。なのでウシワカが動揺するのも無理はなかった。
それ以前に、そもそも機甲武者は全長八メートルの人型ロボットである。確かにカラーは以前と同じ薄緑ではあるが、それにしてもあまりに形が違いすぎていた。
だが、そばにいるツクモ神ベンケイや、常陸坊カイソンばかりか、姉ヨリトモの側近である大江ヒロモトも、ウシワカに自信に満ちた目を向けてくる。サブローに至っては、「ほらほらー」と背中を押してくる始末であった。
ならばと、意を決したウシワカが恐る恐る、その機首に触れてみる。するとそれに呼応する様に、キャノピー状になったコクピットハッチが静かに開いた。
その瞬間、
――ドクン。
という鼓動が、ウシワカの中に流れ込んでくる。
それは生命の胎動。確かにこれはシャナオウであるとウシワカは確信した。
「どう? これがシャナオウマークⅡよ!」
ベンケイの言葉に、
「マーク……Ⅱ」
そう答えたウシワカの中で、眠れる源氏の血が再び覚醒した。
そして、それから少し後――
残されたナガナリは、ウシワカと共に眺めていた西の空に、一筋の閃光が流れていくのを見た。
それは緑の大鳥が飛んでいる様でもあり、
「ウシワカ……」
ナガナリは無意識の内に、なぜかそう口にしていた。
Act-06 マークⅡ胎動 END
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