Act-03 皇女アントク
「そうかー。ウシワカは平氏と戦う事に決めたんだ」
再会を果たした三人の少女の輪にベンケイも加わり、昨夜からここまでの一連の経緯の説明が終わると、サブローが感慨深げにそう呟く。
「うん。じっちゃんの仇は討ったけど、平氏をこのままにしてはおけない。私が源氏の娘なら尚更だと思うんだ」
「まあ、どっちにしても、アタシはウシワカの味方だからね。これまでも、これからもね」
決意の言葉にそう答えてくれたサブローに、ウシワカが嬉しそうに微笑む。すると、
「わ、私だってウシワカの味方だからね!」
と、負けじとカイソンも慌てて、自己の存在をアピールしてきたのだが――何やらその様子はひどくモジモジとしており、
「で……」とカイソンは一呼吸おいた後、「あの機甲武者――シャナオウ……見に行ってもいい?」
と、目をギラギラさせながら、そちらを指差す。
元々が機甲武者好き。かつウシワカの育ての親である鎌田マサキヨの弟子として、メカニック見習いをしていた彼女のシャナオウへの好奇心は――もはや頂点に達していた様子であった。
「もうカイソンはぁ……」
クスクスと笑いながら、それに応じるウシワカ。
そういえば、平氏のロクハラベースに潜入した時も、ウシワカとサブローは盗みが目的だったのに、カイソンだけは機甲武者を見るのが目的だった事を思い出す。
そして庭園内に待機しているシャナオウに、ウシワカが目を移すと――なにやら見慣れぬ一団が、シャナオウのそばまで近付いている事に気付く。
その先頭にいるのは、美々しい装束を身にまとった、気品あふれる――まだ童女という呼び方がふさわしい様な――少女。
後ろに恭しく控えているのは、その態度から見て彼女のお付きの者たちだと思われた。
(シャナオウが、珍しいのか?)
昨夜、ここヘイアン宮に入城してから多くの者が――既存の機甲武者とは異質の――シャナオウを、物珍しげに眺めている。
これまで別段、それを気にはしていなかったが、今度ばかりは何かひどく嫌な胸騒ぎをウシワカは覚える。
そしてベンケイが、
「アントク……」
と呟く。それは、さっき皇帝ゴシラカワの御前で話に上がった、先帝タカクラと平キヨモリの娘との間に生まれた皇女の名前だった。
そのアントクは、しゃがんだシャナオウのそばまで来ると、まるで人と向かい合う様に、五メートル近い高さにある頭部を見つめながら手をかざす。
すると――シャナオウの両眼に鈍い光が灯り、わずかではあるが機体が起動する様に震動したではないか。
それを見た一同は、驚きの声を上げる。
だがウシワカはそれを見届ける前に、すでにシャナオウに向かって走り出しており、
「シャナオウから……離れろーっ!」
と叫ぶなり、驚き振り向く、十歳を少し越えたばかりの少女を、力まかせに突き飛ばした。
その結果、よろめき地面に倒れるアントクを見ても、ウシワカの心は動じない。
むしろ、いたいけな瞳が自分を見つめた事で、ウシワカは確信する。
――この娘は、生理的に虫が好かない。
それは激しい嫌悪感というより、動物的な『勘』に近い警戒心と敵愾心であった。その感情は、
――いっそ、こいつは今ここで殺しておいた方が良いのでは⁉︎
とまで、ウシワカの心をギリギリとざわつかせる。加えて、
――さっきの嫌な胸騒ぎもこのせいだ。わずかでも機甲武者であるシャナオウが反応したという事は、このアントクという娘にも『魔導適性』がある!
と、この期に及んでも、ウシワカは戦術的な計算で相手を推し量る。
そんなウシワカに、
「ごめんなさい……」
皇女に危害を加えたという暴挙にもかかわらず、なんと被害者であるアントクの方が、心からの詫びの言葉を述べてくる。
あまりの事態に固まっていたお付きの者たちも、ここにきてようやくアントクを取り囲み、ウシワカを非難する姿勢を取り始める。
だが当のウシワカは悪びれるどころか、真摯な謝罪がかえってカンに触ったらしく、さらに頬を歪めて、倒れたままのアントクを厳しい目で睨み続けている。
「う、ウシワカ……」
「な、なんかヤバイ雰囲気なんじゃないの……⁉︎」
カイソンが絶句し、サブローが状況のまずさを口にした次の瞬間――アントクにほのかな殺意を抱いたウシワカは、逆に自分に迫る殺意を感じ、その方向に向け素早く身構えた。
「――――!」
目に映ったのは、凄まじいスピードで飛んでくる光の刃。それに、もはや回避は不可能と判断するとウシワカは、
「ベンケイー!」
と叫ぶ。それは無意識の叫びであった。
そして次の瞬間には、巨大な魔法陣をシールド状に展開したベンケイが、ウシワカの前に陣取り――次々と光刃を弾き返す。
それはまさに阿吽の呼吸――ベンケイは、ウシワカが殺気を感じる前に、すでにその危機を予測し、彼女を守るべく移動を開始し、防御体勢に入っていたのだった。
ウシワカの方でも、その身のこなしに別に驚く事もなく、当然の様にベンケイの背中を見つめている――運命に導かれ、結ばれたこの二人は、もはや完璧なコンビと化していた。
「チッ、ここであいつが出てくるか……」
光刃による攻撃がやむと、その射手を確認したベンケイが、苦虫を噛み潰した様な顔になる。
ウシワカもベンケイの背中越しに、敵の姿を確認する。
それは女。しかもヘイアン宮の客殿を背に――宙に浮いていた。
長いカールの髪を憤怒の形相で逆立て、両手の先に魔法陣を展開させながら、第二波攻撃の態勢を取っている異形の存在。
「ベンケイ、あれもツクモ神なの?」
「ええ。あれは『ヤタの鏡』のツクモ神、トキタダ――平氏のツクモ神よ」
ウシワカの問いに、ベンケイがその正体を明らかにする。
「平氏……!」
己が討滅を誓った存在。その出現にウシワカは、全身に闘志を漲らせた。
Act-03 皇女アントク END
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