Act-05 鬼畜の一撃
一方、シャナオウが転げ回った土煙のせいで、周囲の視界が塞がれた事にトキタダは、宙に浮いたまま焦りを覚えていた。
ウシワカの反撃を恐れての事ではない――保護対象である、皇女アントクの姿が見えなくなったのである。
自身の一撃が想像以上の威力で、アントクのいる周辺にまでシャナオウが吹き飛ぶなど、トキタダにとっても想定外の事態だった。
(アントク……どこなの?)
晴れていく土煙の中に、トキタダは目を凝らす。
そして彼女は目撃する。
片膝をついて体勢を立て直したシャナオウが、立ち尽くすアントクを殴打せんと、その拳を振り上げている――目を疑う様な信じられない光景を。
「アントク!」
あれほど自信に満ちあふれていたトキタダが、絶望に顔を歪め絶叫する。
機甲武者で子供を殴り殺そうとは、なんたる非道、卑劣、外道、極悪――と、込み上げる、あらゆる憎しみの感情を胸に、トキタダは急ぎアントクのもとへと飛ぶ。
その姿を視界に捉えたウシワカは、ニヤリと微笑む。
――やはりそうか、奴の『足枷』はこの小娘か。
それを見抜いたウシワカのその時の顔は――およそ可憐な美貌に似合わぬ――まさに戦術家の本能だけに突き動かされた、『鬼畜』の顔をしていた。
ベンケイも、ウシワカがとった予想外の行動に、一瞬、戦慄さえ覚えたが、
――だが、この圧倒的実力差を覆すには、この手しかない!
と、己の腕に抱かれた少女の苛烈な選択を、すぐに良しとした。
ベンケイはこの様に、良識だけにとらわれない、事態に対する柔軟な発想力が備わっている。
この点においてウシワカとベンケイという組み合わせは、ある意味、理想のパイロットとナビゲーターであった。
その証拠に、
「ウシワカ、まともに斬り込んではダメ! ハチヨウでからめ捕って!」
とベンケイは、色を失い突っ込んでくるトキタダに、反転攻撃を仕掛けようとするウシワカの狙いを理解して、すかさずその攻略法を指示する。
ウシワカの方も、すぐにそれに応じると――その具体的方策を聞く事もなく――ハチヨウをセイバーから元の団扇状に戻すと、ベンケイの意図するところを汲み取り、その八枚羽をトキタダに向け鋭く放つ。
柄から離れたワイヤー付きの八本の刃が、トキタダめがけて飛んでいく。
だがそれだけでは、あまりにシンプルな攻撃すぎて、トキタダに通じるはずがなかったが――ウシワカに迷いはなかった。
彼女は信じていた。己のパートナーを――ツクモ神ベンケイが起こす奇跡を。
「フン、こんなものが当たると思ったのかい」
加速を重視するため、魔法陣で受けるのではなく、回避しながらの前進を選択したトキタダが、八本の刃の間を難なくすり抜けていく。
その瞬間、シャナオウのコクピットでは、ベンケイがウシワカの前に回した両手を合わせ、『九字』の様な印を宙に結ぶ。
すると――ハチヨウの刃についたワイヤーが、ベンケイの神通力で光り輝き、続けて蛇のごとくうねり反転すると、次々とトキタダの体に絡みついていく。
「なにいーっ⁉︎」
動揺の声を上げるトキタダ。同時にウシワカは、
「捕った!」
と言うなりシャナオウで、捕らえたトキタダを――いったんハチヨウを振り上げ、勢いをつけてから――ムチを落とす様に、力まかせに地面に叩きつけた。
ドーンという轟音とともに、今度はトキタダの周辺に土煙が舞い、人々が逃げまどう。
鬼畜の一撃――それは半ば常軌を逸しながらも、非道を共有したウシワカとベンケイが見せた、圧倒的実力差を覆す奇跡の一撃であった。
だが、これだけでトキタダが沈黙するとは到底思えない。
ハチヨウ以外に固定武装を持たないシャナオウとしては、今の攻撃を繰り返すのが最善であるので、ウシワカは再度トキタダを地面に叩きつけるべく、シャナオウの腕を振り上げようとするが――その腕が鎖に繋がれた様に動かなかった。
「――――⁉︎」
好機を逸する事に焦り、ウシワカが急ぎモニターを確認すると、そこに映るシャナオウの右腕は、本当に鎖にからめ捕られていた――しかも魔導による光の鎖で。
「な……なにこれ⁉︎」
慌ててその出どころを全周囲モニターの中に探ると――鎖を放っていたのは、美々しい装束に身を包んだ、まだ幼い少女であった。
皇女アントク――その正体に、ウシワカは愕然とした。
トキタダを釣るための餌――そう思っていたアントクが、大魔法陣を両手の先に展開して、そこから放った光の鎖でシャナオウを拘束してくるなど、まったくの想定外であった。
惑星ヒノモトに流れる大地の霊脈。その元となった『太古の天使』の直系子孫である皇族たちは、今もなお強い魔導力を保持し続けている。
それはアントクが手をかざしただけで、シャナオウが反応した事でも明らかであった。
だが、わずか十一歳で――ツクモ神であるトキタダにも劣らぬ――大魔法陣を展開するなど予想の範疇を超えており、それはアントクの底知れぬ魔導力と魔導適性を裏付けていた。
そんなアントクの顔を、モニター越しにウシワカは見つめる。
まだあどけなさを残す子供ながら、アントクの毅然とした表情は怒りに満ちていた。
その目がこちらを――ウシワカを睨みつけていた。
「――――!」
独善的な正義を押し付けられた様な不快感が、ウシワカを包み込む。
加えて、そもそもアントクの事を生理的に気に食わなかった事が、さらに怒りを増幅させ、
(やはり、こいつは敵だ――ここで殺す!)
そう決意したウシワカが、シャナオウにさらなる魔導力を注ぎ込もうとした瞬間、
「何をやっている! やめい、みな静まれい!」
と、ヘイアン宮の庭園に、水入りの大音声が響き渡る。
一同がその方向に注目すると――そこには多くの衛兵を従えた僧形の摂政、シンゼイが怒りの形相で立っていた。
「源平で争うなら戦場でやれ! いったい御所をなんだと思っておるのだ!」
続けて放たれた一喝で、戦闘に幕が下ろされる。その直後、シンゼイの側に文官が駆け寄り、重大事を耳打ちする――
「なに……トキタダが、留め置いている平氏の使者に接触しただと?」
「はい、この騒ぎの直前に衛兵が、客殿に忍び込むトキタダ殿の姿を見たと申しております」
「おのれ、トキタダ。アントク様の守護と申し、朝廷に入り込んでおきながら……やはり平氏の犬だったか」
吐き捨てる様に、そう言ったシンゼイの視線の先には、安否を気づかい駆け寄ってきたアントクを抱きしめるトキタダの姿があった。
「トキタダ、トキタダ……」
「大丈夫だよ、アントク。怪我はないかい?」
自分を心配して頬を濡らす皇女に、トキタダは優しく微笑みながら涙を拭ってやる。
そこにはシンゼイが思う様な、打算的な感情は一切見受けられず、まるで本当の母娘の様な温かさだけがあり――ウシワカとベンケイとはまた異質な、人とツクモ神との結びつきがあった。
その光景を、シャナオウのコクピットから降りたウシワカが、苦々しく見つめる。
そんな彼女の感情を理解しているベンケイは何も言わずに、ただいつもの様に傍らに、そっと寄り添ってやった。
殺しておかなくては――とまで思った、ウシワカがアントクに抱いた警戒心。
それは単に少女の気まぐれなどではなく、やがてウシワカとアントクは、共に源平を代表する魔導武者として雌雄を決する事になる――その未来をウシワカは、本能で感じ取っていたのであった。
憎しみが憎しみの連鎖となる源平の争い――そのひとつである『平氏都落ち』の時は、ついに明日へと迫っていた。
Act-05 鬼畜の一撃 END
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