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神造のヨシツネ  作者: ワナリ
第9話:修羅の道
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Act-02 天下人

 

 ヒロモトもすぐに自分の失言に気付き、しまったという顔になる。


 だがヨリトモも、ヒロモトに悪意はなく、単に技術屋としての喜びが漏れ出ただけだと理解しているので、


「そうだな……」


 と、彼女なりの気遣いで、淡々と相槌を打ってやった。


 ――だかそこから、しばし気まずい沈黙が流れた。


 すると、オープン仕様の装甲車に並走している源氏のツクモ神マサコは、ヒロモトに向かって『メッ!』という視線を送ると、スッと宙に浮いたままヨリトモの側に近付いていく。


「あなたは、これから天下人になるんだよ。――ほら、シャキッとしなさい」


 沈みかけた空気を吹き飛ばす様に、景気よくヨリトモの肩を叩くマサコ。


 そんなツクモ神の励ましに、張り詰めていた心が緩んだのかヨリトモは、


「なあマサコ……あいつは――ウシワカは本当に、私の妹なのだろうか」


 と、彼女が心の奥に秘めていた思いを、突然口にした。


 それにマサコも驚きの表情を見せると、再びヨリトモは黙り込んでしまう。

 そして、場はまた沈黙が支配する様相となり、その中でヨリトモは考え込む。



 ヨリトモも、ウシワカがヨシナカを討った事は評価していた。

 だがあれだけ敬慕していたヨシナカを、手のひらを返した様に討ち取れる妹の神経が、同時にヨリトモには理解できず、やはり心のどこかで、そら恐ろしく思わざるを得なかった。


 ヨシナカとの離別に泣き崩れ、彼の反乱にその初動対応を配下に担わせたという、大将としての失態。

 加えて心のどこかには、ヨシナカを見逃そうという思いも――あの時のヨリトモには、なかったとはいえなかった。


 対してウシワカは、公然とヨシナカ支援を表明しておきながら、姉である自分がそれに難色を示すと、その反乱に際して――誰に指図される事もなく、現場に急行してヨシナカを討ち取り、源氏本軍の面目を保ってくれた。


 本来なら逆の思いを抱いていたはずの姉妹が、結果としてその立場を逆転させた。


 その妹はヨリトモたちの車両を警護するべく、破損修復を終えたシャナオウを駆り――見た目上は平然と――そのすぐ後方に随行してきている。


 ウシワカもヨシナカを討った事は痛恨であり、その死に涙も流した――だが、その行為自体に後悔の念はなかった。

 冷徹を装う姉も、実は苦しんでいた――それだけでウシワカはヨシナカを殺せた。そこに迷いは微塵もなかった。


 言うなれば、それはそれ、これはこれなのであった。


 だから今もウシワカは、ヨシナカが果てる時に託された銀の拳銃をヒップホルスターに収め、彼の思いも背負う気でいる。

 一見、それは裏腹に見えたとしても、無垢なる天才戦術家、(みなもとの)ウシワカにとっては整合性が取れていたのだ。


 そんなウシワカの難解な心理を理解できるのは、もはや――今もコクピットで彼女に寄り添っている――ツクモ神、ベンケイだけかもしれなかった。


 だがベンケイの様に、ウシワカと共に死線を越えていないヨリトモには、もう妹は理解できない存在となっていた。


 出会った当初から、その目的のためなら笑顔で人を害する事ができる性質を、空恐ろしく思っていたが、今回も――自身が率いる源氏のためとはいえ――あれほど庇護しようとしていたヨシナカを、あっさり殺してみせた。


 普段ならすべての事象を一旦、無表情を貫く事で自己処理できる『偉大なる凡人』ヨリトモも、あまりに自分と性質が違うウシワカの存在に、ついに処理能力の限界を超えてしまった。


 だから、


 ――ウシワカは、本当に自分の妹なのだろうか?


 という、半ば現実逃避的発想を持ち出し、それを口に出してしまったのだった。



 そして、


「初めて会った時、あなたのヒゲキリ、あいつのヒザマル――ヨシトモの二本の刀が共鳴したわ」


 マサコが沈黙を破り、声を上げると、


「それにあいつはトキワの娘。アタシも認めたくはないけれど……間違いなくウシワカは、あなたの母違いの妹よ」


 ウシワカにとってベンケイがそうである様に、ヨリトモをもっとも理解しているツクモ神は、淡々と現実を突きつけていく。


 それからマサコは、


「人には与えられた運命があっても、それに立ち向かう事はできる。きっとヨシナカも、ヨシトモも、タメヨシも――源氏はみんな、そうだったはずよ」


 と、亡きヨリトモの『家族』たちと、一族の宿業についても触れていく。

 すると、これまで色を失っていた、若き源氏棟梁の目に再び光が宿った。


「もう一度言うわ。あなたはこれから、天下人になるためにヘイアン宮に行くのよ。その運命に立ち向かえる? それとも、ここで降りる?」


 マサコが決断を迫る。それは『源氏』という存在に対する決断だった。


 それにヨリトモは、いつもの凛とした目で頷くと、


「ありがとう、マサコ。私は……きっと乗り越えてみせる」


 そう言って、肩に置かれたマサコの手を強く握る。


 それから、


「すまなかったな、ヒロモト。――フクハラの話を続けよう」


 と、気まずい思いをさせた腹心に声をかけると、すべての迷いを断ち切った、棟梁の顔へと戻った。



 だが姉を思うがゆえに、姉の理解を超えた妹と、妹だからこそ、その存在を妹として認めたくないと思った姉は――その食い違いを終末に向かって、また静かに深めていくのだった。



 そしてヨリトモとウシワカは、その運命と共にヘイアン宮へと進む。


 その行軍を狙う一団に、まだ誰も気付いていない。


 それは夫を討たれた復讐に身を焦がす、トモエと木曽軍の残党たちであった。


Act-02 天下人 END


NEXT Act-03 仇討ち


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