Act-01 戦乱の星【+表紙】
惑星ヒノモト。かつて神の使いたる『天使』たちが覇権を争った戦乱の星。
悠久の時の中、『神の時代』が終わり『人の時代』となっても、新たに大地に生きるこの星の人類は、終わりなき争いを続けていた。
「出ませい――シャナオウ!」
千年の昔に天使が用いた魔導兵器を、高度文明の力で蘇らせた人型兵器『機甲武者』。
その全長八メートルの兵器同士の戦闘は、薄緑の機体が周囲を囲む赤い機体群を、次々と破壊し続けるという一方的展開であった。
薄緑の機体が手に持つのは、八枚羽の扇状のセイバー。
その『天狗の団扇』を思わせる剣が振られる度に、刃渡り一メートル近い八本の刃が敵機に向かって飛んでいく。
それは赤い機体が用いる二十ミリ機関砲とは比較にならない破壊力であった。
「八百万の神々よ。天の理、地の霊脈をもって、このヒノモトに数多の雷を落とす力を……今、与えたまえ!」
宵闇の中、一機、また一機と赤い機体を撃破していく薄緑の機体。
そのコクピットにいる少女は、背後で叫ぶツクモ神の女の加護を受けながら、
(これが……シャナオウの力!)
己に与えられた機甲武者の力に、高揚する心を抑えきれずにいた。
少女の名はウシワカ。
彼女は惑星ヒノモトの覇権をめぐる、三大勢力――
機甲武者の戦略的運用に成功し、一時は惑星統一目前まで迫った、皇帝の支族――平氏。
その平氏に壊滅寸前まで追い詰められながらも、平氏の棟梁、平キヨモリの死により息を吹き返した、同じく皇帝の支族である――源氏。
そして、天使の後継たる『皇帝』を擁する――朝廷。
その三つ巴の争いの鍵を握る――運命の少女。
やがて戦乱の果て、少女は終末の時を迎える。源氏棟梁の妹として――たった一機の機甲武者で、平氏討滅を成し遂げた英雄として。
これは、そんな『滅びの物語』。
その発端は、この時から昨晩にまで遡る。
◇
惑星ヒノモトというこの地球によく似た天体は、『神の時代』の争乱から千年を経て、今は三大勢力による『人の時代』の戦乱の只中にあった。
その一角である平氏の、首都キョウトにおける本拠地、ロクハラベースの武器庫に向けて、闇を進む三人の少女がいた。
ロクハラは平氏にとって政治だけでなく、軍事の拠点でもあるはずなのに、深更とはいえ周囲に人の気配はなく、さながら三人はまるで宇宙空間を遊泳している様に、ゆっくりとその進入ゲートに向かい進んでいく。
やがて三人がその外壁にたどり着くと、先頭の少女がゲートに付いたロックシステムを指差す。
「本当に破れるの、サブロー?」
「まかせてよ。ロクハラには何度も忍び込んだ事があるからね。盗賊の腕の見せ所だよ」
盗賊を自称した少女――伊勢サブローは、ロックシステムに向き合うと、慣れた手つきでテンキーにパスワードを入力していく。
パスワードを認証したエフェクト音とともに、静かに開く扉。
「どう? どう? すごいでしょ、盗賊の力は」
「サブロー、そこ自慢するとこじゃないよ」
二人の後ろに控えていた少女――常陸坊カイソンが、ふんぞり返るサブローに呆れ顔で苦言を漏らす中、
「すごい……」
先頭の少女がそう言いながら、走り出しそうな勢いで中を覗き込む。
高度文明と太古の魔導が共存する星――ヒノモト。
衰えたりとはいえ、その頂点に立っていた平氏の首都軍事施設は、まさに圧巻の一言であり――装甲車に戦車、機関砲から移動砲台まで、さながらそこは陸戦兵器の見本市の様であった。
「ウシワカ、そんなに前に出たら危ないよ!」
声を殺して注意を促すカイソン。それに向かって、
「じゃあ、カイソンはここに残る?」
ウシワカと呼ばれた少女は、高く結い上げたポニーテールの黒髪を振りながら、横顔で少しいたずらっぽく微笑んだ。
「そんな事言ってないじゃん。私だって平氏の武器を見に来たんだから!」
そう言って頬をふくらませるカイソンだったが、もうウシワカは先に進んでおり、サブローもその後に続いていくと、慌てて二人の背中を追っていった。
武器庫といっても軍事演習場も兼ねているため、屋根がないこの区画は、満天の星空のおかげで闇夜でも歩くのに苦労はしなかった。
その中を三人は、最新鋭の武器の数々に驚きながら、奥へ奥へと進んでいく。
「もうちょっと運びやすくて、金目のものがないかなあ」
そう呟きながらサブローは、そばにある機関砲に手をかける。二十ミリ弾を使用する、無骨なガドリング砲は両手の幅よりも広かった。
「それにしても軍事施設のはずなのに……どうして、こんなに人がいないんだろう?」
好奇心による先行をカイソンにたしなめられたウシワカも、ここにきてようやく状況に疑問を持ち始める。すでに施設の中央付近にまで潜入しているにもかかわらず、警備兵の影ひとつ見えない状況は、さすがに異常であった。
「おそらく兵の大半を源氏軍への対応に回したんだよ。東から攻めてくる源氏に、平氏が連戦連敗してるって噂……本当だったんだね」
カイソンの冷静で理知的な分析。まさに事実もその通りであった。
惑星ヒノモトは、ほんの一年前まで平キヨモリ率いる『平氏』が、全土のほぼすべてを制圧し、その支配力は「平氏にあらんずんば、人にあらず」と言われたほどの強勢を誇っていた。
だが偉大すぎた棟梁キヨモリの死により、体制が弱体化した平氏は、その風下にあった朝廷ばかりか、十五年前に一度は壊滅させた対抗勢力『源氏』の復活をも許し、その反攻になす術なく敗れ続け、今に至っている。
そして、源氏軍は首都キョウトの目前にまで迫っており――カイソンの予想通り、平氏はその迎撃にできるだけの人員をまわしたため、ここロクハラの警備が手薄になっていたのであった。
「まあ、おかげでお宝を盗み放題なんだから、源氏には感謝感謝だね」
クリクリした大きな目を輝かせ、物色に励むサブローとは対照的に、
「みんな平氏のせいで貧しい暮らしをしてるんだ……なるべく高く売れるものを盗んで、そのお金をみんなに配らなきゃ」
ウシワカは切れ長の美しい目に、少し憂いをのせてそう呟いた。
戦乱に巻き込まれる人民の困窮は、どこの世界も同じ。その中でこの三人の少女たちは、貧しき人々を救おうと、『義賊』の真似事をしているのである。
「もう少し奥まで行ってみよう」
カイソンの言葉に頷くと、ウシワカは落ち着きなくチョロチョロと動き回るサブローを捕まえて先へと進む。
人の少なそうな裏手を選んで侵入したため、奥に進むほどロクハラの区画中央――すなわち政庁などの重要施設がある部分に近付いていく。
さすがにここまでくると、警備が手薄とはいえ警戒が必要になるが――それだけに三人が目的とする『金目のもの』への期待も高まってくる。
そして先頭を歩くウシワカが、あるものを見つけた。
「こ、これって……」
目の前に横たわる巨大な真紅の物体。その人型のフォルムは、まさに異形とも呼ぶべき存在であったが――全長約八メートルの『それ』を三人は知っていた。
「機甲武者……!」
Act-01 戦乱の星 END
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