Act-10 内なる敵
ヘイアン宮では、ヨシナカ率いる木曽軍の襲来に、御座所が揺れていた。
「なぜだ⁉︎ なぜ『魔導結界』が機能していない⁉︎」
「分かりません! 四方の僧堂の修復は完了しておりますし、結界師たちも配置についているはずです!」
「なら、なぜ木曽軍の機甲武者が、こうも簡単に門を破れたのだ⁉︎ 急ぎ調べてまいれ!」
「ははっ!」
顔面蒼白の摂政シンゼイに怒鳴られた武官が、足早に御座所から退出していく。
それを見計らって、玉座の皇帝ゴシラカワは、
「あわてるな、シンゼイ……理由は分かっている」
と――木曽軍がヘイアン宮内に乱入してきたのとは別の理由で、苦虫を噛み潰した様な顔になった。
「どういう事だ⁉︎ なぜ、こうも簡単に木曽軍が、この御所に入る事ができたのだ⁉︎」
惑星ヒノモトの皇帝は、一千年前にさかのぼる『神の時代』に生きた、『天使』の直系子孫である。
ゆえにその強大な魔導力で、皇族はヘイアン宮に対魔導攻撃用の結界を張っていたのだが――それが無効化している事に、シンゼイは激しく動揺していたのである。
「これさ」
ゴシラカワは短く言うと、自身の真上を目で指す。
「まさか……また、タマモの神通力だというのか……」
シンゼイが玉座の上の梁に埋め込まれた、異形の女を『タマモ』と呼んだ――それは三代前の皇帝トバの皇后。
そして先々代の皇帝ストク、先帝タカクラ、今上帝ゴシラカワ、三人の皇帝を産んだ母親の名前であった。
「母上は、どうあっても私の邪魔を……いや、私を殺したいらしいな」
そう言うと、ゴシラカワは玉座から立ち上がり、その手に魔法陣を展開すると、真上にいる物言わぬ母に魔弾を撃ち込む。
だが、それをあざ笑う様に、九本の尾と狐の耳を生やしたタマモの体は、魔弾をいとも簡単にはね返した。
タマモの彫像のごとき裸体には、傷一つついていない。
初めから、それが無駄な事だと分かっていたゴシラカワは、
「ヨシナカの狙いは私だ。キソに連れ去るにしても、ここで殺すにしても――私がここからいなくなれば、こいつの『封印』は解ける」
そう言うと玉座に座り直し、また物言わぬ母を見上げる。その顔が笑っている様に、ゴシラカワには見えた。
「源氏は、ヨリトモは何をやっている⁉︎」
「ヨリトモの軍はヤマトの国境だ。もしここが攻められても、魔導結界で時間が稼げると踏んでいたのだろう」
わめくシンゼイに、この変事が朝廷だけでなく、源氏本軍にとっても予想外の展開であったろう事を、ゴシラカワが口にする。
「申し上げます! 魔導結界の僧堂が、木曽軍にすべて破壊されました!」
そこに、駆けつけてきた伝令の絶叫が、御座所の外から響き渡る。
「ヨシナカめ……! して近衛は何をしておる⁉︎」
魔導結界復旧の望みが絶たれ、歯噛みするシンゼイの下問に、伝令は一瞬口ごもると、
「木曽軍の機甲武者に歯が立ちません! 木曽軍は近衛兵だけでなく、結界師や文官も、誰彼かまわず、手当たり次第に討ち取りながら、こちらに迫っております!」
と、絶望的な情報をもたらしてきた。
武を用いながらも、一人の死者も出さなかった平氏の都落ちとは対照的に、木曽軍の御所襲撃はいわば殺戮戦であった。
ヨシナカにしてみれば、ヨリトモ擁立の邪魔者として――権謀術数の末――捨て駒にされ、多くの同胞を失った事への復讐戦であり、その点ではゴシラカワ側にも非がないとはいえなかった。
だが――
ゴシラカワも、初めからヨシナカを追い落とすつもりではなかった。
女帝の秘めたる狙い――それは源平が、それぞれの宿業を乗り越える事であった。
一族を切り捨てられない平氏――彼らは今回の争乱にも、その旧態然とした体質のまま、国よりも家族の未来を選び、都を落ちた。
対する、一族を切り捨て続けた源氏は、ヨリトモがヨシナカに救いの手を差し伸べるか、追い詰められたヨシナカがヨリトモに降るか――それを注視し続けたゴシラカワだったが、結局そのどちらも起こらなかった。
ヨリトモは木曽軍の補給線を断ち、ヨシナカは意地だけで無謀な平氏戦に突入し――源氏和合もまた成らなかった。
ここにきて、ゴシラカワの周到な布石ともいえる――ヨシナカを平氏戦で戦死させる、もしくはヨリトモに討伐させる、という事後策が発動するはずであったが、前者は突然の日食に、後者は魔導結界の無力化に阻まれ、そのいずれの策も破綻した。
結果、今、ゴシラカワは窮地に陥っている。
それを導いたのは、ヘイアン宮の皇帝玉座の上に封印されし異形の皇后――タマモの神通力であった。
ゴシラカワはその強大な魔導力で、これまでずっと異形の母を封印してきたが、その彼女がヨシナカに連れ去られるか殺されるかで――タマモはヘイアン宮という『縛』から解放されるのだ。
状況は絶望的。だが、これまでか――などとは、ゴシラカワは思わない。
女の身ながら即位後、大英雄である平キヨモリと互角の政治戦を繰り広げてきた、不屈の女帝は、
(ヨシトモ……お前の果たせなかった願い。――タマモの誅滅は必ず、私が成し遂げてみせる!)
胸の内で、ウシワカの父である亡き夫に語りかけると、キッと母を憎らしげに見上げ、
「ヒノモトを――再び、お前の好きにはさせんぞ!」
と、絶体絶命の窮地ながら、惑星動乱の元凶である怪物に向かい、その気迫を言葉にしてぶつけるのだった。
Act-10 内なる敵 END
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