ちょっとお茶しましょう
side セシリア
「こちらです。」
そう王宮の侍女に案内された席に座る。
様々な花が咲き乱れる庭の一角に、優美なデザインのそれほど大きくないテーブルと椅子が二脚セッティングされていた。ジルベスターにエスコートされ、片方の椅子に腰掛けた。そのあとジルベスターが隣に座る。
円形のテーブルを時計に見立てると、12時と3時くらいの位置だ。
(なんか近くないかしら…?普通こういう時って円の反対に座るのでは?)
ちらりとジルベスターを見ると、にこりと笑顔を返された。
つられて笑顔を返す。
(き、気まずい…!何か、何か話題を出さないと…)
とはいえ、初めて2人になるため、共通の話題など何もない。ついでに距離感もわからない。
(これから結婚するんだから、恋人?いえ、婚約者?らしい話を……ってどんな話をすればいいのかしら??)
綺麗な笑顔の下でセシリアは大混乱だ。
「そう言えば、紹介がまだでしたね。彼は、私の右腕のイェルクです。」
ずっとジルベスターの近くにいた薄い灰色の髪の男性は侍従ではなく側近だったらしい。紹介されると、イェルクと呼ばれた男性は優美な礼をとった。
「イェルクでございます。ジルベスター殿下には子どものころからお仕えしております。」
「リンダブルグにいらしたら、関わることになるでしょう。私の即位に合わせて国王補佐を任命することになっています。」
「殿下の人遣いの荒さに辟易しておりまして。是非とも美しい王妃様を得て、国のためにますます働いていただきたいものです。」
いたずらっぽくそう言うと、イェルクは少し離れたところに待機した。できるだけ2人になるように配慮してくれているのだろう。
「3週間後にリンダブルグにいらしていただけると。」
「ええ。今準備を進めておりますが、何か持っていった方がよい物がございますか?」
「大抵のものはこちらで用意できますよ。リンダブルグにいらっしゃったら、肖像といくつかドレスも仕立てましょう。」
「そうですね。こちらとは流行にも違いがあるでしょう。」
「そんなに大きくは変わりません。しかし、オーラリアのほうが飲み物のバラエティはありますね。平民までがコーヒーを飲んでいるのには驚きました。そうだ、貴方は何がお好きですか?」
「特に好き嫌いはございません。我が家ではハーブティーやコーヒーがよく出されますので馴染みがありますが、香りの良い紅茶も好きです。」
「では、貴女がお気に召すようなものを取り寄せましょう。」
「お気遣いいただきありがとうございます。」
にこりと笑顔で返すと、ジルベスターにまっすぐ見つめられ、手を握られた。
「セシリア嬢。いえ、セシリア。貴方は私の唯一です。だから…」
ジルベスターが身を乗り出してくる。セシリアは彼を見つめたままされるがままだ。
鼻がつきそうなほどの距離まで顔が近づき、ジルベスターがピタリと止まると、手は握ったままセシリアから離れて再び自分の席に座った。
(訳がわからない)
セシリアの頭の中は今のジルベスターの不可解な行動に対して、疑問符でいっぱいだ。
「ぜひ、パルティア・ハープを聞かせてください。」
取ってつけたように言われた。
「え?あ、はい。」
訳がわからないまま、その後も他愛のない話をして、その日の面会は終わった。
「あら?わたくしがパルティア・ハープを弾くって話したかしら??」
そんな疑問が浮かんだのは公爵邸に戻ってリリーの顔を見た時だった。
side ジルベスター
案内された庭園は、なるほど王族のための場所とあって、様々な美しい花が、今が盛りとばかりに咲き乱れていた。
(日の下で見るセシリアはまるで天使だ…)
銀色の髪がさらさらと光に煌めいていて、セシリアが光っているように見える。
(それに声も鈴の音のようだし、いい香りがする)
セシリアを座らせると、自分もセシリアのすぐ隣に座った。結婚するのだから、隣に座るくらいいいだろう。すると、じとりとした目でこちらを見るイェルクと目が合った。
そうだ、イェルクも紹介しておこうと思った。
「そういえば、紹介がまだでしたね。彼は、私の右腕のイェルクです。」
今思い出しただろう、という視線を無視して紹介すると、それでもイェルクはきちんとした礼をした。
「殿下の人遣いの荒さに辟易しておりまして。是非とも美しい王妃様を得て、国のためにますます働いていただきたいものです。」
多分今のセリフは最後に(馬車馬のごとく)という副音声が入っていたな。
邪魔なイェルクも後ろに下がり、存分に彼女を愛でる。少し伏せられた目を覆うまつげは長く、唇はぽってりと赤い。口を開くとちらりと覗くピンク色にぞくぞくした。
「3週間後にリンダブルグにいらしていただけると。」
「ええ。今準備を進めているのですが、何か持って行った方がいい物がありますか?」
「大抵のものはこちらで用意できますよ。リンダブルグにいらっしゃったら、肖像といくつかドレスも仕立てましょう。」
彼女専門の宮廷画家を用意しているし、王宮のお抱えのお針子たちの工房にも彼女のことは伝えている。
「そうですね。こちらとは流行にも違いがあるでしょう。」
「そんなに大きくは変わりません。しかし、オーラリアの方が飲み物のバラエティはありますね。平民までがコーヒーを飲んでいるのには驚きました。そうだ、貴方は何がお好きですか?」
「特に好き嫌いはございません。我が家ではハーブティーやコーヒーがよく出されますので馴染みがありますが、香りの良い紅茶も好きです。」
公爵邸では紅茶はあまり飲まないと聞いた。ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーが好きだということも知っている。
「では、貴女がお気に召すようなものを取り寄せましょう。」
すでにあちこちの国から伝を辿っていろいろな飲み物を手配してある。
「お気遣いいただきありがとうございます。」
セシリアに笑いかけられる。
頭で考えるより先に体が動いていた。彼女の手を握る。男の自分とは違う手だ。
(白くて、柔らかい)
彼女に覆いかぶさるように動く。
「セシリア嬢。いえ、セシリア。貴方は私の唯一です。だから…」
そこで騒がしさを感じた。
いや、正確にいうと何か音がしたのではない。セシリアの向こう側に回ったイェルクの、何やらおかしな動きがうるさく感じたのだ。
(ば!か!や!ろ!う!)
多分そう言っている。体全体で。
とりあえず、ここは人が多い。楽しみは後に取っておこう。
そう言って、のちにイェルクに胡散臭いと言われる笑みを浮かべた。
煩わしい国王業務がついてくるのは面倒だが、セシリアを手に入れるのが早まったし、何より彼女を迎えるのにうってつけの理由が沢山できた。
バカだバカだと思っていたが、こればかりは元王太子のバカさには感謝だ。
(もう連れて帰っていいかな?)
こんなことを考えているなんて目の前のセシリアは知らない。