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神造のヨシツネ  作者: ワナリ
第8話:夢の果て
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Act-06 タイムリミット

 

 御座所の空気が凍りつく。

 その意味を、ウシワカだけが理解していなかった。


 源氏嫡流である姉ヨリトモの政敵を助けるという発言は、それだけで一種の反逆行為である。加えてウシワカは、自分が『皇女』であるという立場もわきまえていなかった。


 西に逃げた平氏が、先の皇帝タカクラの皇女アントクを奉戴する事によって、求心力を保っている様に――もしヨシナカが本拠地キソに、現皇帝ゴシラカワの皇女を伴えば、ようやくヨリトモの旗のもとに収まりかけた東方も、どうなるか分かったものではないのである。


 ヨシナカもそれを理解しているので、一瞬その目に希望の光を宿したが、


「ウシワカ……お前の好きにしろ」


 と言い残し、妹に目を合わせる事なく退出していったヨリトモと、そんな姉の態度に恐れおののくウシワカの姿が、彼に野望をあきらめさせた。


 ヨリトモ、ゴシラカワ、そして平氏――そのすべてに及ばなかったばかりか、無垢な少女の思いまでアテにしようとした自分を恥じると、


「ウシワカ……ありがとな」


 そう言ってポンと肩を叩き、ヨリトモたちに続きヨシナカも御座所から出ていく。


 夫に寄り添うトモエも、ウシワカの横を通り過ぎる時、嬉しそうに微笑みながら、


 ありがとう――


 と、目でそう言い、去っていった。



 御座所に残ったのは、ゴシラカワ、シンゼイ、ウシワカ、ベンケイ、そして居並ぶ文官たち。


「ねえ母さん、どうしてヨシナカをいじめるの⁉︎」


 そして、いきなりウシワカはぶちかました。


 源氏嫡流の異母姉を『お姉ちゃん』と呼ぶ彼女は、まだ余人がいるこの状況で、惑星の頂点に君臨する女帝を『母さん』と、まるで市井の少女の様に気安く呼びかけた。


 そんな場をわきまえないウシワカの態度に、ヨリトモにおけるカゲトキの様に、ここでは摂政シンゼイが、


「貴様、口をつつしめ!」


 と、すかさず叱責の声を上げるが、


「いじめる? 何を言っている?」


 ゴシラカワはシンゼイを制しながら、


「私はヨシナカにもチャンスはやった――だが奴は果たせなかった。ならば潔くヨリトモの傘下に入るべきだ。だが奴はそれも拒絶した。まるで子供のわがままだな」


 と、真っすぐな思いをぶつけてきた娘に、『政治』と言う名の正論でもって、それを一笑に付してしまう。


 だがウシワカはひるまず、


「ヨシナカから聞いた! 父さんは弟と、お祖父さんを殺したって! お姉ちゃんも……父さんの弟を殺した……。ねえ母さん、いったい源氏ってなんなのさ⁉︎」


 と、今度は――姉に受け入れてもらえないやるせなさと共に――ここまで抱き続けてきた、『源氏』という一族に対する理解し難い不信感を、母に向けて投げかける。


 それに対して、


「親兄弟、一族を切り捨てる事でしか生きられない者たち――それが源氏だ」


 そう冷たくゴシラカワは言い放つ。

 続けて、母は娘に対し、その覚悟を問うた。


「お前は自分を『(みなもとの)ウシワカ』と言ったな? ならばその源氏の宿業、お前が断ち切れるか⁉︎ このままではヨシナカはヨリトモに討たれるぞ」


 呆然とするウシワカ。それに追い討ちをかける様に、


「お前は源氏であると同時に、皇帝である私の娘――皇女だ。そのお前がヨシナカにつけば、東方の野心家たちの中には、まだヨシナカにつく者もいるかもしれんぞ?」


 と、ゴシラカワは、とんでもない提案をする。


 それに傍らの摂政シンゼイが唖然とする。この女は一体何を考えているのか、と。


 そしてウシワカに至っては、その胸の内を理解してもらいたかった母に――姉を裏切れ、と思いもよらぬ正反対の答えを返され、混乱極まったその顔は涙目になっていた。


「もうやめて、トキワ!」


 ゴシラカワを古き名で呼ぶ者――それは、ここまで耐えに耐えて、口をつぐみ続けていたツクモ神、ベンケイであった。


「もうこれ以上、この子を利用しないで!」


 頬を濡らすウシワカの傍らに浮く彼女は、続けてそう言うとゴシラカワを睨みつける。


「ほう」


 これには予想外だったゴシラカワは、興味深げに親友でもあるツクモ神の顔を見つめる。


「トキワ、ごめんなさい。私は朝廷のツクモ神……そしてあなたの友達よ」


 ベンケイはまるで弁解する様に、そう前置きしてから、


「でも私は今……この子の事が一番大事。この子のそばにいたいの。だから、ウシワカが皇女でも、源氏として生きていくというのなら――私はそれを支えていくわ」


 そう言って、いつも以上の愛情で、ウシワカを背中から強く抱きしめる。


「ベンケイ……」


 姉に黙殺され、今また母に突き放されたウシワカは――血の繋がらぬツクモ神の愛に、今度は心から涙する。


 それを見たゴシラカワは、


「フフッ、好きにしろ」


 と、まるでヨリトモの言葉をなぞる様に、ベンケイにそう言い放った。


 そして御座所を去ろうとするウシワカの背中に、


「ウシワカ、もう一度言っておく。源氏の道は――修羅の道ぞ」


 と、初対面の時に、父ヨシトモの短刀ヒザマルと共に送った言葉を、再び投げかける。


 それに振り返らずに進む、ウシワカとベンケイ。

 この警告が母の愛である事に気付くには、ウシワカはまだ幼すぎた。




 そして廷臣も退出して、御座所はゴシラカワとシンゼイの二人だけとなると、


「フクハラの戦……惑星カラが日食を起こしたそうだな」


 ゴシラカワは呟く様にそう言うと、玉座の真上を睨みつける。


「らしいな。そのおかけでヨシナカは命びろいした様なものだ」


 いつもとは違う女帝の気迫に、シンゼイも今日ばかりは素直に相槌を打ちながら、同じく玉座の上を目で追う。


 そこにあるのは、憎悪に満ちた面貌のまま微動だにしない、(はり)に埋め込まれた裸形の女。


 平氏都落ちの時に――惑星ヒノモトの秘事として――(たいらの)トモモリにその存在を明かした、狐の耳と九本の尾を持つ彫像のごときそれに、


「こいつの神通力は徐々に復活してきている。あの日食も、ヨシナカを平氏に討たせようとした私を邪魔をしたのだ……。もう時間は残されていない」


 と、ゴシラカワは、さらなる憎悪の感情をもって、そう吐き捨てる。

 それに、もはやシンゼイは何も言う事ができない。


 そして、ゴシラカワはギラリとその目を光らせると、


「母上……私は必ずあなたを殺してみせる。そのためなら、私は源氏も平氏も――どこまでも追い詰めてみせる!」


 と、異形の怪物を『母』と呼び、その誅滅のために手段を選ばない事を力強く宣言した。


Act-06 タイムリミット END


NEXT Act-07 本陣潜入


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