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神造のヨシツネ  作者: ワナリ
第5話:白の軍団
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Act-05 紅(くれない)

 

 時刻はちょうど正午頃。今、作戦を成功させれば――夕刻には到着すると予想される――木曽ヨシナカ軍よりも早く、キョウトを脱出できる。


 別行動のシゲヒラは、衛兵の目を巧みに盗みながら、御所内のあちこちに仕掛けた爆薬を、御座所でトモモリが、ゴシラカワを脅迫する頃合いを見計らって起爆させた。


 そのタイミングもさる事ながら、かつては平氏一族の若君として、この御所を自分の庭の様にして遊んでいたシゲヒラは、四方の結界師の僧堂など、枢要拠点を的確に狙ったため、混乱と共にヘイアン宮の防衛能力が、著しく低下した。


 だが、シゲヒラは人命を奪う事はよしとせず、例えば僧堂でもその近辺を爆発させ、祈祷を中断させるのみで、結界師自体を殺める事はしなかった。


 それはシゲヒラのみの考えではなく、元々平氏という一族はこの様に、どこか情義に厚いところがあり、これは後に、同じここヘイアン宮で大殺戮を繰り広げる『源氏の』木曽ヨシナカとは対象的であった。


 ともあれ、突然の事態に逃げまどう人々の間を、シゲヒラは東宮に――アントクのもとに向けてひた走った。


 トモモリ、シゲヒラ兄弟は、朝廷側が自分たち平氏が、帝に弓は引かないが、皇女であるアントク強奪には機甲武者を含めた、大規模武力を行使をする――と予想した裏をかき、生身の人間のみによる小規模作戦を立て、それは今のところ順調に推移していた。


 そして、その鍵を握るシゲヒラの目にふと、前方を走る、黒髪を高く結い上げた少女の姿が目に入る。


 もしや――と、胸が高鳴る。


 それはシゲヒラの予感通り、一昨日ゴジョウ大橋で遭遇した、薄緑の機甲武者を操った美しい少女――ウシワカであった。


 御所にあの機甲武者――シャナオウ――が入ったらしい事は、トキタダと接触した自軍の使者から報告を受けていたが、まさか今、この状況で再び彼女と合間見えようとは、思いもかけぬ事であった。


 シゲヒラは今、自分が目指している相手がアントクではなく、ウシワカにすり替わってしまった様な錯覚を覚える。


 そして、ウシワカの見事な魔導武者ぶり、さらには可憐な容姿に、敵意を超えた感情を抱いてしまったシゲヒラは、自身が仕掛けた爆薬で崩れ落ちる施設の鉄骨が、前を走る彼女に向け落下していくのを目撃すると――我を忘れて、そこに飛び込んでいた。


 ドーンという衝撃音の後、間一髪で救ったウシワカを胸に抱いたまま、地面に横たわるシゲヒラ。

 その肌の感触、かぐわしい芳香に、この少女から受けた傷の痛みも忘れて、シゲヒラはしばし酔いしれてしまう。


 だが、そんな自分に気付くと、シゲヒラは慌ててウシワカを抱き起こし、


「怪我はないか?」


 と、心から心配そうに声をかける。


「うん……ありがとう」


 そう答えたウシワカの切れ長の目に、シゲヒラはまた心奪われそうになるが、


 ――雌雄を決するのは、正々堂々と戦場でだ。


 と、それを、本来であればここで不意打ちにしてでも殺すべきだった、『敵』を見逃す言い訳とした。


 だがウシワカの方は、今、相対している美丈夫の青年が、一昨日に交戦した平氏軍の指揮官であるなど気付く由もなく、


「血が出ている……これを使うといい。では私はこれで。気をつけるのだぞ」


 と、頬にできたすり傷を止血するため、絹のハンカチを手渡し去るシゲヒラに――運命的な出会いにもかかわらず――危機を救ってくれたという以外は、なんの感情も抱かなかった。


 それよりも魔導結界が消えたせいで、ついに平氏の機甲武者ガシアルHが御所内に侵入してきた。急いでベンケイと合流しなければ手遅れになる――と考えていると、


「ウシワカーっ、いやー速い速い。やっと追いついたよー、ワハハ」


「もう……急いでるからって……置いてかないでよー」


 明るく笑うサブローと、ゼーゼー肩で息をするカイソンが、合流してくる。


「どったの、それ?」


 そして、サブローが目ざとく、シゲヒラのハンカチを見つけると、


「いや、なんでもない。急ごう」


 と、ウシワカはハンカチを――頬の血を拭う事もなく――地に放り捨てると、再び東宮を目指し走り出した。




 その頃、東宮は御所内の爆発と機甲武者の乱入に、混乱の極みにあった。


 よもやヘイアン宮の魔導結界が破られる事はあるまいと、タカをくくっていた近衛兵だけに、本当に門内に入ってきた真紅のガシアルHに、早くも逃げ出す者まで現れる始末であった。


 ――これなら、アントクを抱いて一気に脱出できる!


 好転する戦況に、トキタダが脱出の頃合いをはかり始めたその矢先、彼女の前にそれを阻む存在が現れる。


「やはり、こうきたわねトキタダ。――逃がさないわよ!」


 それは、自身と同じく宙に浮く女――ツクモ神ベンケイであった。


 ここまでは予想通り。ならばと、『ヤタの鏡』――『魔導力の神器』より生まれた『平氏のツクモ神』トキタダは、


「フン、朝廷の犬が。また昨日みたいに吹き飛ばしてやろうかね。――食らいな!」


 そう叫び、両手の先に魔法陣を展開すると、すかさず先制攻撃の光弾を放つ。


「足止めなら、私の十八番(おはこ)よ! 忘れたのかしら⁉︎」


 それに応じる、『ヤサカニの勾玉』――『鎧の神器』から生まれた『朝廷のツクモ神』ベンケイも、こちらは地面に魔法陣を描くと、そこからバリケード状の光の壁を引きずり出し、防御と脱出路の封鎖を同時にやってみせる。


「ちいいいーっ!」


 施設内のため、思う様に大規模魔導を展開できないトキタダが、苛立ちの声を上げる。

 そのまま魔導による攻撃と防御の応酬が続くが、ふとベンケイは戦闘位置が次第に確保対象である、アントクから離れていっている事に気付く。


 だが、それはトキタダも同じはず――そう思った瞬間、


「シゲヒラ!」


 というアントクの歓声にその方向を見ると、そこには東宮の混乱に乗じて、見事単独侵入に成功した(たいらの)シゲヒラの姿があった。


「しまった!」


「さあ、今度はお前が足止めされる番だよ。シゲヒラ、急ぎな!」


 裏をかかれた展開に動揺するベンケイに、さらなる攻撃を加えながらトキタダが脱出を促す。


「シゲヒラ、よう来てくれた」


 お気に入りの公達(きんだち)であるシゲヒラの迎えに、アントクは年相応の子供の笑顔を見せる。


「さあアントク様、参りましょう」


 そして、手を差し出すシゲヒラに、アントクはコクンと頷くと、少し頬を赤らめ目を伏せた。


 そのアントクの頬に――恥じらいのそれとは別の(べに)がさされた。


「――――?」


 それは妙に生暖かく液体の様であり、シゲヒラを見上げると、その顔が苦悶に歪んでいる。

 そして紅の正体が、歯を食いしばる彼の口から、流れ出る鮮血であると気付くと、


「シゲヒラーーっ!」


 アントクは絶叫した。

 同時にその背後にいる少女――短刀を手にシゲヒラの背を刺している、冷たい目をした存在に気付く。


 アントクはその少女を知っていた。それは昨日、自分を殴打し、あまつさえ機甲武者で殺そうとしてきた女――ウシワカであった。


Act-05 紅 (くれない) END


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