Act-03 謎の女
「ウシワカ、いいかげんにして!」
まるで何かに取り憑かれた様なウシワカに、もはやカイソンは叫ぶしかなかったが、
「平氏の警備兵が出てきた。ここいらが潮時だよ!」
そう言うと、サブローは普段の能天気さからは想像もつかない冷静な物腰で、スルリとコクピットに体を入れると、そのままウシワカを外に引きずり出してしまう。
それは盗賊を生業としている者の、本領ともいえる動きであった。
「いたぞー、賊だー!」
「逃がすな、捕らえろ!」
三人の姿を認めた平氏の兵たちが、口々に叫びを上げながら迫ってくる。さすがにここまでくると、ウシワカも状況のまずさを理解して、
「逃げよう!」
と、二人の手を引いて、行動を脱出へと切りかえる。
そして、もと来た道を逃げる、逃げる、逃げる――その動きは侵入の時もそうだったが、三人とも十五歳の少女とは思えない身のこなしで、あきらかに場慣れしていた。
すなわちこの程度の修羅場は、彼女たちはもう何度も経験済みなのである。
「ちいいーっ、ちょこまかと!」
巧みな逃走を繰り広げるウシワカたちに、平氏の兵は苛立った。いつの間にか追走に、さっきまで強奪しようとしていた機甲武者ガシアルまでが加わっている。
「構わん、撃てーっ!」
隊長らしき男の叫びと共に、ガシアルが携行している二十ミリ機関砲が火を噴いた。
轟音の次の瞬間、ウシワカたちの足元の大地がはじけ飛ぶ。
「自分たちのベースの中で機関砲を使う⁉︎ 正気なの⁉︎」
当たれば間違いなく死ぬ。その恐怖にカイソンは顔面蒼白になって絶叫するが、
「人間みたいな小さな目標を狙えるものか!」
「そうそう。当たらなければ、どって事ないよ。ほら、走る、走る」
ウシワカとサブローは、希望的観測をもとに、表情も変えずに走り続ける。
このまま走り切れば脱出できる――それは可能性ゼロではないが、やはり子供の甘い考えであり、現実はあくまでも冷酷であった。
「よし、ロックした! 盗っ人め……消し飛べ!」
追走するガシアルのコクピットで、ヘルメットのバイザーに映る照準器にウシワカを捉えたパイロットが、指先に念を込める。
すると次の瞬間、機関砲から発射された二十ミリ弾は、ウシワカの背中に向けて正確に軌道を描き、空を切っていった。
そしてそれが命中して、惑星ヒノモトに生まれた一人の少女が、儚くも十五年の生涯を閉じる――はずであった。
だが、運命の少女には加護があった。
バシバシッ、と電気がスパークする様な破裂音に、思わずウシワカが振り向くと、そこには女がいた。
長く美しい黒髪。整った顔立ちに強気な瞳。年齢にして二十歳前後らしきその女は、ちょうどウシワカの顔の高さで、魔法陣を盾の様に展開して――なんと宙に浮いているではないか。
「――――⁉︎」
突然の事にウシワカが唖然としていると、再び目の前に激しい破裂音が響き渡る――それはガシアルの放った機関砲弾を、女の魔法陣が弾き返す音であった。
「なっ……あんた誰⁉︎」
「自己紹介は後、後! とりあえず逃げる、逃げる!」
射撃がやむと、ウシワカの質問には答えず、謎の女は逃走の再開を促してくる。
そして、言われるまま再び走り出すウシワカの横を、女は宙に浮いたまま並走しながら、
「まったく無茶をするのね、あなたは――。いきなり機甲武者を動かそうだなんて」
と語りかける。
どうやら女は、ウシワカの行動を一部始終見ていた様であった。
「あれって平氏の魔導武者用に、すべてプログラムを組んでいるのよ」
そう言って女は、後ろを追いかけてくるガシアルを指差すと同時に、空中で半身をひねると、再び撃ち込まれる二十ミリ弾を、片手で展開した魔法陣でまた弾き返した。
「もう、いったいあんた、なんなんだよ⁉︎」
危機を救ってくれたとはいえ、突然現れて自分につきまとう謎の存在に、ウシワカはもう訳が分からなくなってしまう。
「私はトキワの……あなたのお母さんの友達よ」
「――――⁉︎」
謎の女の言葉に、ウシワカは足が止まりそうになる。それをサブローとカイソンが慌てて腕を取り、逃走を継続させた。
「母さん……あんたは母さんの事を知ってるの?」
走りながら女を見つめるウシワカの目は、少し血走っていた。
「じっちゃんは、父さんと母さんの事は何も教えてくれないんだ……。ただ二人とも平氏に殺されたって。ただそれだけで……」
何も答えない女に構わず、ウシワカは自分の長らく抱えていた疑問を一方的に喋り続ける。
その憂いの表情に、さすがに謎の女も何かを答えようとしたが、ハッと振り向くと、
「ああ、もうしつこいなー!」
と、新たな機関砲射撃を受け止めながら、苛立った声を上げた。
「このままじゃ、ラチがあかないわね――。大地に眠る天使の霊脈よ、お願い!」
後方の地面を指差しながら、女が叫ぶ。すると、追走してくる平氏軍の前方に複数の魔法陣が展開し――そこから光の壁がバリケードの様に、兵とガシアルを通せんぼの状態にしてしまった。
それはまさしく魔導の術であった。
「これで少しは時間が稼げるわ。さあ、一気に逃げるわよ!」
そう言って女はウシワカから離れると、三人の先頭に移動して飛行スピードを上げる。
まだ話したい事が山ほどあるウシワカは、その背中に声をかけたかったが、緊迫した状況はそれを許さなかった。
そのまま武器庫から、もと来たゲートを抜け、近くに隠していたサブローのオフロード車に飛び乗ると、「ついて来なさい!」と言う、女の先導のまま一行は北へと進む。
その間もウシワカの頭の中は、前方を飛んでいる謎の女が口にした、母の事でいっぱいであったが、どうにも話が聞ける機会が得られないまま――逃走劇は突然の終わりを迎える。
「ここまで来れば、もう大丈夫」
そう言われてウシワカたちが、走り続けるオープン仕様の車体から背を伸ばすと――視界の先に、闇の中でも分かるほどの、荘厳な建築物が見えてきた。
「あ、あれってヘイアン宮じゃ⁉︎」
博識のカイソンが、すぐにその正体を見抜き、驚きの声を上げる。
「そう、ヘイアン宮――皇帝の御所よ」
謎の女が口にした『皇帝』という言葉に、思わず三人は息を呑んだ。
今は亡き平氏の棟梁、平キヨモリの躍進により、力を失った朝廷だったが、その中心いる皇帝という存在は、それでも惑星ヒノモトの頂点であり、その権威には揺るぎないものがあったからである。
「さすがに平氏も、御所の近くじゃドンパチはやらない、って事っすね」
ハンドルを握りながらサブローが、盗賊らしい言い回しでニヤリとすると、
「そういう事。私はここで別れるけど、このまま北に進み続ければ、クラマに出られるわ」
謎の女はウシワカたちが、キョウト北方のクラマから来た事まで言い当てると、別方向に進もうとするが、
「ちょっと待って!」
ウシワカは走る車から落ちそうになるほど身を乗り出しながら、それを必死に引き止める。
だが、宙に浮く女を呆然と見つめたまま、言葉が出てこない。万感の思いと、ここまでの急展開に頭の整理がつかないのである。
そんなウシワカに、謎の女は優しく微笑むと、
「私はベンケイ――ツクモ神よ。ウシワカ、また会いましょう」
そう言い残し、三人に背を向けると、ヘイアン宮の方角へと飛び去ってしまう。
その背中が見えなくなる頃、反対の方角からまばゆい閃光が差し込んでくる――それは首都キョウトに訪れた、朝の光であった。
そしてウシワカは、ベンケイというツクモ神が自分の名前まで知っていた事にようやく気付き、あらためて彼女が何者だったのかと、朝日を見つめながら呆然とした。
こうして、まるで夢物語の様な一夜が明けた。
だがそれは夢などではなく――ウシワカにとって惑星ヒノモトの未来を担う、長い戦いのほんの序章に過ぎなかったのである。
Act-03 謎の女 END
NEXT 第2話:源氏の少女