【番外編】女の戦い その裏で
早速の番外編です。お盆の暇つぶしに…
16日0時に次男のお話を更新します。よろしければそちらも。
『ジルが誠実にわたくしを愛してくださるなら、わたくしもお返ししたいと思いますの。』
『あなたはわたくしを愛してくださるのでしょう?ではわたくしも…』
あの時のことを思い出すと何度も胸が高鳴り、顔が緩むのをやめられない。可愛い私のセシリア。彼女を初めて見たときから、どうしようもなく引き寄せられるのはなぜなのか。自分にもよくわからないが、セシリアを愛していることだけは紛れもない事実だ。
父は多情な王だった。為政者としてはそれも悪いことではないのだろうが、政治に対しては有能だった王も女たちの嫉妬を制御するのは難しかったようだ。幸い宰相をはじめとする国の重鎮たちが王妃を守ったおかげで自分たち兄弟は運よく生き延びることができたが、もし母が側室であったなら、自分は生きていなかっただろう。それほどまでにかつての後宮はすさまじい怨嗟に満ちた場所だった。側室や妾だけではない。侍女や下働きまですべての女たちが敵だった。父や側室たちが死んだあと、後宮は次の王妃と兄の側室1人のみとなった。それでも唯一の王子を生んだ側室の野心を押さえるのに王妃は苦労していただろう。
私はかつての混乱を再び繰り返すようなことはしない。愛するセシリア一人がいればいい。幸い、国内の混乱を防ぎ、かつての後宮を舞台にした権力闘争をくり返さないためという大義名分のもと、私自身はわざわざほかの妃を迎えることはないし、国内の貴族もそれで納得している。子ができなければ養子を迎えるだけだ。未来永劫、私の妃はセシリアのみ。
即位したらすぐに後宮を縮小しよう。さすがに後宮は王のものであるため、手を出せなかったが、たった一人だった側室は王太子の生母であることをかさに着て、後宮を肥大化させていた。兄が健康でなかったため、政務で精一杯なのもあっただろう。しかし、今になってあんなに無駄なものはない。すでにマルクとイェルクには指示を出してある。本当は後宮など閉じてしまいたいのだが、これから生まれるであろう子どもたちの安全面も考えて後宮自体は縮小して残すことにした。
「にやにやしたり真顔になったり、忙しい奴だな。」
そばで書類を整理していたイェルクがため息をつく。今は執務室に2人なので気安い口調だ。
「どうせツェツィーリア様のことだろうけど。」
「あたりまえだろう。」
隣国の使節団を送る夜会の日程が迫っている。使節団さえ追い返せばあとは結婚式を待つのみだ。
「そういえば、夜会当日、毒を盛られることはおそらくないだろうが、他の身体の自由を奪うようなものの類は気をつけろ。ツェツィーリア様とおまえが口にするものは、俺かマルクが渡すものだけだ。」
「ああ。承知している。だが、少し油断を誘うためにも、口をつけるふりくらいはしよう。」
「無理はするなよ。」
兄弟同然に育ってきたイェルクもやはり心配なのだろう。少しだけ不安の色をのぞかせたが、ここまで来たからには仕上げを完ぺきにするのみだ。
「ザナス侯爵は?」
「ああ。承知したとの返答が来た。侯爵とその一族が責任もってあの公爵令嬢の面倒を見るそうだ。」
「…難儀なことだな。嫡男の不始末が一族郎党にまで及ぶとは…。」
「それほどまでに奴らのやったことは貴族としてやってはいけないことだった、ということだな。これきりにしてほしいものだが。」
今までの経緯を考えると苦笑しか出なかった。
「そうだな。これきりであることを祈ろう。」
夜会当日、着飾ったセシリアはいつ見ても美しい。圧倒的な美の前には人間の小手先の社交など無意味なのだと、セシリアを見るといつも思う。あの深い海のようなアーモンド形の瞳に見つめられると、うそやごまかしが難しいし、むき出しの心そのものを見られているように感じるらしい。「後ろめたいことを見透かされる気分になるそうだ」とオルレンブルグ侯爵令嬢が言っていた。事実、ほとんどの貴族が彼女を友好的に受け入れている。本人がどう感じているかはわからないが、王妃としてこれほど適任な女性は多くないだろう。
セシリアとファーストダンスを終えると、マリアンナ王女からダンスを求められた。断ることもないので、イェルクに視線で指示して王女の手を取る。
さすが王女というべきか、10歳にしては巧みにダンスを踊っている。
「あの、ジルベスター殿下…。」
ダンスを踊りながらでも話すだけの余裕もあるようだ。
「いかがしました?」
「…あの…わたくしではだめですか?」
なんのことかと頭を回転させる。
「王より、あなた様に嫁ぐよう言われました。側室でも構わないのです。」
真っ青な顔で今にも倒れてしまいそうだ。
「私はツェツィーリア嬢以外いらないのですよ。ましてや押し付けられた隣国の王女など必要ない。」
表面上は笑顔を崩さず断言する。
「ですが、わたくしが嫁がないと母様が…」
「それこそ、私には何の関係もありません。貴国の中のことだ。」
残酷なようだが、彼女は他国の王族の人間だ。同情で受け入れてしまえば、リンダブルクがまた荒れる。
「あなたの国に、リンダブルクを荒らされてはたまらないのですよ。」
にこやかな表情を張り付けたまま断言すれば、ちょうどいいところで曲が終わった。礼をかわしてセシリアのもとへ戻る。
セシリアは公爵令嬢と話していたようだ。
公爵令嬢に飲み物を勧められた。口をつけるふりをしたが、おそらく何か入っているのだろう。イェルクに視線を向けると、心得たように衛兵へ指示を出していた。ダンスを申し込まれそうになったところで運よく近衛騎士から声をかけられる。セシリアをオルレンブルク侯爵令嬢に託して近衛兵と人目に付かないところへ出る。
「数刻前、クラーラ・ヒューンが牢より脱走しました。」
「どうやって?」
「どうやら協力者がいたようです。」
今更彼女に協力してどうなるというのか。
「協力者?」
「は。どうやら取り巻きのひとりだそうです。協力者は捕縛いたしましたが、肝心のクラーラ・ヒューンがおりません。」
「女ひとりの脚では遠くには逃げられまい。おそらくまだ城内にいるな。ほかの協力者の可能性も合わせて至急捜索せよ。」
「御意。」
しかしクラーラ・ヒューンが逃げ出すとは。おとなしくしていれば修道院行きで済んだものを。イエーガー同様無駄なあがきで、己の首を絞めていることになぜ気が付かないのか。
何食わぬ顔で夜会の会場に戻る。そのあと、イェルクからの合図を受けて、公爵令嬢を最後の罠にかけることにした。このために行きたくもない茶会に行っていたのだ。公爵令嬢は私が、公爵令嬢に傾いていると思っている。そう思わせたのだ。公爵令嬢に近づくと、あからさまに彼女の表情が媚びを売る女のそれになった。
「アデリーナ嬢、よろしかったら飲み物でも。」
「まあ、ありがとうございます。」
内心うんざりしながらも、努めて笑顔を作る。仕込みの給仕から渡されたワインを渡し、同じものを自分もあおった。少し話をしていると、彼女の顔色が変わってくる。
「おや、どうされた?気分がすぐれないようですね。」
「ええ、少し暑くて。」
「熱気に中てられたのかもしれませんね。休憩室へご案内しましょう。こちらへ。」
思惑通りの効果が出ているようだ。公爵令嬢をエスコートし、休憩室に連れていく。休憩室の中は明かりが極力落とされており、個室になっている、宿泊が可能な部屋だ。
「水でも持ってきましょう。」
そういって部屋を出ると、近衛兵とともにザナス侯爵がいた。彼は何も言わず頭を下げる。あとはザナス侯爵に任せることにする。未婚の令嬢が朝まで異性と一つの部屋にいたというだけで立派な醜聞となる。高位貴族ならなおさらだ。
急いでセシリアのもとへ戻ろうとすると、近衛兵からセシリアが肖像の間へと移動したことを伝えらえれた。彼女のことだから影がいるとは思うが、一人で移動したようだ。
あわてて近衛兵を連れていけば、そこにはセシリアと影のほかにクラーラ・ヒューンがいた。
「セシリア!!クラーラ・ヒューンを捕らえよ!!」
セシリアは無傷だったが、肝を冷やした。ぎゅっと抱きしめればおずおずと回された彼女の手により一層愛おしさが募る。
その夜はずっとセシリアとともに過ごした。アリバイ工作も兼ねているし、万が一にもセシリアに誤解させないためだ。
幼い子どものようにあどけない寝顔を見るのは自分だけという独占欲と、胸元にすり寄ってくるあまりの可愛さに目眩がする。
来月の結婚式がまちどおしい。はやくセシリアの全てを私のものに。




