表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神造のヨシツネ  作者: ワナリ
第6話:源氏という家族(前編)
32/101

Act-05 無垢なる狂犬【イラスト有り】

 

「この刀はね、帝からもらったんだ」


 ヒザマルを手元に戻しながら満面の笑みで、そう口にするウシワカに、


(――帝?)


 ヨリトモは違和感を覚え、思わずその顔を曇らせる。

 そして続けて発せられた、


「この刀で、(たいらの)シゲヒラを刺したんだよ。死ぬまではいかなかったけど、結構この刀、斬れるんだ」


 という、およそ可憐な容姿の少女に似つかわしくない言葉には、


(いったい、この子は何を言っているんだ……⁉︎)


 と、ヨリトモは内心、戦慄さえ覚えてしまう。


 いくら宿敵平氏が相手とはいえ、人を刺すという凶行に、ウシワカはいささかも憐憫を抱いている様子がない。


 それが、姉に対して見栄を張るために、無理に背伸びをしている訳でもない事が分かると――この少女には、何か人間としての大事な部分が欠落しているのではないかと、ヨリトモは困惑する。


 だが、ウシワカにしてみれば、それは普通の事であり、ただ為すべき事を為したという自負があるだけである。


 授かった天才的戦術能力と、備わらなかった戦略的思想。――それがあまりに純粋に、一個の少女として形になったのがウシワカなのだが、まだ出会ったばかりのヨリトモに、そこまでの理解が及ぶはずもない。


(これは……『無垢なる狂犬』だ)


 ヨリトモが妹に抱いたそんな危機感を、ヒロモトをはじめとする源氏諸将も共有し始めた時、


「おお、感動の姉妹対面! ――ってとこかな」


 と、場の雰囲気を突き崩す様な、底抜けに明るい声が飛び込んでくる。


 一同がそちらに注目すると、そこにはいつの間にか木曽ヨシナカが立っており、その側には妻のトモエと、おまけにサブローとカイソンも連れ立っている。


「久しぶりだな、ヨリトモ。ちょいと邪魔させてもらってるぜ」


 ヨシナカは友軍とはいえ、一軍の本陣に無理やり押し入ってきた事に悪びれる様子もなく、そう言いながらズケズケと、ヨリトモに近付いていく。


挿絵(By みてみん)


「アンタ、調子こいてんじゃないわよ!」


 すかさず前に出て、その進路を塞ごうとするマサコに、


「久しぶりだなマサコ。ツクモ神は老けねえってえのは、本当なんだな」


 と、ヨシナカはその伊達男っぷりそのままに、軽口を叩く。


「美容には気をつかってるつもりだからね。アンタの方こそ、ションベン垂らしてたガキが、ずいぶんと偉くなったものね!」


「まあ、そういきり立つなよ。――お前さんの相手はあっちだろ?」


 マサコの舌鋒をかわしながら、ヨシナカは作為的な身ぶりで自身の後方に視線を移す。

 皆の視線がそちらに移ると、そこには――いつもの勝気さが影をひそめ、何かいたたまれない思いに目を落とす、ともかくも、『らしくない』姿のベンケイがいた。


「ベンケイ!」


 宙に浮く、ツクモ神を見つけたウシワカが、声を弾ませ駆け寄っていく。


「ウシワカ……どうして……」


 シャナオウの修復のため、ウシワカから目を離した事は仕方なかったが――偶然も重なったとはいえ、まさか彼女が木曽ヨシナカばかりか、姉ヨリトモとまで、こうも段取り良く接触できてしまった事に、ベンケイはやるせなさを口にする。


 だがウシワカは、キョトンとするだけであり、


 ――すべてのタイミングが悪すぎる。


 と、心中歯噛みするベンケイの思いなど、分かろうはずもなかった。


 そこに、


「ベンケイ! やっぱりアンタが絡んでたのね!」


 と、マサコからの怒号が浴びせられる。


 一同は、なぜマサコがそこまで激昂するのか理解できなかったが、暗に事態をここまで誘導してきたヨシナカだけは、この展開に密かにほくそ笑む。


「…………」


「そのウシワカって子、トキワの子なのね……」


「…………」


「くっ、なんとか言いなさいよ! ヨシナカ、アンタもいったいなに企んでんのよ⁉︎」


 黙り込むベンケイに業を煮やしたマサコは、標的をヨシナカに切りかえ糾弾を継続する。


「俺はただ、お前さんたちがチンタラしてるから、お先にキョウトまで来て、平氏を追っ払ってやっただけだぜ。こいつも源氏として、それに協力してくれただけさ」


 そう言って、ウシワカの肩を叩きながら不敵に微笑むヨシナカに、


「もうあなたたちは限界のはず。バキも機甲武者として運用するには早過ぎたはずです」


 と、大江(おおえの)ヒロモトが新たに論戦に加わり、ヨシナカ軍が抱えているであろう問題を指摘していく。


「そいつはどうかな? (いくさ)ってのは、やりようだぜ。――なんせこいつだって、『ヤサカニの勾玉』の機甲武者を手に入れたんだしな」


「ヤサカニの勾玉――朝廷の神器?」


 ヨシナカの返しに、ヒロモトの眼鏡が揺れる。その奥で光る目は、一瞬では計算し切れない違和感に激しく歪んでいた。


「私は、シャナオウ……、ベンケイからもらった機甲武者に乗ってるんだ」


 ヨリトモに向かい、ウシワカは笑顔でそう言った。

 姉に褒めてもらいたい妹の純粋な気持ち。だがウシワカは、ヨリトモの顔がもう先程の姉妹対面の時とは別人のものに――為政者の顔になっている事に気付く事はできなかった。


 ヨリトモは表情を殺している――それは彼女が、生きていく上で欠かす事ができない処世術であった。


 己の力量以上の事態に対処するには、抗うにも従うにも、まずは自身の手の内を明かさない。

 今も新たな情報に対して理解が及ばないのなら、沈黙を続け、各人の動きを冷静に見据える事が最善と判断したのだ。


 無邪気に微笑んでいる妹。今はもう、彼女の事を純粋に慈しめなくなっている自分を、ヨリトモは心の奥で悲しく思った。


Act-05 無垢なる狂犬 END


NEXT Act-06 モンガク絶唱


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ