Act-02 動乱キョウト
平氏三兄弟が、都落ちの方針を固めた少し後――その攻撃対象となった朝廷では、
「ロクハラが動き出したか」
「はっ、物資及び人員を輸送していると思われる車両が、多数西方に動いております。おそらくフクハラベースを目指しているものと思われます」
皇帝の御座所で、摂政シンゼイからの下問に報告官が、ロクハラに起こった異変を説明していた。
「おそらく昼までには、ムネモリたちが暇乞いに来ようなあ……兵と機甲武者と共にな」
「あのウシワカに、迎撃させるおつもりですか?」
御簾の内にいる女帝ゴシラカワが、今後の展開への予想を述べると、シンゼイは報告官の手前、誠実な摂政の顔を装いながら、そう問いかける。
「それは向こうの出方次第だ。最初から攻撃を仕掛けてくるなら迎撃もしようが、話し合おうというのなら、それもよし……別れの一言もくれてやろう」
そう答えたゴシラカワには、状況を楽しんでいる余裕があった。
類いまれなる政治力、武力を誇った、今は亡き平キヨモリ――それと互角に渡り合った、彼女の胆力がそこには見てとれた。
だがそんな食えない女帝に、苛立つシンゼイは、
「何を悠長な事を。平氏と繋がっているトキタダの事もあるのですぞ。それなら、今のうちに近衛を総動員して、アントク様のまわりを固めるべきです」
と、昨日不審な動きを見せた平氏のツクモ神の件を持ち出して、ゴシラカワを牽制する。
「おやおや、平氏の狙いは『私』とアントクなのだぞ。近衛を総動員してしまえば、誰が私を守るのだ?」
白々しいゴシラカワの言葉に内心、一刻も早くアントクを即位させて、己の権力基盤を固めたい面従腹背の摂政は、呆れてもう何も答えなかった。
「まあアントクの事はそれでよかろう。トキタダにもベンケイを充てればよい。あとはヨシナカ次第だな」
まるで先が読めている様なゴシラカワは、
「してヨリトモの方はどうしている?」
と、首都キョウトに迫るもう一軍の進行状況について、報告官に問い合わせる。
「はっ、ヨシナカがここ数日、進行速度を上げるているにもかかわらず……まるでヨリトモの軍は、逆に速度を落とす様に、イセからさらに西へ進路を取り、ヤマトへと進んでおります」
「ヤマトだと? なぜイセから北に進んで、オウミのヨシナカに合流しない?」
東都カマクラから西進して、オワリに到達したヨリトモの源氏軍が、キョウトまでの最短距離、かつ友軍である木曽ヨシナカの源氏軍との合流を放棄した事が、シンゼイには理解できなかった。
だがゴシラカワは御簾の中で、クスクスと笑うと、
「ヨシトモ……お前の娘は、みな一筋縄ではいかぬか――」
そう言った後、嬉しそうに目を閉じ――何か遠い昔を懐かしむ様に――またクスクスと笑い出すのであった。
その時、そのヨシトモの娘の一人であるウシワカは、同じ御所の中で機甲武者シャナオウにもたれかかり、ベンケイに肩を抱かれた状態で、朝日に目を覚ましていた。
ウシワカたちの側には、サブローがだらしない寝相で地に転がり、カイソンはお行儀良く丸くなった状態で寝息をたてている。
臨戦態勢を命じられたウシワカとベンケイに、彼女ら二人も付き合ったのであった。
「ねえ、ベンケイ」
「なあに?」
「お姉ちゃん……源ヨリトモって、どんな人なの?」
迫る源氏の軍に、ふとウシワカは、まだ見ぬ姉の事が気になり、それをツクモ神に問うた。
「よくは知らないわ。でも、あなたのお母さん――トキワとは母違いのお姉さんよ」
ウシワカの生母が、トキワという者である事を教えたベンケイは、今また姉ヨリトモが異母姉妹である事を、気負わぬ態度で静かに告げる。
「そうなんだ」
ウシワカは、その事を別段気にかけなかった。
亡き父ヨシトモは源氏の棟梁。妾の一人や二人いても不思議はなく、かつ姉が正妻の娘で、自分が庶子であっても、そんな事もどうでもよかった。
「早く会いたいな――」
十五歳の少女が抱いた思いは、ただそれだけであった。
だが、その『無垢』なる思いが『政治』という世界では滑稽なほどに浮き上がり――積み重なった誤解の末、やがてウシワカは焦がれるほど思った姉に、海の底に沈められ果てようとは、この時、神の眷属であるベンケイでさえ気付く由もなかった。
そして、ウシワカは朝日が高くなっていく東方に目をこらす。あの下に姉がいる、そう思って。
だが、そこにいたのはヨリトモではなく――キョウトへの一番乗りを目指し、新型機甲武者『バキ』を駆り、しゃにむに突き進む木曽ヨシナカの軍であった。
Act-02 動乱キョウト END
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