Act-07 本陣潜入
ウシワカとベンケイが御座所から退出すると――外にはサブローとカイソンが待っていた。
「大丈夫……ウシワカ?」
源氏本軍の将たちが出てきた中に、ウシワカとベンケイの姿がなかった事に不安を抱いていたカイソンが、駆け寄り声をかける。
「ごめん、ちょっと色々あってね」
そう答えるウシワカの顔付きは暗い。しかもその目の腫れ方からして、泣いていた事は明らかだった。
それを見て、
「うんうん、そっかそっか。それよりさ、ウシワカ――」
と、続いて歩み寄ってきた、サブローが話題を切りかえる。
そうする事で、何か心に深い傷を負ったであろう親友を気遣う彼女は、
「ヨシナカとトモエが、さっきウシワカより前に出てきたけど――なんかあの二人、変だったよ」
と、ゴシラカワとヨリトモの策に嵌められた、ヨシナカ夫婦の挙動について報告する。
「どういう事?」
まだ覇気を取り戻せないウシワカに代わって、彼女の背中を支えるツクモ神ベンケイが、その内容を問いかける。
「遠目で見たんだけど……あの二人、何か深刻そうに話をしてから二手に分かれて――ヨシナカだけが、ヨリトモさんたちの後をつけていったんだよ」
「――――!」
ヨシナカの追い詰められた状況を知っている、ウシワカとベンケイは顔を見合わせる。
そしてウシワカの目に生気が戻り、
「行こう!」
と言うと、姉の後を追うため、源氏軍の本陣へと走り出した。
ヨリトモは本陣を、一応まだキョウト守護であったヨシナカを立てて、キョウトと南方ヤマトの境界付近に置いていた。
姉に置いていかれた形のウシワカが、急ぎそこに戻った時、まだ変事が起こった様子はなかった。
まさかとは思うが、ヨシナカがヨリトモを暗殺しないとも限らない。事実、御座所で激昂したヨシナカは、ヨリトモに銃を向けていたのだ。
本陣の前でウシワカは、周囲に目を凝らす。ヨシナカが辺りにいる様子はない。彼が本当にヨリトモの後をつけていったのなら、もう自分たちよりも先着して、すでに行動を開始しているはずであった。
自身も単独行動を好む『戦術家』であるウシワカは考える。
最小人数で最大効果を挙げるには――目標のみを一直線に狙う、と。
「サブローとカイソンは、ここで待っていて」
そう言うとウシワカは、ベンケイと目を合わせ、ヨリトモの陣屋への潜行を開始した。
大将であるヨリトモの陣屋は、本陣の中央に幔幕を張った中に、仮設指揮所と兼用で建てられていた。
もうウシワカも源氏本軍の一員なので、コソコソと動く必要はないのだが、一連の経緯で梶原カゲトキあたりに見つかると面倒なので、兵の目を盗みながら陣屋まで接近した。
そして幔幕の裏手から忍び込み、ヨリトモの私室に近付くと、
「悪りぃな、ちょいと邪魔させてもらうぜ」
というヨシナカの声が、中から聞こえてきた。
――ヨシナカはすでに潜入していた。やはり狙いは、お姉ちゃんだったのか⁉︎
ウシワカが、すかさず室内に飛び込もうとすると、その肩をつかみ彼女を止めたのは、ここまで同行してきたツクモ神ベンケイだった。
なんで止めるのさ、とウシワカが目で訴えると、ベンケイは静かに彼女の口をふさぎながら、その顔を後ろに向けさせる。
そこにいたのはヨリトモの腹心、大江ヒロモト。彼女は眼鏡の奥の瞳をギラリと光らせ、その手にはサイレンサー付きの小型拳銃が握られていた。
見つかったか――とウシワカは、ヒロモトの狙いが自分と思い緊張するが、
「マサコ殿が付いています。少し様子を見ましょう」
と、姉の腹心はすべての状況を理解しているらしく、そう言うと、ウシワカの横を通り過ぎ、ヨリトモの私室に近付き、聞き耳を立てた。
ウシワカもベンケイと共に、室内の様子をうかがうと、
「ヨシナカ、アンタまた懲りずに、ヨリトモを討とうとか思ってないでしょうね」
という、源氏のツクモ神マサコの声がした。
ウシワカにベンケイが、アントクにトキタダが付いている様に、マサコも源氏の守り神――つまりボディガードとして、その棟梁であるヨリトモの傍らに、常に寄り添っているのである。
御座所でヨシナカが銃を抜いた時も、すかさずマサコが魔導シールドでヨリトモの身を守った。ヨシナカが単身なら、確かにマサコがいれば万全であった。
その室内では――
「いや、お前とも、もうこうして会う事もねえだろうから……いろいろと言っとかなきゃならねえ事を、と思ってな」
と、ヨシナカがヨリトモに向かって、両手を上げ――害意がない事を示しながら――いつもの伊達男の顔で苦笑していた。
「私に降る気はないのか?」
「ハハッ、その話はもう無しだ。時間もねえから要件を伝えるぜ」
ヨリトモの言葉を遮ると、ヨシナカはそう言いながら、小さなパーツを放り投げる。
小型爆弾を警戒して、すかさずマサコが前に出ようとするが、ヨリトモはそれを制すると、空中でそれをキャッチして、
「これは……機甲武者のデータチップ?」
それが機甲武者のパイロットのヘルメットに装着されている、戦闘データ収集用チップである事に怪訝な顔をした。
「フクハラの平氏との戦ん時の、バキのデータチップだ」
ヨシナカはそれが、自身の機甲武者に集積された、フクハラ戦の戦闘データであると告げると、ヨリトモは目だけだが、それに驚きを見せた。
「平氏は、水陸両用の新型機甲武者をロールアウトさせている。あと、フクハラは足まわりに湿地チューンをしていかねえと、ガシアルじゃただの『的』になっちまうぜ」
続けてヨシナカは、平氏軍の戦備と、戦場の注意点についても触れる。
いずれも、いまだキョウト西方に足を踏み入れていない源氏本軍にとっては、渡されたデータチップと共に貴重な情報であった。
「なぜ、これを……?」
一族ながら反目し合う相手からの、思わぬ手土産にヨリトモは厳しい目付きになるが、
「まあ、そんな顔すんなって。そういや、俺はまだお前に『借り』を返してなかったなって、思い出したのさ」
「借りだと……?」
「ホウゲンの乱の後……殺されるはずだった俺を逃がしてくれた事さ――忘れちまったのか?」
ヨシナカは半分本気で苦笑すると、ヨリトモの顔を、遠い眼差しで見つめた。
Act-07 本陣潜入 END
NEXT Act-08 ヨリトモの正体