Act-03 幼き決意
数時間後、ヘイアン宮は真紅の――すなわち平氏の機甲武者に完全包囲されていた。
「おのれ、平氏め。やはりヨシナカが到着する、日暮れ前に決着をつけるつもりか……」
「そのようだな。――だが、やはり平氏だな。御所を取り囲むだけで、戦はせずに話し合いで決着をつけようとはな」
御座所では、摂政シンゼイと皇帝ゴシラカワが、その対応について、余人を交えずに語り合っている。
「貴様、どうするつもりだ?」
廷臣を交えず、二人だけになった時のシンゼイの口調は相変わらず厳しい。
「言った通りだ。向こうが礼を尽くしてくるのなら、こちらも別れの一言もくれてやろう」
「御所に入れれば、ムネモリはともかく、トモモリとシゲヒラは、何を仕掛けてくるか分からんぞ!」
「だが入れねば奴らは、この御座所を破壊してでも、私を連れ去ろうとするであろう。――私はここを動く訳にはいかん。お前が考えているほど『これ』の封印は甘くない」
そう言ったゴシラカワが玉座の真上を見つめる。
御簾の内にある『これ』を、目で追ったシンゼイも、思わず苦い顔になる。
「トモモリはできた男だ。私は奴にかけてみようと思う」
完全に勝算有り、といった不敵な笑みを浮かべるゴシラカワ。
それにシンゼイは何も言えないまま、遠い過去に思いを馳せながら、
「なぜだ……なぜ、こうなった……」
と、怒りに打ち震えながら、ただ嘆く事しかできなかった。
ベンケイがウシワカに語った様に、シンゼイはシンゼイなりに、ここまで様々な政治戦を演じながら、朝廷を守り抜いてきた。
だが時代はいつも非情であり、それを――シンゼイよりも若年ながら――知り抜いている女帝ゴシラカワは、
「かつてシラカワ帝は申されたそうな――賽の目は思うようにはならぬ、とな」
と、悟った様に呟いてみせるだけであった。
その頃、東宮御所――つまり皇太子格であるアントクの居所では、そのアントクが建物全体を取り囲み、防衛態勢をとる近衛兵たちの姿に不安を覚えていた。
「トキタダ……源氏が攻めてくるの?」
「ええ、もうすぐ木曽ヨシナカの軍が、それと源ヨリトモの本隊もキョウトに押し寄せてくるわ」
「だから近衛が、こんなにたくさんいるの?」
「…………」
アントクの傍らで宙に浮いているツクモ神トキタダは、その問いに言葉を詰まらせた。
確かに近衛兵はアントクを守るために東宮に詰めている。だが、その相手は源氏ではなく――アントクの血族である平氏なのであった。
そして、トキタダは考えた。
十一歳の少女とはいえ、この英邁な皇女は薄々事態に気付いている。
なのに、あんな風に聞いてきたのは、それでもいたたまれない気持ちに整理をつけるためだ、と。
――この皇女は、現実と戦う力を持っている。
そう判断すると、「ねえアントク、聞いて――」と前置きして、「もうすぐ平氏はキョウトから落ちていくわ。あなたのお爺さんのキヨモリが築いた栄光を、すべて捨ててね……」
そう聞かされても動揺しないアントクに安心して、トキタダは話を続ける。
「アントク。あなたは皇女――しかも次の皇位継承者なの。そのあなたを源氏は確保したい。それは朝廷も同じ。でもアタシは、あなたは平氏と共に歩んでいくべきだと思うの……。でも強制はできないわ。この後、平氏があなたをフクハラに連れていくために、ここに攻めてくるけど、あなたがここに残りたいなら……アタシがそれを止めてあげる」
――やはり近衛は源氏ではなく、都落ちをする平氏に自分を奪わせまいとしていたのか。
アントクは事の次第をすべて得心した。
その上で、自分が望む様にしてくれると、優しい言葉をかけてくれたトキタダを見つめ返すと、
「私は先帝タカクラの娘。でも私のお爺様は――平キヨモリです」
そうはっきりと――平氏と運命を共にすると言い切った。
まだ幼いアントクの心に、先年亡くなった、厳しくも優しかった王者キヨモリの思い出があふれ出す。
キヨモリ、ムネモリ、トモモリ、シゲヒラ、そして平氏のツクモ神トキタダ。皆で過ごした、このヘイアン宮での楽しかった日々は過ぎ去った。
だがこの後、己を政争の具にせんとする源氏の手に落ちるよりは、都を落ちても平氏と歩む方が、きっと幸せである。
平氏にはそう思わせる家族的な連帯感があり――対する源氏は同族が相食む、相克の家系なのだが、この話は後に譲る。
(キヨモリさえいれば、源氏なんかに……)
トキタダも己が仕えた、この惑星ヒノモトを席巻した王者の死を惜しみ、思わず嘆息する。
だが嘆いていても何もならないと、その美しい顔をキッと引きしめると、
「もうすぐシゲヒラが、ここに潜入してくるわ。おそらくベンケイが邪魔に入ってくるだろうから、アタシがベンケイを止めている間に、あなたはシゲヒラと一緒にここを脱出して。アタシも後から追い付くわ」
「シゲヒラが来るの!」
トキタダの言葉に、アントクが顔を輝かせる。慣れ親しんだ平氏一門の中でも、年若く物腰の柔らかいシゲヒラを、アントクはひときわ気に入っていた。
それを見て安堵したトキタダが、
「じゃあ近衛に気付かれない様に、準備して」
と、作戦行動の開始を告げると、シゲヒラが迎えに来る事に、さらに気をよくしたアントクは、笑顔でそれに頷いた。
Act-03 幼き決意 END
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