Act-09 蜂起
「待たせたな、トモエ」
源氏軍の本陣から奪った、軍用ジープに乗ったヨシナカが、妻トモエのもとに戻ってきた。
「やり残した事は、ありませんか?」
静かな笑顔で応じるトモエの背後には、木曽軍に残った機甲武者、戦闘車両が全機、臨戦態勢でスタンバイしていた。
「ああ。ヨリトモの奴に借りも返してきた。これで思い残す事なく――キョウトとも、おさらばだ」
うなずいたヨシナカの視線の先には、皇帝の御所――ヘイアン宮がそびえ立っていた。
「全軍、準備はできています」
トモエの声に合わせて、ヨシナカのまわりに木曽兵が集まってくる。その顔は皆、これまでの労苦に疲れ切っていたが、不思議とそこに暗さはなかった。
すべては木曽ヨシナカという男の大きさが、木曽軍という家族を癒していたのである。
そんな仲間たちの顔を、ヨシナカは一人一人、順に見つめていく。そして、「みんな――」と、口にしてから目を閉じると、
「本当にすまねえ。今回の事はすべて大将である俺の責任だ」
そう言って、深々と頭を下げた。
「ヨシナカ様、やめてください!」
「違います! 俺たちが不甲斐なかったせいです!」
木曽兵が、次々にヨシナカをかばう声を上げると、
「ありがとな、みんな」
顔を上げたヨシナカは、そのまま空を見つめ語り続ける。
「キョウトに一番乗りしてすぐに、神器を持った同族のウシワカに出会えて、これはツイてるって思ったんだがな……。おまけにあいつは皇女で、それを奉戴すれば、俺たちの新しい国が作れる――俺たちの『夢』が叶うってな……」
夢――その一言に、兵たちの胸は熱く痛む。
キソの皆が抱いたその夢ために、ヨシナカがこれまで、どれだけの苦労を重ねてきたかを皆、知っているからである。
「だから煽るだけ煽ってみたんだが……キョウトってのは本当に天狗の棲家だな。見事にしてやられちまって、このザマだ」
「ヨシナカ……でもウシワカは――」
よもやウシワカを恨んでいるのではあるまいかと、不安そうな声を上げるトモエに、
「ああ、ウシワカはいい子だよな……。あんな子を、政争の具にしようとした俺が間違ってた」
ヨシナカはそう言うと、一旦言葉を切ってから不意に、
「俺たちも、あんな子が欲しいよな――お前もそう思うだろ?」
「――――!」
ニヤリと自分を覗き込む夫に、思わずトモエは赤面する。
そして木曽兵から、拍手喝采が沸き起こった。
「おお! 次の戦は、後継ぎ作りでございますか!」
「こりゃ大仕事だ。ヨシナカ様、我らはお手伝いできませぬが、せいぜいお励みください!」
大将夫妻をからかい、皆が笑顔に包まれるそこは、とても敗軍の雰囲気ではなかった。
「よーし、みんな! キソに帰るぞ! そして出直しだ!」
ヨシナカの号令に、皆が「おー!」と腕を上げる。
「だが、このまま手ぶらで帰っちゃ、死んだ奴らに申し訳が立たねえ。落とし前はつけていくぞ――大天狗に仕返しだ!」
その宣言に木曽兵は、
――ヘイアン宮襲撃、皇帝ゴシラカワ奪取。
という、トモエから事前に申し渡されていた作戦行動を開始するべく、機甲武者を起動させ、戦闘車両のエンジンをかけた。
その少し後、源氏本軍の本陣では――
「なに! ヨシナカが御所を攻撃しているだと⁉︎」
伝令からもたらされた報告に、大江ヒロモトが驚きの声を上げていた。
「ヨシナカめ、帝を同座させてキソで再起を図る気か!」
隣の梶原カゲトキも、木曽軍の狙いが、平氏の都落ちの時と同じ手口である事に、厳しい顔付きになる。
「ヨリトモ様には、私が報告します。カゲトキ殿は急ぎ軍をヘイアン宮に」
ヒロモトは、いまだ陣屋から出てこない傷心の主君を気遣い、自分たちだけで事態を解決するべく、急ぎ対応に取りかかる。
「魔導結界のおかげで、少しは時間が稼げるだろう。準備が整い次第、出られる部隊から進発させる」
そう言い残し、本陣を飛び出すカゲトキの目に――その場から、一目散に走り去るウシワカとベンケイの姿が映る。
「――――!」
御座所でヨシナカ支援を宣言し、それをヨリトモに、「好きにしろ」と突き放されたウシワカ。
彼女が、今の報告を盗み聞きしていたらしい事に、カゲトキは顔をしかめる。
まさかとは思うが、ウシワカが本当にヨシナカにつけば厄介な事になる。どちらにしても、ヘイアン宮に急行しなければならないカゲトキは、
「和田ヨシモリ隊、畠山シゲタダ隊は、急ぎ出撃準備せよ!」
と、指令を残すと、自身も麾下の部隊を進発させるべく、その野営地に走った。
Act-09 蜂起 END
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