Act-05 神造兵器
「――――⁉︎」
魔導の術に導かれ現界した機甲武者。
それはガシアルと同じ人型ながら、伝説の太古の天使を想像させる神々しさを放ち、見る者の目を奪った。
全長もガシアルと同じく約八メートル。
だがそのボディは華奢で、およそ肉弾戦向きでないフォルムであったが、頭部に付いた両眼は異様な眼光を放っており――間違いなく『シャナオウ』と呼ばれた機甲武者は、戦闘兵器であった。
「いくわよ、ウシワカ」
そしてベンケイは、ウシワカをそのコクピットへと誘う。
薄緑色のシャナオウの胴部まで下降すると、まるで待っていたかの様にハッチが開き、その中にウシワカを抱いたままベンケイは飛び込む。
「なに、一緒に乗るの?」
まずはその事に驚いたウシワカだったが、押し込む様にシートに座らされ、ハッチが閉じると、さらにそのコクピット内が異様な事に驚く。
ガシアルのコクピットは、足元を除く三百六十度の全周囲モニターだったが、シャナオウは上下前後左右のすべてがモニターになっており――言うなれば、モニターという球体の中心にシートが浮いている様な構造であった。
だが不思議な事に、足は地につく感覚があり、手を伸ばせば壁らしきものに当たる。
太古の魔導兵器を高度科学の力で運用可能にした機甲武者は、そもそもが奇妙極まりないものであるが、このシャナオウはさらにその上をいく奇妙さであった。
何よりもウシワカが違和感を覚えたのが、シート後方からベンケイが自分を抱きしめている事である。
構造上狭いコクピット内にもかかわらず、ベンケイは全身を見せながら半身を浮遊させており、まるで彼女だけが何か別の空間を保有しているかの様だった。
だが相手はこれまで数々の魔導の術を見せてきたツクモ神。元々の性格のせいもあるが、ウシワカはもう特に細かい事を気にするのをやめた。
「なんだ、あの機甲武者は……!」
一方シゲヒラの方では、突然ゴジョウ大橋から出現したシャナオウに動揺を隠せずにいた。
頭部に付いた二本の触角の様な前立て。源氏の白でも、平氏の赤でもない薄緑色の機体色。痩せ型だが背中に巨大なバックパックを背負った、アンバランスな仕様。
それは、今まで見たどの機体とも異なり、ナビゲートシステムにも登録が見当たらない。
――新たに発掘された新型か?
そう思ったシゲヒラだったが、問題はあの少女がそれに乗り込むのをこの目で見た事である。
ならば新型であろうとなかろうと、己が為すべき事はただひとつ――平氏の敵を討ち取るのみ。
雑念を振り払ったシゲヒラが、十分な射程圏内から機関砲をシャナオウに放つ。
それに五感で反応したウシワカが、シート肘掛けの先端に付いた球体を握りしめる。
源氏型のガシアルに乗った時も相性の良さを感じたが、このシャナオウはそういうレベルではなかった。
両手どころか、五体すべてから霊気が流れ込む感覚。それは機甲武者の動力源である大地の霊脈と自分が完全に一体化して、ウシワカはシャナオウそのものになった様な錯覚さえ覚える。
そして気がつけば、シャナオウはシゲヒラからの射撃をかわし、そのまま橋上を疾走して敵陣へ乗り込むと、あっという間に三機のガシアルHを拳で殴り倒していた。
神がかった様なシャナオウの動き――ウシワカの秘められていた戦闘センスは、この神造兵器を得た事でさらなる高みに達したのであった。
「慌てるな、セイバーで応戦しろ!」
シゲヒラが全軍に素早く指示を飛ばす。
とりあえず機先を制した突撃は成功したが、数の上で圧倒的に不利なシャナオウは、敵に落ち着いて陣形を組まれると、うかつに近付く事はできない。
近接戦での同士討ちを避けるため機関砲を捨て、手に手にセイバーを構える平氏のガシアル。それに対して、
「ベンケイ、武器は? 武器はないの⁉︎」
ウシワカは、自分を後ろから抱くツクモ神に問いかける。
無意識のうちにだが、ウシワカはシャナオウに科学技術式のナビゲートシステムが一切ない事を見抜いており――おそらくは、それをベンケイが担当するのだろうと思ったのだ。
それが正解である証拠に、
「フフン、あるよー」
と、ベンケイはニヤリとすると、頼られた事が嬉しいのか、さらに強くギュッとウシワカを抱きしめる。
「もったいぶってないで早くしてよ!」
「そうね」
敵機が迫っている状況に、ウシワカの言い分がもっともと、ベンケイは表情をあらためると、
「左腕にセイバー――」
と言い終わらないうちに、ウシワカはシャナオウの左腕に格納されたセイバーを引き抜く。
だが、それはセイバーではなく――柄の先端から、ガシャンという音とともに八枚の羽が開いた団扇状の物体であった。
「なにさこれ⁉︎ セイバーじゃないじゃん!」
すかさずウシワカは、団扇でどう機甲武者と戦えというのだ、と抗議の声を上げるが、
「もう話は最後まで聞きなさいよ! 『セイバーより強力な武器』って言おうとしたんじゃない!」
と、ベンケイは逆ギレ気味に、耳元で怒鳴りつける。良くも悪くも、このパイロットとナビは、奇妙にかみ合っている様子であった。
その証拠に、不毛な会話をしたかと思えば、真近に敵機が迫ると、
「ウシワカ、『ハチヨウ(八葉)』を前に振って!」
「分かった!」
と、二人は一瞬でモードを切りかえ、ウシワカはベンケイが『ハチヨウ』と言った武器を、ガシアルに狙いをつけてシャナオウに振らせる。
すると、ハチヨウの八枚羽は矢の様に前方に飛んでいき、機甲武者の胴体をいとも簡単に刺し貫いてしまう。ベンケイの『セイバーよりも強力』という言葉に偽りなしであった。
そしてハチヨウの羽の後部にワイヤーが付いている事に気付くと、この初動だけでその勝手をつかんだウシワカは、素早く羽を引き戻し、再びハチヨウを元の団扇状の形に戻す。
「うまい、うまい!」
頬をすりよせ褒めるベンケイ。それにウシワカもまんざらでもないといった笑顔を見せると、続けて第二撃、三撃を放ち、次々とガシアルを撃破していく。
機関砲ほどではないが、五十メートル近い射程範囲のあるハチヨウに、平氏軍は手を焼くが、
「距離を詰めるのだ! 近付けば、あれの威力は発揮できなくなる」
というシゲヒラの的確な指示で、シャナオウの周りにガシアルが押し寄せると、ハチヨウの強みは封じられ、今度はウシワカ側が受け身に回る番となった。
だがベンケイは、状況の変化にも慌てる事なく、
「相手の指揮官、なかなかやるわね。じゃあウシワカ、斬り合いよ!」
と言うと、シャナオウの手にあるハチヨウの八枚羽が中央にたたまれ、そこから光刃が伸び、一瞬でセイバーに変化した。
「いいやああーっ!」
ウシワカも、もう詳細を問う事もなく、阿吽の呼吸でセイバーでガシアルに斬りかかる。
打ち合いの勝負なら、旧式のガシアルでシゲヒラと互角に渡り合ったウシワカが、圧倒的に有利であった。
離れても近付いても、まったく歯が立たない――突如現れた新型機甲武者の強さに、平氏軍の動揺はさらに広がっていく。
それを感じ取り、ベンケイは頃合いよしとほくそ笑むと、
「じゃあ仕上げね。ウシワカ、飛ぶわよ!」
Act-05 神造兵器 END
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