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陸の金糸雀は謳わない  作者: カルーア
第一章 王国存亡篇(上)~交錯の冬戦争~
4/11

4. 最初から最後まで鳥籠

 

 ラジオからは雑音交じりの音楽が聞こえており、俗物的な歌声は奢侈な絨毯に吸われることで一定の品位を保っていた。僅かにも煩わしさを感じさせない部屋の中で、老年の男性が万年筆をもって署名を続けている。淡々と仕事をする彼には成熟した貫禄があり、机に積まれた紙の量が殊更にそれを肥大化させていた。


 片や椅子に腰掛ける若年の男性は暇そうにしており、自身のスーツに付いた埃を一つずつ取り払っていた。彼の前には分解されたカメラの部品が置いてあり、揃えられた掃除用具からは事が済んだものであると伺える。彼は思いついたように単体のレンズを持ち上げると、それを通して呼び付けた本人を覗いてみせた。


「あの~、室長?そろそろ飽きてきたんですけど……。」


 彼はレンズで大きく歪んだ室長の顔を見ながら、何かしらの面白い反応を返さないかと期待していた。しかし、室長は彼に無表情の一瞥をくれるだけで、何の返答もせずに仕事へ戻っていったのだった。彼は拗ねるように革張りの長椅子に寝そべると、徹夜明けの自分に休息を与えるべく静かに眠りにつこうする。


「寝ては駄目ですよ、ファビアーノ。貴方に会いに来るのですから。」


「しがない新聞記者に会ってどうするんですかね~。」


 部屋を照らす水晶の電球を見上げたファビアーノは、朝刊の執筆にかかった労力と額面の釣り合いというものを考えていた。夕刊の取材が主であるファビアーノのもとへは、度々に徴兵による人手不足の皺寄せが訪れていたのだ。もっとも、それは新聞社が他と比べて機能している方であると知った上での話であった。


 ファビアーノはそのまま来賓用のお菓子に手を伸ばそうとすると、唐突にラジオから流れていた曲が打ち切られてしまう。美しい音色は政権演説へと変わり、あらゆるチャンネルは一斉に報道番組へと化したのだった。そんな耳障りに室長は万年筆を残して立ち上がり、向かいの長椅子に電源を落としながら座り込む。


「共和国の若獅子は帝国と王国との一戦でも知りたいのでしょう。」


「あ〜、検閲された例のやつですか。隠したところで意味はないと思うんですけどね~、恥の上塗りをしてまで勝ちに拘ることに何の意味が?」


「色々ありますよ、本当に。買う方にも、そして売る方にも。」


 ファビアーノが言葉の真意を思案している間、室長は腕時計を見ながら客人の遅刻の理由を整理していた。初対面となる客人の雰囲気から口調にかけて、更に室長は断片的な情報から人物像を推察してみせる。そうして室長が小生意気な態度にまで想像を膨らませたその時、部屋の扉を叩く音が二回ほど届けられた。


 突然の客人の到着に慌てたファビアーノは、机上の組み上げていない部品を見て室長の判断を仰ぐ。しかし、室長は何ら指示することなくファビアーノの隣へ立ち並び、ありのままで迎えようとするだけであったのだ。それに驚いたファビアーノは室長に目で問い質すと、瞳に宿る強固な意志が彼に返されたのだった。


「……開いてますよ?どうぞ、お入り下さい。」


 室長の年老いた声が扉を越えて響き渡ると、茶褐色の髪をした軍服姿の男性が部屋に足を踏み入れたのだった。彼は室長から座るように手で促され、その長椅子の前の机に配された仕事具に自身の立場を理解した。彼は室長の対応に多少の苛立ちを覚えたものの、喚くことなく腰を下ろして相手方が座るのを待った。


「私が電話で話しましたルッジェーロです。突然に連絡して申し訳ありません、さぞかしご都合をつけるのに苦労なさったことでしょう。」


「とんでもありません。少佐殿にご足労いただき、何と言ってよいのやら。私が室長のテレンツィオでして、此方は申し上げたファビアーノです。」


「あぁ、検閲前の記事は彼が。実はそのことで伺いに参った次第でして……削除前の文脈に不都合があり、何らかの内容が外されたのではないかと。」


 ルッジェーロはそう言うと、懐から折り畳まれた新聞を取り出して机上に広げてみせたのだった。そこには帝国の敗戦の見出しと共に、ありありと敗戦の根拠たる凄惨な現場写真が貼り付けてあったのだ。それはテレンツィオが軍に渡した検閲前のものに相違なく、赤色のインクで消すべき文に二重線が引かれていた。


 それを見たテレンツィオは息を吐きながらゆっくりと立ち上がり、執務机の反対側へ回ると引き出しをそっと開けた。そして、収められていた新聞を手にしたテレンツィオはそれをルッジェーロの足元へ放り投げたのだった。それは先のものと同じように見えたが、他に担架で運ばれるカミラの写真が載っていたのだ。


 執務机にある葉巻を手に取ったテレンツィオは、その先をカッターで平たく切って落とした。そうして葉巻を咥えたテレンツィオは横の箱からマッチを取り出し、擦られることで灯された火を断面に優しく近づける。テレンツィオは吸い込んだ苦味だけで舌を染め上げ、吐き出した煙を通して壁掛けの絵画を見つめた。


「どうなさるのか、私はそれを期待していたのですが……。金糸雀の片翼に執心なさるあまり、私共を些か侮り過ぎではありませんか?」


「……貴方は何を仰りたいのでしょうか?その発言、もしも言い掛かりであれば国軍への侮辱として進言しますが……よろしいので?」


 ルッジェーロの試すような視線を浴びたテレンツィオは、吸い殻一つない硝子の灰皿に目を移した。テレンツィオはそれを手にしながら再び葉巻を吸い、口内に溜め込んだ煙を静かに鼻から抜いていく。脂のような匂いが重苦しく部屋に染み込み始めた時、硬度のあるそれは右手の指先より勢いよく離れたのだった。


 棚上に飾られていた花瓶は悲鳴を残して砕け散り、活きていた花々は地に伏して鮮やかさを失った。赤い絨毯に生まれた染みは血のように広がり、その起点となる境界に傷のない灰皿が逆さに沈む。ルッジェーロは自身の背後を確かめんと振り向き、そこで小さな機械が染みの海に溺れているのを目の当たりにした。


「あとは絵の裏に一つ、電球に一つ、そして少佐殿の座る椅子の下にも一つ。遅刻してまで盗み聞きとは、いやはや大変恐れ入りましたよ。」


 ルッジェーロは嘆息を洩らしながら背もたれに身体を預け、取り繕った態度を改めるように足を組み交わした。ルッジェーロの繋げられた指と指の隙間からは、心臓の欠けた不完全な部品群が姿を覗かせている。執務机より注がれる圧力を前に暫く黙し、ルッジェーロは諦めてテレンツィオとようやく目を合わせた。


「一昨日に仕掛けたばかりなんですが。それで……どこにあるんですか?」


「なんと、少佐殿は謝罪もなしに開き直られますか。」


 それからは無言の応酬が続き、その静寂を破らんと扉を叩く音が四回ほど響き渡った。その叩き方に聞き覚えのあったファビアーノは、二人を避けるように扉の先で待っているであろう人に会いにいく。開かれた扉より現れたのは室長付きの秘書であり、彼女はファビアーノにネガを渡すと早々に立ち去ったのだった。


 ファビアーノはそれが自身の撮ったものであると気が付くや、すぐさまテレンツィオの意図を察して彼のもとへと駆け寄った。ファビアーノからネガを差し出されたテレンツィオは、そこに映った金糸雀の面々をじっくりと検める。その後、テレンツィオはルッジェーロに近寄ると眼前にネガを掲げてみせたのだった。


「社内精査の折に原本の写真を削除したはずでして……。知る由のない提出前の内容を少佐殿は一体誰から耳にされたのですか?」


「もしも名前を言えば、それを私にくれるということで?」


「それでは足りませんね。何やら東部への支度が忙しいようで……その作戦とやらに、うちのファビアーノを同行させることが条件です。」


「……全く、貴方への処遇は裁量なのですよ?」


 ルッジェーロはネガに含まれた現場の中に、原本に載っていた写真の一つを視認する。そんな最中にテレンツィオは溜息混じりで長椅子に寄り掛かり、やおらに葉巻を挟んでいる方の手でネガを持ち替えた。そして、安穏たる動作が終わりをみるとテレンツィオは突如としてルッジェーロの胸倉を掴み上げたのだった。


「あまり舐めるなよ、小僧。研究途上のソレッラのことは調べがついている、それを御大層な看板を担いだ作戦の前に売られたいか?」


「……諜報員の真似事をして偉くなったとは、笑わせる!」


「一つだけお前にいいことを教えてやる。それはな、金で買えないものがお前の軍にはなかったということだ。この意味が分かるか?」


 差し向かいの息遣いと共に煙を塗りたくられたルッジェーロは、自身の目を守るように細めざるを得なかった。零れ落ちた葉巻の灰屑が軍服を汚し、ルッジェーロは肉薄する瞳に飲まれてしまっていたのだ。寸刻の後に我に返ったルッジェーロはテレンツィオを突き飛ばし、即座に立ち上がりながら彼を睨みつける。


 その反応を煽るようにテレンツィオは鼻で笑うと、持っていたネガをルッジェーロに投げて渡したのだった。ルッジェーロは有無もなく片手でそれを受け取り、そのまま扉を蹴って出ていってしまう。そんな一幕を眺めていたファビアーノはにやけ顔をしてみせ、テレンツィオは反対に恥ずかしそうに腰を下ろした。


 それからファビアーノは机上の部品を慣れたように組み上げていき、テレンツィオが楽しむ間も無くカメラを完成させた。そして、ファビアーノはそれを手に取り紐を括り付け、首に掛けながら立ち上がったのだった。そんな動き逸った身体は扉へ向かおうとするも、忘れものを思い出すように自身の向きを逆にする。


「そうだ室長、お土産は何がいいんですか~?確か東部なんですよね。」


「えぇ、行き先は寒冷地の連邦だそうです。ですから、あの入れ子構造の人形をお土産に……あとは民族料理でも覚えて帰ってくだされば十分かと。」


 ファビアーノは観光客の典型とも言える要望に軽く笑い、今度は迷うことなく扉へと再び足を進ませた。その一方、テレンツィオはラジオの電源を入れ直し、定刻通りに始まった聖歌に目を瞑って心を落ち着かせる。ファビアーノがノブを握ろうとしたその時、扉を四回ほど叩く音に思わず彼は顔を綻ばせたのだった。


登場人物について

ファビアーノ……新聞記者。

テレンツィオ……新聞社の室長。

ルッジェーロ……少佐。茶褐色の髪。共和国の若獅子。

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