表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神造のヨシツネ  作者: ワナリ
第5話:白の軍団
23/101

Act-03 幼き決意

 

 数時間後、ヘイアン宮は真紅の――すなわち平氏の機甲武者に完全包囲されていた。


「おのれ、平氏め。やはりヨシナカが到着する、日暮れ前に決着をつけるつもりか……」


「そのようだな。――だが、やはり平氏だな。御所を取り囲むだけで、(いくさ)はせずに話し合いで決着をつけようとはな」


 御座所では、摂政シンゼイと皇帝ゴシラカワが、その対応について、余人を交えずに語り合っている。


「貴様、どうするつもりだ?」


 廷臣を交えず、二人だけになった時のシンゼイの口調は相変わらず厳しい。


「言った通りだ。向こうが礼を尽くしてくるのなら、こちらも別れの一言もくれてやろう」


「御所に入れれば、ムネモリはともかく、トモモリとシゲヒラは、何を仕掛けてくるか分からんぞ!」


「だが入れねば奴らは、この御座所を破壊してでも、私を連れ去ろうとするであろう。――私はここを動く訳にはいかん。お前が考えているほど『これ』の封印は甘くない」


 そう言ったゴシラカワが玉座の真上を見つめる。

 御簾の内にある『これ』を、目で追ったシンゼイも、思わず苦い顔になる。


「トモモリはできた男だ。私は奴にかけてみようと思う」


 完全に勝算有り、といった不敵な笑みを浮かべるゴシラカワ。

 それにシンゼイは何も言えないまま、遠い過去に思いを馳せながら、


「なぜだ……なぜ、こうなった……」


 と、怒りに打ち震えながら、ただ嘆く事しかできなかった。


 ベンケイがウシワカに語った様に、シンゼイはシンゼイなりに、ここまで様々な政治戦を演じながら、朝廷を守り抜いてきた。

 だが時代はいつも非情であり、それを――シンゼイよりも若年ながら――知り抜いている女帝ゴシラカワは、


「かつてシラカワ帝は申されたそうな――(さい)の目は思うようにはならぬ、とな」


 と、悟った様に呟いてみせるだけであった。



 その頃、東宮御所――つまり皇太子格であるアントクの居所では、そのアントクが建物全体を取り囲み、防衛態勢をとる近衛兵たちの姿に不安を覚えていた。


「トキタダ……源氏が攻めてくるの?」


「ええ、もうすぐ木曽ヨシナカの軍が、それと(みなもとの)ヨリトモの本隊もキョウトに押し寄せてくるわ」


「だから近衛が、こんなにたくさんいるの?」


「…………」


 アントクの傍らで宙に浮いているツクモ神トキタダは、その問いに言葉を詰まらせた。

 確かに近衛兵はアントクを守るために東宮に詰めている。だが、その相手は源氏ではなく――アントクの血族である平氏なのであった。


 そして、トキタダは考えた。


 十一歳の少女とはいえ、この英邁な皇女は薄々事態に気付いている。

 なのに、あんな風に聞いてきたのは、それでもいたたまれない気持ちに整理をつけるためだ、と。


 ――この皇女は、現実と戦う力を持っている。


 そう判断すると、「ねえアントク、聞いて――」と前置きして、「もうすぐ平氏はキョウトから落ちていくわ。あなたのお爺さんのキヨモリが築いた栄光を、すべて捨ててね……」


 そう聞かされても動揺しないアントクに安心して、トキタダは話を続ける。


「アントク。あなたは皇女――しかも次の皇位継承者なの。そのあなたを源氏は確保したい。それは朝廷も同じ。でもアタシは、あなたは平氏と共に歩んでいくべきだと思うの……。でも強制はできないわ。この後、平氏があなたをフクハラに連れていくために、ここに攻めてくるけど、あなたがここに残りたいなら……アタシがそれを止めてあげる」


 ――やはり近衛は源氏ではなく、都落ちをする平氏に自分を奪わせまいとしていたのか。


 アントクは事の次第をすべて得心した。

 その上で、自分が望む様にしてくれると、優しい言葉をかけてくれたトキタダを見つめ返すと、


「私は先帝タカクラの娘。でも私のお爺様は――(たいらの)キヨモリです」


 そうはっきりと――平氏と運命を共にすると言い切った。


 まだ幼いアントクの心に、先年亡くなった、厳しくも優しかった王者キヨモリの思い出があふれ出す。


 キヨモリ、ムネモリ、トモモリ、シゲヒラ、そして平氏のツクモ神トキタダ。皆で過ごした、このヘイアン宮での楽しかった日々は過ぎ去った。

 だがこの後、己を政争の具にせんとする源氏の手に落ちるよりは、都を落ちても平氏と歩む方が、きっと幸せである。


 平氏にはそう思わせる家族的な連帯感があり――対する源氏は同族が相食む、相克の家系なのだが、この話は後に譲る。


(キヨモリさえいれば、源氏なんかに……)


 トキタダも己が仕えた、この惑星ヒノモトを席巻した王者の死を惜しみ、思わず嘆息する。

 だが嘆いていても何もならないと、その美しい顔をキッと引きしめると、


「もうすぐシゲヒラが、ここに潜入してくるわ。おそらくベンケイが邪魔に入ってくるだろうから、アタシがベンケイを止めている間に、あなたはシゲヒラと一緒にここを脱出して。アタシも後から追い付くわ」


「シゲヒラが来るの!」


 トキタダの言葉に、アントクが顔を輝かせる。慣れ親しんだ平氏一門の中でも、年若く物腰の柔らかいシゲヒラを、アントクはひときわ気に入っていた。


 それを見て安堵したトキタダが、


「じゃあ近衛に気付かれない様に、準備して」


 と、作戦行動の開始を告げると、シゲヒラが迎えに来る事に、さらに気をよくしたアントクは、笑顔でそれに頷いた。


Act-03 幼き決意 END


NEXT Act-04 状況開始


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ