もうすぐのところで…
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あと数歩でクラーラの凶器がセシリアに届こうといったところで、クラーラとセシリアの間に軽い音を立てて何かが落ちてきた。
「殺してはダメよ!」
とっさにセシリアが叫ぶ。
落ちてきたもの―セシリアの影のひとり―が一瞬おいてクラーラの手首をもって彼女の体の向きを変えると、後ろに手をひねり、動きを止める。もがくクラーラの力が意外と強いらしく、そのまま彼女をうつぶせに倒して背に馬乗りになるようにして拘束した。
「いたい!やめなさい!わたしは王妃なのよ!」
なおも暴れるクラーラを手際よく縛り、猿ぐつわをかませるが、クラーラはあきらめずうめいている。もう一人の影がセシリアを背にかばい、肖像の間から広間に向かって下がる。そこに近衛兵とジルベスターが初代国王の肖像の脇から出てきた。どうやら隠し通路か何かのようだ。
「セシリアッ!!クラーラ・ヒューンを捕らえよ!」
すぐに近衛兵がクラーラの捕縛を影と交代し、ジルベスターがセシリアのもとにやってくる。
「セシリア!けがは!?」
ジルベスターはセシリアのうでをつかむと、上から下まで彼女に異常がないか見る。
「大丈夫ですわ。影がおりましたもの。私に近づく前に取り押さえました。」
セシリアの言葉にジルベスターはほっと息を吐いた。両側から近衛兵に拘束され、立たされたクラーラはなおも何事かわめき、ジルベスターに助けを求めているようだったが、ジルベスターが一瞥もせずに軽く手を振ると、兵たちに連れていかれた。
「セシリア、怖かっただろう?そばを離れてすまなかった…」
ジルベスターがぎゅっとセシリアを抱きしめた。
「影がいるのはわかっていたので、特に怖くなかった」と言ってしまうとからだを離されてしまうかしら、と考えたセシリアは何も言わず、ジルベスターの背にそっと腕をまわした。
今度こそセシリアの腰を抱き、からだを密着させたまま広間へ戻ったジルベスターは貴族への挨拶もそこそこに、セシリアが疲れてしまったと言って居室の方へ戻ってきた。夜会はほとんど終盤だし、事情を把握しているらしい王太后が後を引き受けてくれたようだ。
ジルベスターは離れたがらなかったが、湯あみのためにセシリアは侍女たちの手に渡された。話を聞いていたのかもしれない。いつも以上に侍女たちに労わられ、マッサージを施され、肌を磨かれる。個人の趣味としてはシンプルなものを好むセシリアにしては飾りの多いネグリジェを着せられ、冷えないようにと厚手のショールを羽織らされる。そのあと、いつもの騎士と侍女に連れていかれたのは、ジルベスターの居室だった。促されて部屋に入ると、ジルベスターの隣に座る。侍従がセシリアのためにハーブティーを用意した。最初はあまりリンダブルクになじみのなかったハーブティーは、今では王城に来た客人にも出されるようになっていて、セシリアが来てからの数か月で劇的に広まった。
余談だが、王城で働く給仕のひとりが発案したハーブをつかった甘いシロップは水で割ったりお酒で割ったりと汎用性が高く、酒が苦手な人や甘いものを好む女性たちの間で爆発的に流行し、夜会ではいつも大人気の飲み物となっている。その給仕はハーブを取り扱う商会に転職し、そこで美しい色やおいしいハーブの商品を企画しているらしい。あの宰相のことなので、抜け目なくその商売を国のために利用しているだろう。
セシリア好みの甘くすっきりとした味わいのハーブティーは気疲れしたセシリアの身体をゆったりとほぐしてくれる。コーヒーを飲むジルベスターとともにしばらくティータイムと軽食を楽しんでいると、女性騎士が入ってくる。先ほどの件の後始末をしているイェルクからの報告のようだ。隣国のことも含め、明日詳しく報告を上げるので、今日はゆっくり休めとのことだった。軽食を終えると、寝支度を終え、食器と共に侍従も侍女も下がってしまった。部屋にはジルベスターとセシリアが残される。
「あの、ジル…?わたくしもそろそろお暇を…」
そういって立ち上がりかけたところを、手首をつかまれジルベスターの隣に再び座らされる。
「セシリア、今夜はここに。」
そういってジルベスターに抱きしめられる。
「ですが、わたくしの身分はまだ婚約者ですわ。」
そう言うセシリアに、ジルベスターは少し困ったように微笑むと少しだけ腕の力を緩める。
「このことは母上や宰相たちも承知している。仕上げのために今夜は私と一緒にいてほしいんだ。明日にはすべて終わっているから。」
セシリアの頬にそっとジルベスターが触れる。
「もちろん貴女の心の準備ができるまでそういったことはしない。抱きしめて寝るくらいは許してほしいけど…。」
額にキスが落とされる。どう答えたらいいかわからず、セシリアは頬に熱が集まるのがわかった。
「あの…。」
「あまり可愛い顔をしてはダメだ。我慢できなくなってしまう。」
ジルベスターの唇が頬を滑り落ちて、セシリアの唇に柔らかく触れる。何度か唇を合わせたあと、ジルベスターは今度こそセシリアを立たせると、入り口とは違う、大きな扉の方へと誘導した。
そこは王と王妃の寝室だった。大きなベッドや重厚な家具が、ぼんやりとしたろうそくの光だけで照らされていた。セシリアはベッドの端にちょこんと座らされた。かがんだジルベスターが、セシリアの顔を包むように固定し、再びキスをする。
「かわいいセシリア、愛しているよ。」
そういうと彼女をベッドの中に促した。
「今日は疲れただろう。明日はまた忙しいから、今日はゆっくりお休み。」
ジルベスターはそういって上掛けに顔をうずめたセシリアの額にお休みのキスをすると、そのまま隣に潜り、セシリアを抱きこんだ。
(こんなの、眠れないに決まっているじゃない!)
最初は緊張していたセシリアだが、それ以降何もしてくる様子のないジルベスターの暖かさに次第に眠たくなり、ほどなくして寝入ってしまった。
「あまり平和そうに寝られるのも悲しいものなんだが…」
小さくつぶやかれた言葉は夢の中のセシリアには届かなかった。




