次期国王の楽しみ
「さすが、オーラリアの真珠と呼ばれるだけある。まだ十代なのに既に完成された美しさだな。」
側近のイェルクがジルベスターの上着を受け取りながら言った。
セシリアと別れた後、国に帰る前に一度部屋で帰り支度をしていた。ここにいるのはジルベスターの他には気心の知れた最側近であるイェルクだけだ。幼い頃から一緒に育った彼は、リンダブルグの侯爵家の私生児だったため、気を抜いている時は少々言葉使いが乱暴だ。
だが、臣下として率直に意見を言ってくることや人前では使い分けができることもあり、何より共に育った義兄弟のような間柄なので、2人きりになるとお互いに言いたいことを言い合っていた。
「いい香りがした…」
うっとりとジルベスターが呟くと、イェルクは盛大に顔をしかめた。
「えー…絶妙に気持ち悪い…セシリア嬢に関してのみ…いつもの人たらしなお前はどうしたよ…」
「そんなことはない。はぁ…帰りたくない…離れるの嫌だなぁ…あと3週間ここにいて一緒に帰ろうかなぁ…それとも、このままセシリア持って帰っていいかなぁ…」
「ダメに決まってるだろ!露店に売ってる人形みたいに言うんじゃねぇ!」
「せっかく王宮を大掃除し終わったのに…次に会えるのは一月後だ…死ぬかもしれない…」
「今まで会わなくても死んだことねぇから心配すんな!そんなお前のために仕事を代わってくださってる王太后陛下にこれ以上ご心労をお掛けするな!むしろこんなところで何言ってんだよ!どこで聞かれてるかわかんねーだろ!あの宰相だぞ!」
とうとうイェルクが口を塞いでやめさせた。オーラリアの宰相は大規模な間諜部隊を持っているという噂があった。
「いやもういっそこれを全てセシリアに知ってもらいたい…あぁ、名前まで綺麗だ…」
「やめろだめだ!セシリア嬢を逃したら本当にうちの国はやばいんだから!わかってるだろ!!紳士の皮を何枚も被って一生隠し通せ!これで破談にでもなったら次こそ直系の王族がいなくなる!」
口ではあれこれ言いながらも、2人はテキパキと手を動かし、準備を進めている。
長年、外交官として各国を回る間に大抵の国で自分のことは全て自分でできるようになっていた。子どもの頃から、身の回りのことどころか、野宿の仕方から狩猟、果ては獲物の解体まで何でも叩き込まれたからだ。
ナイフ一本持たされ、2人で森に放り出された時は死に物狂いだった。子どもの頃は、後宮は既に陰謀と殺し合いの巣窟だったので、何とか死なないようにと普通の王族では有り得ないようなことをやらされた。
余談だが、これらの訓練により、ジルベスターは小型の弓で飛ぶ鳥を落とすことができるようになった。
イェルクはなぜか暗器が使えるようになった。
「帰ったらセシリアがいないじゃないか…やっぱり今からでも…」
「いやいやいや、お前が王宮の最終準備をしないと!帰る頃には新しい執務室も出来上がってるし!セシリア嬢が喜んでくれる部屋を用意するんだろ!!あと、お披露目の夜会もお前との婚約発表も兼ねてるんだから、他の貴族にお前の嫁になるんだぞー!って自慢しないと!!」
「私の…嫁…」
ジルベスターはその響きに頬を染めた。
その様子を見てギョッとしたイェルクは準備を終えた。
「ほら帰ろう!さあ帰ろう!セシリア嬢はきっと、仕事のできる男が好きだ!彼女が居心地いいようにもう少し貴族も掃除しとこう!」
渋々といった感じで、ジルベスターはイェルクに荷物を渡す。
「頼むから普通の次期国王になってくれよ…」
そう言うと、2人は主君と臣下の顔に戻って部屋を出て行った。
屋根裏の影はこれをどのように報告しようか、このあと頭を捻ることになる。