表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陸の金糸雀は謳わない  作者: カルーア
第一章 王国存亡篇(上)~交錯の冬戦争~
9/11

9. 小説のような不可解さ


 慣性と共に終着を見た汽車の中で、彼らは脳内における外の気配を自身の肌に浮かべていた。マルグリットはそんな彼らの先陣を切って扉を開け、頬を平手打ちされたような寒さの中へと飛び込んだ。それからは絶え間なく降りる粉雪の白さを漫然と評し、僅かに濡れた駅のホームに氷結した未来を想像したのだった。


「あぁ、嫌だね、本当に。実家に帰りたい気分になるよ。」


「皆で旅行だと言ったのは少佐の方ですよ?」


「あれは方便に決まっているだろう。なぁ、どこに期限のない旅行があるんだ?」


「私に責任を押し付けないで下さい。全ては日頃の行いですよ。」


 カミラに諭されたマルグリットは自身の言動を省み、それは一種の鏡のようなものであるのかもしれないと瞬きの時まで考える。しかし、身体は性に合わぬと声高に叫び、拒絶と共にカミラの包帯に思案の先を移していた。今でこそ血の通った顔色を見せるも、マルグリットは麻酔の不安に縛られたままであったのだ。


 改札までの距離は王都と比べて短く、ホームを歩きつつマルグリットは変わらぬ日常を後ろのやり取りに覚えていた。どうやらクリストフが文句を垂れているらしく、ロジーナは無視を貫いているのだ。それは流石に理不尽とも思われたが、恨みは恨みで返すのが相応と誰しもの心に鏡が生まれていたようなのである。


 そんな中でイレーネは二匹のリスによる異変を感じ、マルグリットの方まで駆けて袖を揺らしたのだった。マルグリットは改札を出た後で取り合うつもりであったが、それは既に意味を為さないことと眼前に教えられていた。全ては改札の向こうに立ち塞がる、傘を差した一人の赤い衣に暗示された所為であったのだ。


「金糸雀分隊の皆様のご到着、心よりお待ちしておりました。」


 彼は覇気のなさそうな様子で挨拶を済ますと、マルグリットら全員を視界に収めるように視線を固定した。マルグリットは一人ずつ知己であるかを目で尋ねるも、首を横に振る同様の答えばかりが繰り返される。そこでマルグリットは彼の服装を見澄ますに、恐らくは格式ばった店の従業員であろうと当たりを付けた。


「此方にお前のような知り合いはいない。……通して貰おうか?」


「それは困ります。なにぶん、注文された品を受け取って戴きませんと。」


「注文だと?……珍しいこともあるものだな。」


 マルグリットはジークを通して依頼した事実から推察し、疑いながらも道を開けるように肩幅分だけ退いてみせた。彼は絹製の手袋で握っていた箱を胸の高さに掲げ、ヴィルベルトの方へと真っ直ぐ近づいていく。そんな彼を警戒してか、カミラとロジーナは互いに隠し持つバヨネットの箇所にそっと手を回していた。


 彼は二人の危惧を分かっているようで、ヴィルベルトに箱を手渡すと後退りの要領で下がっていった。それを見てからヴィルベルトは箱を開け、中に収められていた意匠の施された眼帯を確認する。その眼帯は翠色の瞳による通過を許さない、牢内で巻かれた繊維と同じ遮断が円環の竜によって飾られていたのだった。


「これはウロボロスのようですね。しかも、一匹による自己食みですか。」


「それよりも蛇か竜に関する因果の説明が欲しいですわ。」


「……あのなぁ、少尉も中尉も関係ないだろう?あっちに行っていてくれ。」


 眼帯を覗き込んでいたカミラは得心したように顔を逸らすも、ロジーナはヴィルベルトに寄り掛かったまま頬を指で突いていた。そんな三者の関係を眺めていたクリストフは、掛けられた眼帯の理由に何となしに目を伏せる。しかし、マルグリットに案じた様子はなく、彼女の目は動かぬ彼に向けられていたのだった。


「まだ何かあるのか?今から砦に向かわねば道が暗くなる一方だが。」


「この雲では……そうですね、直に激しく吹雪いてくることでしょう。今晩は私が支配人を務めますホテルに宿泊なされた方が賢明かと。」


 彼は傘をずらしながらそう言い、粉雪の母体たる鉛色の雪雲を舐るように見上げてみせた。マルグリットは後ろの顔ぶれを伺うために振り返ると、そこには喜色を滲ます口元の緩みが皆に同じくあったのだ。そして、イレーネの微かに震える肩にマルグリットは息を吐き、未だ空より目を離さぬ彼を見つめたのだった。


「まぁ、仕方あるまい。ここから近いのか?」


「えぇ、とても。お代は既にお連れ様から戴いておりますので。」


 マルグリットを一瞥した彼は背を向け、愛想のないままに綿菓子のような雪道を進み始める。そんな彼と距離を離して歩き出したマルグリット一行は、その殆どが先に到着しているはずの仲間のことを考えていた。それも、政治将校であるヤンの思案の下に繰り出される深読みの一手に理解を示そうとしていたのだ。


 その例外たるヴィルベルトは視力の落ちた世界に気にも留めず、軍用街として佇む専門店の看板を一つずつ見定めていた。ヴィルベルトは動き慣れぬ足を引きずりながら、時代錯誤的な田舎に迷い込んだような気分でいたのだ。そして、前の背中が迫ったかと思うと、横に広がる白壁の建物に目を奪われたのだった。


 その建物は文言通りに駅からすぐの場所にあり、玄関口の外灯に照らされた看板からマルグリットは一切を斟酌する。そうして二重の硝子扉を越えてエントランスホールに辿り着くと、そこで誰もが懐古主義同然の幻を覚えたのだった。彼はそんな一行を当然にロビーまで誘導し、深く絨毯の上で頭を下げてみせる。


「ここで暫くお待ち下さい。部屋鍵の方を準備して参ります。」


 彼はマルグリットにそう言い残すと黒檀の受付に戻り、彼女もまた布張りの背もたれに身体を預けることとなった。薄布のシェードより漏れ出す飴色の光は眠気を誘い、テーブルランプは夕暮れを過ぎた時間を仄かに溶かしていく。そんな古風な空間に酔ったマルグリットに対し、クリストフは後ろから小声で囁いた。


「どのように運び出すのか気になっていましたが、これでは納得ですね。」


「あぁ、まさか連中の手が辺境まで広がっているとはな。」


 小説内の探偵に似つかわしい洋館の趣は二匹のリスを悩ませ、黒茶で塗られた植物模様は前足で何度も値踏みをされていた。イレーネは不安がる二匹を肩に上げると、二階へと続く木製の手摺りに怪奇を呼ぶ絵画や鎧を思わず期待する。それは内装に触れる他二人に関しても、きっと同様であったに違いなかったのだ。


 ヴィルベルトは朧げな片目で外の景色を覗くと、そこには嘘のような吹雪と灯りの落ちた街並みが映っていた。そんな一線の対照の際立ちもあって、ヴィルベルトは何年も保管された本の魔法に魅せられているような気がしてならなかった。すると、先程までの人物が別の文面を伴って文章内へと戻ってきたのだった。


「マルグリット様、此方の三点が指定された部屋鍵となります。お連れ様は地下の遊技場にいらっしゃいますが、私共でお呼び致しましょうか?」


「ほぉ、私の連れが遊技場に。いや、それには及ばんよ。」


 マルグリットは細長い水晶に取り付けられた鍵を受け取ると、彼の刺繍で彩られた胸ポケットに札束を丸めて突っ込んだ。それからマルグリットは立ち上がり、多数の蝋燭を設置するシャンデリアの下で周囲に目配せを行った。絨毯を踏みしめる十二の足は地下階段を目指し、漆塗りの紫檀の太柱を幾本も過ぎていく。


 カミラは薄鈍のカーテンで従業員が窓を覆い隠したのを最後に、地下への捻じれた暗がりに目を移すこととなった。灯りから遠ざかることで足裏の感触だけが頼りとなるも、それも遂には絨毯の端に差し掛かることで安堵を得る。しかし、カミラはそこから延びる白黒のタイルに新たな始まりを見て息を呑んだのだ。


 何台ものビリヤード台が照明で各々に姿を現し、新緑上で番号の付された球があらゆる方位に進行を見ていた。そんな横並びの一つに見知った顔を見つけたマルグリットは、その者の背中に音もなく這い寄ってみせる。そして、優しく肩に手を乗せると、その者は背後の笑顔を二度見した後に震え上がったのだった。


「あっ、えっと……ロー…ボール……に…なるっす。」


 ディルクは目を泳がせながらマルグリットにキューを渡すと、彼女もまた彼の耳元で感謝を呟いてみせた。すると、カミラが横からディルクの頬を容赦なく抓り上げ、脛を何度となく蹴り上げたのだった。そんな二人の様子はさながら士官学校当時の上下関係そのもので、マルグリットにとっては羨ましく映っていた。


 マルグリットはキューを持ったままヤンの隣に立つも、彼は構わずに手袋を付けた状態でのレールブリッジに手の形を整える。そして、ヤンは深く軽めにグリップを握り、高番号の球を狙うキューの方向を確かめた。もっとも、ヤンは手球を打つことはなく、的球を無回転の弾きで落とすことばかりを描いていたのだ。


「アスターの花が看板にありましてね、花柄はここだけだったんですよ。」


「……それで、軍務放棄の言い訳が立つと?」


「いいえ、けれどこの話には続きが。いたんですよ、中央の役人が何人も。」


 そう言い終えたヤンは勢いよくティップで手球を打ち込んだものの、的球はポケットに斜めに向かった所為で入ることはなかった。マルグリットは台上の八番の球にエイトボールのゲームであると認識し、手球を一つだけ残された低番号から離れた位置に置き直す。そして、マルグリットは正面でヤンを見つめたのだ。


「その周到さに免じて全ては不問としよう。それで、範囲は一体どこまでだ?」


「……内務省も含め、より取り見取りでしたよ。」


 暫くヤンから目を外さずにマルグリットは黙し、それから腰を落としてオープンブリッジに手の形を揃えてみせた。そして、マルグリットは的球を曲げてポケットに入れ込むことを狙い、手球を逆回転で弾き出したのだった。しかし、肝心の的球はポケットの直前で動きを止め、すぐさまヤンの手番へと戻ってしまう。


 ヤンはマルグリットの動揺に久しぶりの快感を味わい、今度は外すことなく最後の高番号をポケットに落とし込んだ。すると、カミラはようやくその行く末を気にかけ、掴んでいたディルクの胸倉を離したのだった。ヤンは幕切れとなる八番の球の軌道を夢想し、静かになった場外に聞こえるように口を開いてみせる。


「つまり、私たちがここに来た意味が確かにあったということです。それが砦の防衛か、内部の粛清か、あるいは……私たちを仕留める罠か。」


 ヤンが打ち込んだ手球は八番の球を弾き出し、それは吸い込まれるようにしてポケットの中へと落ちていく。ヤンは終止符と言わんばかりに自身のキューを台に置くと、頬を腫らしたディルクに関心を向けた。全てを託されたマルグリットは情報を整理し直し、本国の噂に手掛かりを模索し始めることとなったのだ。


登場人物について

マルグリット・ヴィンター……少佐。金髪。藤色の目。

ヴィルベルト・ノイヤー……准尉。黒髪。隻眼。ウロボロスの意匠の眼帯。

ロジーナ・ユング……中尉。黒色の長髪。宗教信者。

イレーネ……白金の髪。視力が悪いが、耳がいい。

クリストフ……中尉。赤茶色の髪、空色の目。

カミラ・クレイン……少尉。一つ結びの栗毛色の髪。

ヤン……政治将校。眼鏡を掛けている。

ディルク……ヤンとカミラの後輩。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ