本当の結末
本編完結となります。
そのあと、ほどなくしてクラーラ・ヒューン男爵令嬢は病を得てなくなった。遺体は男爵家へ帰されたが、稀代の悪女とされた娘の遺体の受け取りを当主が拒否したそうで、彼女が送られるはずだった修道院で遺体は弔われたそうだ。
隣国の使節団もすぐに帰国し、2か国間で、この件はうやむやにする方向で話がついたようだ。当初の案としては奥方をなくしていたザナス侯爵の後妻とし、ザナス侯爵家でアデリーナを生涯監視するという方向だったようだが、隣国がそれを拒否し、アデリーナは速やかに隣国の修道院へと送られたらしい。また、この件でリンダブルクが優位だったこともあり、王女が嫁いでくる話はうやむやになった。
季節は巡り、セシリアがこの国にきて1年たった。晴れ渡る空は、セシリアが輿入れしてきた日と同じく、雲一つない。今日は王城が、王都がいつにない熱気に包まれている。王妃の死から、王太子の醜聞、国内外の混乱とトラブル続きだったこの国で、久しぶりの慶事である国王の即位と結婚式があるのだ。先の戴冠式でジルベスターは国王となった。過密スケジュールだが、これからジルベスターとセシリアの結婚式となる。
花嫁の控室には、隣国からわざわざセシリアの家族が来ていた。どうしてもという父親のごり押しが通った形だ。他国に嫁ぐので、父親はともかくほかの家族には会えないだろうと思っていたセシリアも、この時ばかりは過保護な父に感謝する。最後に家族の時間をというジルベスターの気遣いにより、この部屋には今セシリアと家族しかいない。
「セシリア、とてもきれいよ。」
「とっても素敵です!!お姉さま!!」
母と妹は無邪気に花嫁姿を喜んでいる。ジルベスターとデザイナーがこだわり抜いたドレスは輝くようなセシリアの美しさをさらに際立たせていた。父はその美しい瞳に涙をいっぱいためていて、もうすでに泣きそうになっている。弟たちが慰めていた。
「お姉さま。幸せになれる?」
リリーがふと、心配そうに尋ねてきた。
「ええ。大丈夫よ。」
そういって、セシリアはドレスが崩れないようにふわりとリリーを抱きしめた。
しばらくすると式の開始が告げられ、父とセシリアを残して家族は式場へ向かった。
扉が閉まり、父と二人になる。
「お父様。」
「ああ。あんなに小さかったセシリアがこんなに早く嫁いでしまうなんて…。」
先ほどから同じことばかり言っている父に苦笑する。
「ねえ、お父様。」
セシリアは父に問いかける。
「すべて、お父様ですわよね?」
疑問ではなく断定する。ふと父の緑色の目が宰相のときのそれになる。
「元王太子殿下のことも、男爵令嬢のことも、公爵令嬢のことも。」
「なぜ?」
「影がいるのにわたくしが拉致されるなんておかしいでしょう?ずっと国境を目指さずに廃城にいたのもおかしいですし。男爵令嬢だって、たかが伯爵令息一人で彼女を逃がすなんて無理です。しかも彼女は刃物を持っていた。いくらなんでも一国家の王城でろくな支援者も後ろ盾もないのに。公爵令嬢も、この国には結局嫁いで来ませんでした。嫁いで来れば、いずれなにをしだすかわからないですものね。」
「なぜ私がセシリアを危険にさらすのだ?」
「一度も危険にさらされたことはありませんわ。いつだって影や騎士たちがいるところで、安全を確保された上での茶番です。」
セシリアとディミトリアスの視線がまっすぐに交差する。
「でも。」
セシリアの表情が柔らかくなる。
「わたくしのためにやったことでしょう?わたくしが王妃になるにあたって、障害になりそうなものをすべて結婚前に終わらせようとしてくださったのですね。」
ディミトリアスは何もいわなかったが、それが彼女にとっての肯定だった。
「わたくしたちの対処はいかがでしたか?及第点はいただけまして?」
おどけて言うと、父の表情がいつもの子煩悩にもどった。
「ああ。まあまあだな。」
「あら厳しいですわね。でも、これからはもうわたくしがこの国の王妃、あまり干渉されては困りますわ。」
「それは今後のリンダブルク次第だな。幸せになれ。愛想が尽きたらいつでも戻っておいで。」
そこまで言ったところで、侍従が二人を呼びに来た。
「愛想なんて尽きないわ。わたくし、ジルもこの国も好きになってしまったんですもの。」
そういうと、また父の目に涙が浮かんでしまった。
「ご婦人たちが次々に倒れてしまうから涙をぬぐってくださいな。」
そういって父にハンカチを渡し、父とともに式場へ向かった。
式場の中心にはジルベスターがいる。国王の象徴である王冠とマントを身にまとっていた。濃い髪の色と深紅のマントがよく映えている。
セシリアの姿を見ると、離れていてもわかるほどに、ジルベスターが甘い顔になる。
(きっと、ジルも気づいているわね)
セシリアには確信があった。きっとジルベスターも父の関与を知っている。自分の敵も排除できるので、ことを大きくしなかったのだろう。
父とゆっくりとバージンロードを進み、父の腕を離してジルベスターの腕をとった。『愛してる、セシリア』ジルベスターの口がそう動いた。
(この人と、夫婦に、お互いに支え合えるようになれるといいわ)
幸せいっぱいの笑顔で、セシリアは『わたくしも』と口を動かした。
王と王妃の戴冠式と結婚式という異例の式典だったが、同時に発表されたオーラリアとの貿易陸路整備や輸出入の活性化は国民たちから歓迎された。若く、健康で美しい新国王と王妃に、国中が歓声に包まれたとのちに吟遊詩人たちが歌うほど、喜びをもって国王夫妻は迎えられた。
その後、ひっそりと元王太子の病死が発表されたが、混乱もなくリンダブルクは新体制へと移行した。
ジルベスターは宣言通り生涯側室や妾を持たず、美しい王妃のみを愛しぬいたとのことだった。
長くお付き合いいただきありがとうございました。たくさんご感想をくださる方、評価してくださる方々をはじめとしたすべての読者様に支えていただき、完結することができました。途中間延びしてしまった感が否めず、力量不足を痛感しましたが、初の長編を無事完結させることができました。
本編はこれで完結しましたが、また思いついたら番外編を書いていきたいと思っております。
読んでくださったすべての皆様、本当にありがとうございました。




