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長女の輿入れ

ジルベスターにとっては死ぬほど長く、セシリアにとってはあっという間に3週間が過ぎ、セシリアの輿入れとなった。移動時間はゆとりを持って2週間で組まれていた。

結婚式はまだ先だが、現国王と次期国王の母である王太后からの教育を受け、王妃としての公務を始めることになる。


現在公務ができる王族が次期国王、王太后のみのため、国王の権限はすでにジルベスターに移されていると説明された。現国王は既に空気の良い海沿いの離宮で療養している。ほとんど起きることができないそうなので、あまり長くはないかもしれない。


手際がいいというか、とにかく入国したら逃げられたくないのか、セシリアにはわかりかねたが、見知らぬ国でもやることが沢山あるのはありがたかった。


父から粗方の事情は聞いていたので、とにかく自分たちは前途多難であると、ある意味覚悟を決めてリンダブルグに入国したのだが、その予想は早速裏切られることになる。


「ねぇ…なんだかわたくしが思っていたのと違う気がするわ…」


「皆さん熱烈ですねぇ…」


リンダブルグに入国し、リンダブルグ軍に警護されながら街に入った途端、住民たちから熱烈な歓迎を受けたのだ。

どの街を通っても、とにかく歓声が起こり、セシリアたちは囲まれた。確かにオーラリアの国章をつけた馬車に乗っているし、明らかに豪華な一行なので目立つことは目立つが、少しでも馬車から顔を出せば歓声が上がり、手を振れば走って追いかけて来ようとする人までいる。

危険がある訳ではないが、ほとんどの街では大通り沿いに屋台が出ており、祭りのように賑わっている。宿では手厚すぎる程のもてなしを受けた。


街の様子を見てきた騎士によると、セシリアの輿入れが国の一大イベントのようになっているようだ。ここ数年は国王が病に伏せっており、昨年王妃が亡くなったため、国全体が喪に服し、華やかなイベントが控えられていたので、ここぞとばかりに国民たちが乗っかったようだ。次期国王の姿絵が早速屋台に出回っていたそうで、即位と結婚は久しぶりの国の慶事として受け入れられているらしい。


元王太子の結婚式と即位式のそのままの日程で、次期国王の即位と結婚式を行うというのは、低迷する経済の事情があるのだろう。日程は動かさず、より大きく華やかにやることで、国内の金銭と流通を大きく回すことを狙っているのかもしれない。


というならば、ここで自分にできるのは、出来るだけ国民に顔を見せ、これからの王家に期待を持ってもらうことだ。


次の日から日程は遅らせず、しかし出来る限り窓から顔を出したり、宿泊する街では警備できる範囲で住民の前に出たりした。

幸いセシリア自身、リンダブルグ語が流暢であったし、国からついてきた者たちも必死で言葉は叩き込んできたこともあって、大きな混乱やすれ違いはなく日程通りに首都に入った。



あと1日で王宮に到着するという夜、セシリアは少し早めに寝る支度をし、侍女たちを下がらせ、ゆったりと就寝前のハーブティーを飲みながらベッドに座ってパルティア・ハープを爪弾いた。公爵邸ではないので、短い歌のついた曲を、あまり大きな音にならないように気を付けながら一曲だけ。


明日、王宮に入ってしまえば、きっと、1人でゆっくりお茶を飲む機会は少なくなるだろう。


国民は歓迎してくれたが、貴族が同じように歓迎してくれるとは限らない。むしろ、他国から1人嫁いできた王妃がどれ程のものか、値踏みされるだろう。


リンダブルグでは、オーラリアの真珠である私自身に価値を見出しているようなので、よほどのことがなければ冷遇されることはないだろうが、立派に王妃としての役目を果たしたいなら、それに見合った仕事をしなければならない。また、元王太子のこともあるので、後々夫が側室や愛人を設けるにしてもあまり仲が冷えているように見られてはならない。


「そこは夫の甲斐性を信じなければね。」


一度話した次期国王は、悪い人ではないように思えた。彼と夫婦としてこの先リンダブルグを支えていくことになる。


夫や、他の貴族たちとちゃんとやっていけるだろうか。


嫌なことばかり考えそうになり、セシリアは一つため息を吐くと、パルティア・ハープを大切に仕舞い、ベッドに入った。




次の日、いつも通り支度をして、馬車に乗り込んだ。今日の午後には王宮に着く予定だ。


すると、俄かに外が騒がしくなった。

騎士にそのまま馬車内にいて欲しいと言われ、扉が閉められた。何事かとしばらく様子を窺っていると、外が静かになり、馬車のドアが開いた。


「ようこそ、リンダブルグへ。私の花嫁」


そう言って、入り口で手を差し出したのは、3週間前に会ったばかりのジルベスターだった。その手に導かれるようにして自分の手を重ねると、丁重に馬車の外に出され、そのまま握られた指先にジルベスターの唇が落ちた。セシリアは顔が真っ赤になるのが自分でわかった。


「待ち切れなくて迎えに来てしまいました。」


ジルベスターはそう言うと、握った手はそのままに、反対の手でセシリアの細い腰を抱き寄せた。

何事かと見ていた観衆から歓声が上がり、セシリアは我に返った。


「あ…ありがとうございます。」


できるだけ自然に見えるよう、オーラリアの真珠にふさわしいように心掛け、笑顔を作った。


歓声が大きくなると同時に、セシリアを抱くジルベスターの腕に力が篭る。小柄なセシリアは足が浮いてしまいそうだ。


「ジルベスター様、ツェツィーリア様は馬車です。」


腰を抱き寄せたまま、ジルベスターが何処かへセシリアを連れて行こうとしたところで、イェルクから声がかかった。


「ツェツィーリア様はそのままでは馬には乗れません。馬車でお越しになりますよ。」


オーラリアにも来ていたイェルクだった。ジルベスターもまじまじと彼女の旅用のドレスを見て、諦めたらしい。但し口がへの字になっていた。作り物ではない笑顔が溢れてしまう。


「馬に乗せてくださるのですか?」


「早く逢いに来たくて、共に王宮に行こうと思ったのですが、確かにその服では難しいな。」


「では、すぐに着替えて参りますので乗せてくださいますか?」


そう言うと驚くジルベスターの手を離れ、セシリアは侍女を呼ぶと、宿で着替えることにした。あまり人が集まりすぎても困るので、最速で、但し最低限馬に乗れる服にきちんと着替えると、改めて差し出されたジルベスターの手を取った。


先程よりも人数は多いが、騎士たちに抑えられ、遠巻きにされていた民衆からまた歓声が上がった。そのまま馬に乗せられ、ジルベスターもひらりと後ろに跨った。


心なしか馬車のスピードよりも速いペースで進んで行く。セシリアは笑顔で人々に手を振っている。


「リンダブルグの国民は皆さんは陽気なのですのね。」


「今年は賑やかな催しが自重されていたから、余計に祭りになっているのかもしれません。驚かせてしまって申し訳ない。」


「どこに行っても歓迎していただいたので、良い意味で驚きました。」


「そうでしたか。城では母も今か今かと待っています。」


「恐れ多いことでございます。」


そうやって、本人たちは至極真面目な話をしながら、民衆たちからはイチャイチャしていると思われながら、城内に入った。


一度部屋に案内され、身なりを整えると謁見の間に案内される。

そこには先ほど別れたばかりのジルベスターが正装し、中央で待っていた。その隣には老婦人が豪奢な椅子に座っている。おそらく王太后だろう。ジルベスターも着替えたようで、黒を基調とした服は彼の精悍な雰囲気と相まって、とても似合っていた。


そして、両隣には国の首脳陣と主な貴族家の当主らしき人々がいた。


扉が開いた瞬間、一斉に視線がセシリアに集中する。思わず後ろに下がりそうになるのをぐっと堪えた。


(わたくしはロブウェル公爵家の長女。堂々とするの。お父様とお母様の娘だもの。大丈夫。)


自分に言い聞かせると、渾身の笑みで美しいカーテシーをした。ほう、とため息があちこちで聞こえた。


「遠いところをよくいらっしゃいました。顔をお上げになって。」


王太后から声を掛けられ、顔を上げた。

髪は白くなってしまったが、それ以外は若々しく、とても成人直前の孫がいるとは思えなかった。


「お初にお目に掛かります。オーラリア王国ロブウェル公爵家が長女、ツェツィーリアでございます。」


流暢なリンダブルグ語で返す。


「とてもきれいな発音ですね。まるでこの国で生まれ育ったかのようです。」


「お褒めに与り光栄です。」


「他にも話せる言葉があるのですか?」


「はい。リディール語とエステリア語、ルイナ語は会話と読み書きができます。会話だけでしたらラズデール語をはじめとして3カ国、あとはマイヤ古語を少々。」


セシリアの発言に、貴族たちがどよめく。

これだけ話せるなら、国交のある国はほとんど通訳なしで話せる。普通は外交官でも、3カ国が平均だ。


「それは素晴らしいですね。」


王太后が微笑んだ。顔はあまり似てないようだが、笑った顔はジルベスターによく似ている。


「ラズデール帝国の皇女殿下とも親交があると聞きました。」


「はい。叔父の縁で手紙のやり取りをさせていただいております。」


ここで、一部の貴族から驚きの声が上がった。ラズデール帝国は少し離れており、リンダブルグとは国交がないが、オーラリアとは一部貿易をしており、薄く上質な紙が出回っていることが知られている。ラズデールの皇女と繋がりがあるということは、リンダブルグとラズデールに縁ができるということだ。更に、その皇女が他国に嫁げば、その国とも繋がりができる。これだけでもセシリアが嫁いでくることに価値がある。


これをわざわざここで言うことで、多くの貴族にセシリアの価値を知らしめるのだ。あらかじめセシリアとジルベスターの間で打ち合わせしたものだ。


これで、ただの他国の小娘から多少はマシになるだろう。


「余り長く話しては疲れが溜まってしまいますね。また後ほど詳しく話を聞かせてください。」


「かしこまりました。」


「では、私が部屋へ案内しよう。」


ジルベスターがそう言うと、上座から降りて来てセシリアの腰を抱き、そのまま出口へと歩き出そうとした。慌ててセシリアは退出の礼をすると、半ば引きずられるように謁見の間から出てしまった。誰にも止められないほどの速さだった。


王太后は気付かれない程度にため息を吐くと、セシリアの披露目のパーティーについて通達し、貴族たちに解散を言い渡した。

明日頑張れたら昼12時と18時に更新予定です

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