おとぎ話の結末。
本日2話目になります。残り1話で最終となる予定です。
翌朝、目の前にある安らかなジルベスターの寝顔に仰天した以外はいつも通りの朝が来た。だいぶ日が高いようで、珍しく寝坊してしまったのかと慌てる。ぼんやりと目を開けた先にあったジルベスターに驚きすぎてセシリアは息が止まるかと思った。あわてて自分の身なりを確認したが、特におかしなところも、身体の違和感もなく安心した。そんなセシリアを見て、ジルベスターはとろけるような笑顔でおはようのキスを贈る。
優秀な侍女たちは、主が起きた気配を感じ取ると静かに入室し、何も見ていないかのような動きで朝の支度を進めていく。
「セシリア、おはよう…」
いつもとは違う、どこかぼんやりとしたジルベスターの顔にどぎまぎしているセシリアを、ジルベスターはゆっくりと抱きしめると、そのままベッドに引きずり込もうとした。
「ジルベスター殿下、仕込みの仕上がりをご報告に参りました。ご準備を。」
扉の向こうから、まるでタイミングをはかったかのようにイェルクの声がした。ジルベスターの舌打ちが聞こえた気がしたが、慌ててセシリアがベッドを出る。
「昼食で聞く。私の居室に準備を。」
「かしこまりました。」
「そんな無防備な姿、私以外の男に見せてはいけないよ。」
イェルクがいなくなる気配がすると、ジルベスターは、後ろからうすいショールをセシリアに着せた。見せるも何も扉は開かなかったのだが。セシリアが心の中で突っ込むと、朝の準備のために、セシリアは自分の部屋に戻った。今までは主寝室とセシリアの部屋の間にカギがあったので、行き来したことはなかったが、主寝室から優美な扉を開けると、見慣れた自分の居室だった。
侍女に時間を尋ねると、なるほど朝食には遅すぎ、昼食には早い時間だった。ずいぶん眠ってしまったようだ。
昼食をジルベスターとともに居室でとるということで支度をし、侍従に呼ばれて、昨夜ぶりにジルベスターの居室に入る。いつもの通りジルベスターの隣に案内されるが、それとともにもう一席、用意があった。疑問に思ったと同時に王太后が案内されてやってくる。どうやら3人に同時に報告をするらしい。
「昨日は大変でしたね、ツェツィーリア。身体に障りはありませんでしたか?」
「はい。お気遣いありがとうございます。」
安心させるように王太后に笑顔を向けると、心底安心したような顔を向けられた。王太后も、気をもんでいたのだろう。
しばらくすると、食事が用意され、食べながら、昨夜の貴族たちのようすについての情報交換が3人の中で行われた。ほどなく、宰相とイェルク、マルクが入室してきた。食後の飲み物を飲みながら聞く。最初に口を開いたのは宰相だった。
「ではご報告させていただきます。年若い女性には少々刺激的やもしれませんがよろしいですか?」
「ええ。ツェツィーリアももう我が国の王族も同然です。よいですね?」
親子ほど年の離れた宰相は、セシリアを心配したようだが、王太后の言葉に、セシリアは小さくうなずいた。
「かしこまりました。先日の夜会で体調を崩されたアデリーナ公爵令嬢は介抱したザナス侯爵とともに休憩室で一夜を過ごしました。朝、侍女が部屋に入ると、乱れた様子のお2人を見つけて騒ぎになったようです。」
ザナス侯爵家の嫡男は確か先の婚約破棄騒動で男爵令嬢の取り巻きになっていた。当主であるザナス侯爵は確か謹慎していたはず。確かザナス侯爵は目の前の宰相と同年代だったので、少なくともセシリアと同年代のアデリーナからすれば父親と同世代の男性だ。頭の中の記憶の引き出しを開けている間も、宰相の説明は進む。
「この混乱により、王女殿下をはじめとした使節団は隣国へとむけて、午後早い時間に出発するそうです。」
使節団として来ている以上、確かにこれは醜聞で、団長である王女が責任をもって隣国国王へ事情説明をしなければならないものだ。何もわからない子供だからとリンダブルクにおいていくことはできない。さしずめ先の婚約破棄騒動での責任の一環としてザナス侯爵に白羽の矢が立ったというところか。騒いだ侍女も、きっとこちらの息のかかったものなのだろう。
「公爵令嬢は?」
「これは何かの間違いだ、自分はジルベスター殿下とともにいたはずだとわめいておりましたが、さすがに隣国の外交官がなだめすかしていたようです。殿下は夜会の間ずっと多くの貴族の目のあるところにいらっしゃいましたし、夜もずっと…。」
昨夜のことを思い出して、セシリアは自分の顔から火を噴きそうになった。持ち前の意地ですぐにもとの顔に戻す。隣のジルベスターが、表情を緩めるとセシリアの手を握った。
「そうか。見送りは?」
「必要ないかと。和平の使節団にもかかわらず、醜聞を立てたのですから、あちらも合わせる顔がないでしょう。王女殿下も公爵令嬢も含めて全員が帰り支度をしているそうです。」
「わかった。それで、もう一つの方は?」
「それはイェルクよりご報告申し上げます。」
宰相に代わってイェルクが報告を始めた。セシリアの手はジルベスターに握られたままだ。
「クラーラ・ヒューンはどうやら、取り巻きだった伯爵令息によって牢を出たようです。世話をする侍女に成りすましていたと。ですが、伯爵令息によって牢を出された後、暗闇に紛れていなくなったそうです。城内でクラーラ・ヒューンを探していた伯爵令息は捕縛してあります。」
「そうか。曲がりなりにも貴族牢に入れていたのが間違いだったな。貴族の若い女性だからと身の回りの世話をするものを置いたのが裏目に出たか。
伯爵家に連絡し、当主に登城するように伝えよ。で、クラーラ・ヒューン本人は?」
「それが、イェーガー元王太子やジルベスター殿下、取り巻きだった男たちに会わせろとわめいております。お2人なら自分を必ず助けてくれるからと。」
その報告に珍しくジルベスターが鼻で笑った。
「世間から隔絶されたために自分の取り巻きだった者たちの行く末を知らないのか。若い女性だからと修道院送りにする予定だったが…宰相。」
「はい。法務大臣とも相談いたしまして、『牢での生活に耐えられず、儚くなった』ということで。」
「当たり前の結末だな。私のセシリアに刃を向けたのだから。」
「さすがに処刑は、来月の結婚式に差し支えますので、誰も知らぬところで、物語の主人公にはご退場いただきましょう。」
宰相も厳しい顔つきだ。
「できる限り早くに。これ以上騒動を起こされてはたまりませんので。そのあとすぐに男爵家に遺体は送ります。」
イェルクは無表情に言った。
「陛下、殿下、ツェツィーリア様よろしいですか。」
それぞれがうなずき、彼女たちの処遇が決まった。
報告が終わり、部屋にはセシリアとジルベスターだけが残された。
「セシリア、これで私たちを邪魔するものはすべてなくなった。」
そういってずっと握っていたセシリアの手にキスをする。ジルベスターとそろいの腕輪がしゃらりと揺れた。
「来月の結婚式の最終チェックをしなければね。」
セシリアは目をそっと伏せ、ジルベスターのキスを受け入れた。




