長女の出逢い
やっとヒーローの登場です。
結婚を承諾して2ヶ月ほどしてから、王宮にリンダブルグから次期国王が来訪するため、謁見するようにとの通達が来た。セシリアの輿入れまで後ひと月を切っている。
セシリアは朝早くから侍女たちに磨かれ、着飾り、迎えの馬車がやって来るのを待っていた。指定の時間まではまだ時間がある。
暇つぶしに、ピアノが主流の貴族女性の手習にしては珍しいパルティア・ハープを奏でている。
パルティア・ハープは楽団で奏でられるものよりもかなり小さく、リュートと同じくらいのサイズで膝に乗せて弾くことができる。また、大型のハープとは違い、弾きながら歌を歌う曲が多い。遥か遠く西の国の昔の楽器だそうで、セシリアがこれを練習するために、わざわざ父は西の国から講師を呼び寄せて習わせてくれた。
セシリアは心が落ち着かない時にはいつもこのパルティア・ハープを爪弾いていた。
しばらく何も考えず指が動くままにハープを奏でていると、ノックの音が聞こえた。
「どうぞ?」
そういうと同時に扉が開いて、セシリアと同じプラチナブロンドに青い目を持った青年と、燃えるような赤い髪に青い目の少女が入って来た。
「あら、キースにリリー、どうかして?」
2人はセシリアの弟と妹だ。
「いや、用があるわけじゃないよ。ただ、姉さんが落ち着かないみたいだからね。」
「あら、そんなことないわよ?」
「今日はお姉様の結婚相手がいらっしゃるんでしょう?」
「姉さんは何か気になることや緊張すること、嫌なことがあると部屋に篭って、パルティア・ハープを弾き続けるからさ。デビュタントパーティの直前は毎日篭って弾いてたし。」
弟の言葉に図星を突かれ、セシリアは黙った。
キースが侍女に声を掛けるとすぐにお茶の用意が整った。ここに来る前に頼んでいたらしい。
公爵家では紅茶は出ない。過去に巻き込まれた事件により、母が紅茶を受け付けないためだ。
王妃様も同じらしく、この国は紅茶以外のハーブティーやコーヒーも盛んに飲まれる。この習慣は庶民にも広まり、周辺国に比べると、かなり飲み物の幅が広い。
飲み物に合わせた茶器の生産も各地で盛んになり、観光産業の一助となっている。これが偏に愛妻家の父と国王陛下の尽力であると思うと、娘としては少し複雑だ。かくいうセシリアはコーヒーにたっぷりとミルクと砂糖を入れて飲むのがお気に入りで、いつもならコーヒーを飲むところなのだが、この後謁見があるためハーブティーで我慢だ。
「マリッジブルーってやつかな?」
「どうなのかしら?マリッジブルーと言っても、お相手と会ったのはせいぜい一度、しかも親密に話したわけではないし。でも、貴方達とすぐに会えないところに嫁ぐのは寂しいわ…。あと、リンダブルグでコーヒーが飲めるといいんだけど。」
少しだけ強がりを混ぜたが、仲のいい弟妹達はわかっているだろう。隣に座った妹のリリーはセシリアの手をギュ、と握った。
温かさが伝わってくる。
「リンダブルグではまだコーヒーは一般的ではないからね。国内で生産していると言っても、もっぱら輸出用だと聞いたし。旦那様に頼めば飲めるんじゃない?」
「お姉様が悲しむようなことをしたら、リリーがお姉様を助けに行きます!」
まだ幼いが、リリーの真剣な言葉に、セシリアの心も温かくなった。
「そうね、あちらについたらすぐリリーに手紙を書くわ。もしいじめられたら助けに来てね。」
冗談めかして言うが、少し声が震えてしまったかもしれない。
「大丈夫だよ、リリー。姉さんは魔王の娘だから。」
「もう!お兄様!!」
そうして妹のたわいもない不満や弟のツッコミを聞いているうちに迎えの馬車の連絡が来た。
子どもの頃から母に連れられ、通い慣れた城内を歩く。今はリンダブルグからの来客がいるせいか、行き交う人々が慌ただしいように見える。
小規模の謁見で使われる王の間に案内された。
「ロブウェル公爵家、セシリア様です。」
入り口で衛兵が声を上げた。
音もなく扉が開き、緊張しながら作法通り目を伏せながらセシリアは部屋の中央に進む。
「顔をあげよ、セシリア。そなたに客人だ。」
許しを得て顔を上げると、正面に国王陛下、向かって左側に父をはじめとする自国の重鎮、そして右側にリンダブルグからの客人がいた。その中でも1番身分の高い人の位置に、真っ白い塊がいた。
ギョッとしてよく見ると、それは大きな花束だった。花束を抱えている人が見えないほどに巨大だ。白一色なのかと思ったが、よく見ると一輪一輪花の中央にいくにつれて薄いピンクになっている。単色のバラが多い中で珍しいバラだ。
そのままバラの塊がセシリアの方に向かってきた。セシリアは思わず一歩下がってしまったが、失礼にならないよう踏みとどまった。
「この度はありがとうございます。改めて結婚を申し込みに参りました。」
そう言って、ひょこりとバラの向こうから男性の顔が出てきた。チョコレートのような濃茶の髪に金色のような薄い茶色の瞳の精悍な顔だ。声は結構低い。
「リンダブルグ次期国王、ジルベスターです。セシリア嬢、私と結婚していただけませんか?」
精悍な顔に人好きのする笑みを浮かべている。
「…は、はい。謹んでお受けいたします。」
公爵令嬢の意地でなんとかきちんとした礼を返すと、花束を渡された。平均よりわずかに身長の低いセシリアだと、抱えるのが大変だ。
「ありがとうございます。」
「これは最近我が国で作った新しい品種のバラなのです。ツェツィーリアという名がついているんです。」
「え?」
ジルベスターはまだ花束から手を離さない。
「貴方の名前をリンダブルグ語に読み替えた名前なのです。このバラは貴方をイメージして作らせたのですよ」
ふんわりとバラのいい香りがする。それに混ざって、柑橘のような香りが漂う。
と、咳払いが聞こえジルベスターの手が花束から離れた。見なくてもわかる。父から冷気が漏れている。
「せっかく来てくださったのだ、2人で少し話をするといい。」
陛下の気遣いで、その場は解散となりジルベスターとセシリアは普段王族のみが利用する庭園の一角に案内された。人目を気にせずに過ごせるようにとの配慮だろう。
父の顔は見なかったことにした。
途中、気まずくて先ほどのバラの話をした。隣国とは馬を飛ばしても数日掛かる。だがさっきの花束の花は綺麗なままだった。
すると、ジルベスターは恥ずかしそうにはにかみながら、実は土ごと持ってきて、セシリアと会う前に切ったのだと言った。わざわざプロポーズのためだけに薔薇の木を土ごと馬車に乗せて持ってきたというのか。
後ろを歩く侍従がため息をついたのは聞き間違いではないだろう。
セシリアは作り笑いしか出なかった。
パルティア・ハープというのは創作の楽器です。イメージはケルティックハープです。