Act-02 源氏集結
都落ちをする平氏に痛撃を与えた木曽軍の棟梁、ヨシナカ。
間近で見るその顔は、無骨ながら整っており、無精髭も伊達な性格と相まって、男っぷりを上げており、とにかくウシワカはヨシナカという男に好感を抱いた。
そんな中、もう一機のバキも帰陣し、そこから降りてきたパイロットの姿を認めると、
「おおトモエ、戻ったか。どうだ、そっちのバキの調子は?」
とヨシナカが声をかける。
「もう慣らしはいいようです。ずいぶんと、前より動きが良くなっています」
トモエと呼ばれた女も、ジェット型のヘルメットを小脇に抱え、そう答えながら近付いてくる。その姿にウシワカは目を輝かせた。
なぜなら昨日、平氏軍を駆逐した、頭部を山吹色に染めたバキのパイロットこそ、このトモエであり――ウシワカは自分以外に初めて見た女性の魔導武者の存在に、同性としての親近感と憧れを抱いていたのだ。
年の頃は、ヨシナカと同じく二十歳を少し過ぎたくらい。その美しい容姿とスラリと伸びた長身は、まさに大人の女であった。
「トモエ、こいつはな、俺と同じ源氏のウシワカだ。俺の親父ヨシカタの兄貴、ヨシトモの娘だから――まあ、俺の従妹だな」
まずヨシナカは、自分が肩を抱いているウシワカの事をトモエに説明すると、
「んで、こいつはトモエ――俺の妻だ。どうだ、ベッピンだろ」
と、今度はトモエをウシワカに紹介しながら、彼女の体も抱き寄せて、両手に花の状況をつくりあげてしまう。
その豪快な行動に、サブローとカイソンは呆気に取られるが、周囲を囲む木曽軍の兵たちからは笑いが漏れている。
この様に、木曽ヨシナカという男は豪放磊落であり、かつ仲間から愛されている存在であったのだ。
「ヨシトモ様の娘御という事は……ヨリトモ殿の妹?」
ヨシナカの腕の中で、トモエもその点に触れるが、
「源ヨリトモは、私のお姉ちゃんです!」
と、ウシワカはまっすぐな瞳でトモエを見つめてくる。
その無垢で表裏のない愛くるしさに――トモエもヨシナカ同様に一瞬抱いた警戒心を胸にしまうと――「そう」と呟くと同時に、優しい微笑みを返してやった。
そんな一見、和やかな雰囲気に安心したのか、
「この機甲武者、バキっていうんですね。すごいなー。四本足の機甲武者なんて初めて見ましたー!」
と、カイソンが、ヨシナカとトモエの――雌雄一対のごとくたたずむ――バキのそばまで近付くと、その目的であった新型機甲武者の観察を、いつもの様に暴走気味に再開し始める。
そんな不審者丸出しのカイソンに、ヨシナカは近付くと、
「ハハハッ。どうだ、すげーだろこのバキは。人馬型は、東方ではガシアルと同じ時期に発掘されてはいたんだが、太古の天使の鎧の中でも、異形のこいつは機甲武者として運用するのに、ずいぶん時間がかかっちまってな……。だが、ようやく魔導武者と適合できる様になったんだ。その初号機と二号機が、こいつらさ」
と、このプロトタイプ機の開発ルーツを、笑顔で解説してやる。
「頭の両側に付いてるのって……?」
「十二.七ミリ機銃さ。バキはあの馬の様な足を活かした、ランサーでの機動戦が主になる。だから基本的に、手持ちの機関砲は携行しない。まあ、あの機銃はもしもの時のバックアップだな」
カイソンの興味にヨシナカも付き合い、その兵装および運用方法まで説明してやる。
確かに昨日も、ヨシナカとトモエのバキは、騎馬のごとく戦場を縦横無尽に駆け回り、ランサーで平氏のガシアルを突き崩しまくっていた。
そして、ため息と共にバキに魅せられてしまったカイソンが言葉を失うと、ヨシナカはウシワカを振り返り、
「お前さんの友達は、ずいぶんと機甲武者が好きなんだな」
と、朗らかな顔でそう言った。
それに対して、ヨシナカたちにすっかり好感を持ってしまったウシワカは、またも迂闊に、
「私も乗ってるよ、機甲武者」
と、言わずもがなの事を、つい口走ってしまう。
「お前が? そうなのか?」
「うん。昨日、戦場に薄緑の機甲武者がいなかった? あれ、私のシャナオウだよ」
「ああ、あの緑の機体か……。あれも見ない型だが、遺跡から発掘された新型なのか?」
「シャナオウは、ベンケイっていうツクモ神からもらったんだ。確か……『ヤサカニの勾玉』とか言ってたかな……」
ヨシナカの問いに、ポンポンと秘事を明かしてしまうウシワカ。それが惑星ヒノモトの起源に関わる重大事項だと分かると、
「ヤサカニの勾玉……⁉︎ 三種の神器⁉︎」
と、そこに噛み付いてきたのはトモエだった。
「おいおい、マジかよ……」
続けてヨシナカも、あまりの衝撃に呆然としていると、
「ウシワカー! どこにいるのー⁉︎」
と、遠くから、御所を抜け出したウシワカを探す声が聞こえてくる。
宙に浮く声の主は、もちろんツクモ神ベンケイであり、彼女は視線の先に、捜索対象を発見すると、
「もうウシワカ! じっとしている様にって言ったじゃないの!」
と、そこに急行するなり、ウシワカを羽交い締めにして、こめかみを拳でグリグリするという、おしおきを執行した。
アイタタ、アイタタ、というウシワカの悲鳴が上がる中、
「こりゃ驚いたぜ……ほんとにツクモ神だ」
という声に反応したベンケイは、その男をキッと睨みつける。
「ツクモ神ってえのは、マサコといい、みんなこんなに気が強いもんなのかい……ベンケイさんよ?」
「木曽ヨシナカ⁉︎」
相手が首都進攻軍の一方の大将であると気付いたベンケイは、しまったという顔になる。
ベンケイにしてみれば、ウシワカが御所を抜け出した目的は、大方、ヨシナカ軍の陣容でも確認しに行ったのだろうと思っていただけに、まさか大将本人にまで接触を図っていたとは予想外であった。
今さらながら、ウシワカの行動力に舌を巻くベンケイだったが、動揺を隠すとすぐに、
「あなた、マサコを知ってるの?」
と、このなんともいえない底知れなさを漂わせる快男児に探りを入れる。
「ハハッ、『クサナギの剣』の――源氏のツクモ神だからな」
そう嘯くヨシナカが、何をどこまでウシワカに話したのだろうと、ベンケイの焦燥は募っていく。
「源氏の……ツクモ神?」
だが、それにキョトンとするウシワカの反応に、まだ彼女が核心を知っていないとベンケイは判断し、ひとまず胸をなでおろしたその瞬間――
南の方角から、轟音と共におびただしい数の『白一色』の軍団が近付いてきた。
その姿を認めたヨシナカは、
「ヨリトモの奴、今頃到着か」
と、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。それと対照的にベンケイの顔色は、ますます曇っていき――
「白……、源氏……、お姉ちゃん!」
歓喜の声を上げたウシワカたちの前に――ついに源ヨリトモ率いる源氏本軍が到着した。
Act-02 源氏集結 END
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