女の戦い Final?
夜会も終盤になり、会場の空気も熱が籠ってきた。事前に言っていた通り、ジルベスターはセシリアを離さず、仲睦まじい様子を見せている。
そんな中、セシリアはさっきからチクチクと刺さるような視線を感じていた。視線の先はアデリーナ公爵令嬢だ。セシリアは彼女の視線を流しつつ、貴族たちのあいさつを受けたり、エルフリーデとともに女性たちと話したりしていた。
「セシリア、すまないが最後の仕上げだ。少しそばを離れるが、必ずマルクを近くに置いておいてくれ。絶対に貴女を裏切るようなことはしないから安心していて。」
「はい。仰せのままに。」
セシリアがそういうと、一瞬名残惜しそうな顔をしたジルベスターは、さっと一瞬でその表情を隠すと控えていたイェルクとともに去っていった。行先はアデリーナのもとだ。彼女の顔がきらめくのが遠目にも見えた。少し話をした後、彼女はジルベスターの侍従とともに休憩室の方へ出ていった。
しばらくマルクやエルフリーデたちと談笑していると、侍従から声をかけられた。
「ツェツィーリア様、ジルベスター殿下よりご伝言です。広間の奥の肖像の間におひとりで来てほしいとのことです。」
セシリアがマルクの方に視線を流すとマルクは近衛兵に声をかけられたようで、少し離れたところで話をしているようだった。セシリアはさっと周囲に視線を走らせると、扇を開いて了承する。エルフリーデが何か言いたそうだったが、視線で制した。
「わかりました。では案内を頼みます。」
侍従についていき肖像の間に入ると、侍従はジルベスターを呼ぶからといいおいて出ていった。広間と肖像の間の境界のカーテンを下ろすと、広間の喧騒が遠のく。重たいカーテンによって広間と仕切られた肖像の間はろうそくのひかりのみで薄暗い。2階分の高さの肖像の間は天井が高く、突き当りにある一番大きな肖像は初代リンダブルク国王だ。壁に2段になって歴代の国王の肖像があり、2階部分は絵の手入れをするためのバルコニーが設置されている。セシリアも初めて入るので、興味深くあたりを見回した。一番手前にあるのが現国王陛下だろう。ジルベスターと同じ濃い色の髪をしているが、彼よりもかなり細い印象だ。体が弱いということだったので、美化されたのを差し引いても線の細い人なのだろう。その一つとなりにあるのはジルベスターたちの父親である前国王のようだ。ジルベスターよりもかなりがっしりとした体躯で、立派な髭を生やした壮年の男性が描かれている。なるほど多くの美妃たちを後宮に囲っていただけある、威厳のある王の顔だ。
紅茶をいれたくらいの時間がたったところで、かたりとどこかで音がした。音の方をセシリアが見ると、そこにいつの間にかひとりの少女が立っていた。最低限の手入れも怠っているであろう髪は艶こそないが、きちんと手入れさえすれば美しいピンクブロンドのようだ。
「…あなたは…?」
声を上げようか一瞬迷ったが、重たいカーテンに仕切られて声は届かないだろうと判断し、セシリアは一応声をかけた。
「わたし…?わたしはクラーラ・ヒューン」
「クラーラ?男爵令嬢の?」
「今はまだ男爵だけど、もうすぐわたし、王妃になるのよ。」
顔を上げたクラーラはなるほど大きな若草色の瞳のかわいらしい少女だった。だが彼女は確か貴族牢につながれていたはずだ。
「王妃?なぜ?」
「なぜ?だって、ジル様のお嫁さんになるんだもの。王様の奥さんは王妃様でしょう?」
クラーラは夢見るようにうっとりと胸の前で手を組み言った。こつり、こつりと小さく足音を立てながらクラーラがセシリアの方へ近づいてくる。セシリアと3メートルほど離れたところで彼女は止まった。
「ジルの…?貴女はイエーガー元殿下の恋人だったのではなかったかしら?」
見たところ武器らしきものは持っていないが、一応すぐに逃げられるように体勢を整えなおも話を聞く。おそらくセシリアが肖像の間にいることはすぐにジルベスターに伝えられているはずだ。じきに彼らがここへ来るだろう。彼女が広間に出てしまう方が問題だ。今の彼女は様子がおかしい。
「イエーガー様よりジル様の方が素敵だもの。あんなにジル様がかっこいい男の人だなんて知らなかったの。それに、私がジル様の奥さんになったら、ジル様はイエーガー様を許してくれるわ。そうしたらみんな幸せになれるでしょう?」
なおもクラーラは話し続けているが、夢見るような視線はセシリアを見ているようで見てなかった。
「なぜ貴女がジルと結婚したらイエーガー元殿下を許すと思うの?」
「だって、元はといえば2人はわたしのために争ってしまったのだもの。わたしがジル様と結婚すれば、ジル様は満足でしょう?」
かなり話がおかしい。イエーガー元王太子がいたころはジルベスターはまだ各国を飛び回っており、クラーラとの面識はほとんどないはずだ。
「あなたは可哀想だけど、わたしがいるから身代わりはもういらないの。自分の国に帰って…?わたしがジル様の奥さんになるからもうあなたは要らないの。はあ。可愛いっていうだけでたくさんの男の人たちがわたしを巡って争ってしまう…わたしがこんなにかわいいのが悪いのよね…。」
困ったように小首をかしげて話しているが、言っていることのつじつまが合っていない。やはり人を呼ぶか。そう迷った一瞬、どこからだしたのか、クラーラが小さなナイフのようなものを持ってセシリアの方に走り出した。軽装だからか、もともとの運動能力が高いのか素早い。
「あなたなんかいなくていいのっ」




