Act-02 カルマ
ヘイアン宮――女帝ゴシラカワの御座所にも、木曽ヨシナカ敗北の報が届いていた。
「やはり負けたか」
それに玉座のゴシラカワが、淡々とした感想を述べる。だがその表情はヨリトモとは違い、口元に薄笑いを浮かべていた。
「で、これからどうするつもりだ?」
女帝の不遜な態度に、摂政シンゼイが不快極まりないと言いたげな口調で、そう吐き捨てる。
御座所にはゴシラカワとシンゼイしかいない。だからゴシラカワも遠慮なく、
「いや、何もせんさ」
と、シンゼイを小馬鹿にする様な口調で言い返しす。だがそれはそれで、売り言葉に買い言葉ではなく、明確な本心であり『策』であった。
それが分かっているシンゼイも、
「ヨリトモに始末させる気か……?」
と、苦い顔をしながらも、その真意を問い質すと、
「ヨリトモは、うまくやっているな」
「何がだ⁉︎」
はぐらかす様なゴシラカワの言葉に、ついにシンゼイの堪忍袋の緒が切れる。
その反応が嬉しいのか、ゴシラカワはニヤリと笑うと、
「上総ヒロツネの誅殺の件さ。今回の上洛のある意味、最大の功労者を闇討ち同然に殺しておきながら、軍に動揺が見られない。むしろその軍を解体して、諸将に再編成した事で、ヨリトモの権威は高まっている」
「同時に従わない者はこうなるという、見せしめにもなった……確かに、あのヨリトモという女、ただ者ではないかもな」
シンゼイも、女帝の考察に同意を示す。
女帝と摂政――この微妙な対立軸を描く二人は、共に策士という面では、この様に協調する余地があった。
「平氏は一族を優遇し過ぎた。キヨモリであれば、それに対する不満を抑え込む事もできたが、ムネモリではな……。結局、それが平氏凋落に繋がった過去に、ヨリトモは学んでいる」
「黙っていても、ヨリトモはヨシナカを討つ……という事か?」
ゴシラカワの謎かけの様な言葉に、シンゼイが打てば響く様に応じるが、
「大した凡人だな……」
と、女帝はまたも、はぐらかす様にそう言うだけだった。
そんな噛み合わないやり取りにも慣れている摂政は、
「あと数日でヨシナカは戻ってくる。ヨリトモが動く前に、奴が暴発したらどうする?」
と、話題を転換して、ヨシナカが帰還後、朝廷に危害を加えないかを懸念する。
「フフフッ」
それにゴシラカワが、また妖しく笑うと、
「補給線のないヨシナカに、早く平氏追撃に赴けと、尻に火を付けたのはお前だぞ!」
シンゼイは、キョウトという『空の器』を与えられ、退くも進むもままならないヨシナカに、勅命で平氏討伐を命じたゴシラカワのやり方を批判する。
「どの道、奴はこのままではいられなかった。私は、道を指し示しただけさ」
「もう少し穏便な方法も、あったはずだ! おかげでヨシナカは進軍にあたって、キョウト周辺の民から根こそぎ徴発をした。いや略奪だ! これでは平氏と何も変わらんではないか!」
「では、穏便な方法とは何だ?」
「平氏と和議を結ぶ。奴らの勢力を均衡させれば、三すくみになって、我らのつけ入る隙も生まれるはずだ」
「ハハハッ!」
「何がおかしい⁉︎」
自身の献策を笑い飛ばされ、気色ばむシンゼイに、
「平氏はダメだ――ムネモリではな」
と、ゴシラカワは意味深な言い回しで、そのまま言葉を重ね続ける。
「トモモリなら、なんとかなったかもしれん。だがトモモリはあくまで、ムネモリを兄として――棟梁として立て続けている。それでは同じ事の繰り返しだ。律儀な事だ……キヨモリの実の子でもない男を、切り捨てる事ができんとは」
「なんだと⁉︎」
衝撃の事実に、シンゼイは愕然とする。
平氏の現棟梁であるムネモリが、大英雄であった先代、キヨモリの実の子ではない――。
「一族を切り捨ててでも次に進めぬ平氏は、一つの結論を見せた――」
まだ言葉の出ないシンゼイに構わず、ゴシラカワはそう言うと、
「今度は源氏の番だ。あ奴らが一族を切り捨ててでしか、次に進めぬのかどうか……」
一族を切り捨てる事ができない平氏。一族を切り捨てる事でしか生きられない源氏。
その言葉は、まるで破戒僧モンガクの嘆きをなぞっているかの様であった。
「ヨリトモ、ヨシナカ……そしてウシワカの出す答えを、私は見なくてはならん」
そう呟くゴシラカワが、いったい何を企んでいるのか――今さらながらシンゼイは、この同床異夢の女帝に、そら恐ろしさを感じた。
Act-02 カルマ END
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