Act-02 一騎討ち
「こいつ、正気か?」
ウシワカの標的とされたシゲヒラは、その行動に呆気にとられるが、
「いいだろう、受けて立とう。一騎討ちだ!」
と、自身も機体を加速させながら、セイバーを引き抜いて応戦の構えを取る。
そして、ウシワカとシゲヒラ――二機のガシアルが繰り出す光刃が激突し、激しい火花が宙に舞った。
「ううっ!」
「やるな!」
双方が共に驚きの声を上げる。
ウシワカはここまで、自分が繰り出した斬撃を受け止められたのは初めてであり、シゲヒラもまだ若年ながら兄トモモリと並び、平氏随一の機甲武者の使い手と呼ばれる自分の一閃が通らなかった事で、共に相手が只者ではない事を瞬時に理解した。
そこから、二機の激しい打ち合いが続き、攻防は一進一退の展開となるが――その正々堂々とした戦さぶりに、周囲の平氏軍は一切の手出しをせずに、その戦いを見守り続けていた。
打ち込み、受けて、引いてはまた打ち込む。
二機の機甲武者は、まるで太古の天使たちが蘇ったかの様に、その魔導兵器を生物のごとく躍動させる。
それはさながら一場の演舞であり、見る者たちの心を奪い続けた。
だが――
「な、なにをやっておるのだシゲヒラは!」
その戦いぶり不満を漏らす者がいた。平氏の棟梁ムネモリである。
政庁の司令室から戦場を見下ろせば、なるほどシゲヒラは一機の敵を相手に、麾下の兵たちを傍観させて、一騎討ちに興じている様にも見える。
だがそうではない。これは心意気の問題なのだ。
大将が見事な敵を、その手で討ち取れば味方の士気は上がる。それはこの局地戦だけでなく、傾きつつある平氏という存在全体に波及する可能性さえあった。
事実、今、兵たちの心は高揚し、この若き平氏の貴公子の戦さぶりに心酔している――このお方についていけば大丈夫だ、と。
「シゲヒラ……見事だ」
トモモリも、自分に代わり送り出した弟の若武者ぶりに目を細める。
だがそれがさらに、隣に立つ貴族的思考の持ち主の気分を害したのか、
「ええい、すべての兵に伝えよ! ありったけの弾丸を、あの源氏に撃ち込めーっ!」
と、ムネモリはその太った体を揺すりながら、子供がヤケを起こした様に、非情の命令を下してしまう。
「無粋な!」
武者の心意気を介さぬ兄に、トモモリは抗議の声を上げるが、
「控えよトモモリ! 棟梁の命なるぞ!」
と、ムネモリは今度は堂々たる威厳をもって、ギラリと目を光らせた。
子供の様にわがままを言うかと思えば、うってかわって支配者の顔も見せる。
なんとも貴種というものは分からぬ――と、同じく貴種でありながら、トモモリはこの愚かな兄を持て余してしまう。
だが棟梁は棟梁であり、その言に従うのも武人の務めである。トモモリは、棟梁である兄の言葉に――不服ながらも――頭を下げた。
そんなやり取りなど知る由もない戦場では、ウシワカとシゲヒラの一進一退の攻防が続いていた。
若くとも戦場の場数は踏んでいるシゲヒラだったが、これほど腕の立つ相手に出会った事は今までなかった。
その昂ぶる心は、次第に敵パイロットへの興味となり、
――いったい、どんな魔導武者が乗っているのだろう。叶う事なら会ってみたい。
と、シゲヒラが、ふとそんな思いに気を取られた瞬間、
「いいやああーっ!」
という気合一閃、ウシワカのガシアルの鋭い打ち込みに、シゲヒラの機体は右手をセイバーごと斬り飛ばされてしまう。
「くっ、しまった!」
二の太刀を食らわないために、シゲヒラは機体を大きく後退させる。
――セイバーはまだ一本予備がある。勝負はまだこれからだ。私はまだ、あの魔導武者と戦いたい!
シゲヒラが真っすぐな瞳で、気持ちを新たにした瞬間――その視界に信じられない光景が展開される。
一斉掃射を受ける白いガシアル――
それは今までシゲヒラと心をひとつにして、この一騎討ちを見守っていた同胞からのものであり、機甲武者や装甲車の機関砲、果ては歩兵の機銃やロケットランチャーまで――たった一機の機甲武者を相手に、手のひらを返した様な無慈悲な攻撃であった。
「ま、待て! 皆なにをやっているのだ⁉︎ やめよ、やめるのだ!」
突然、何が起こったのかと動揺するシゲヒラに、
「シゲヒラ、棟梁の御下命である。源氏を討て――」
というトモモリからの無線が入る。それだけで、この聡明な青年はすべてを悟った。
やりきれない思いに顔を歪め、モニターを見ると――白いガシアルは、それでも巧みに動き、被弾を最小に抑えていた。
だが一騎討ちの場を作るため、周囲をすべて囲まれていた状況は確実に不利であり、このまま無残に撃破されるのは時間の問題と思われた。
「シゲヒラ、かくなる上は、お前があの機甲武者にとどめを刺せ! それが武人の情けというものぞ!」
トモモリからの、さらなる無線。それにシゲヒラはハッとなると、
「はい!」
と力強く答え、兄の言う通りだと――好敵手にとどめを刺すべく、再び覇気を取り戻す。
トモモリもシゲヒラも武人を自負しているが、平氏に流れる血脈はどこか貴族的な面があり、そういう点では二人とも、どこかロマンチストであった。
その時ウシワカは、
「うるさいな、分かってるよ!」
ヘルメットのバイザーに表示される警告と、やむ事のない耳障りなアラームメッセージに苛立ちながら、離脱の方法を考えていた。
状況は絶望的。だが少女ながら、この天性の戦術家はけっして諦めてはいなかった――必ずどこかに打開策がある、と。
Act-02 一騎討ち END
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