DEAD OR ALIVE(帰るかどうか、それが問題だ)
お待たせしました!ご感想や誤字脱字のご指摘ありがとうございます。最終回まであと少し、お付き合いください!
セシリアは朝から執務室にこもって書類を片付けていた。いやなことがあると何かに没頭せずにはいられないのはきっと父譲りなのだろう。部屋に軽食を持ってこさせ、つまみながらふとよく母が忙しいときに時折父の執務室へと入り、無理にでも休憩を取らせていたことを思い出した。
(ロブウェル公爵家の両親は特別よね。)
高位貴族であそこまで思いあっている夫婦は珍しいだろう。家に来ていたマナーの家庭教師も、家であれだけ仲睦まじい夫婦はなかなか見ないと言っていた。まぁ父を知る同僚から「ロブウェルはどんな手段を使ってもアレクサンドラ夫人を娶る気だった」と聞いていたし、幸せそうな両親を見て育ったのは私にとっても幸せなことだったと思う。
(自分が想い想われるような結婚ができるかどうかは別だけれども。)
時計を見ると、いつも王女から誘われ、ジルベスターが茶会に行く時間が近づいていた。セシリアは目を細めると、茶会に行く前にジルベスターに目を通してほしい書類を選別し、侍従に持っていかせようと執務机の上の書類の束を手に持った。その時、カカカ…というかすかに何かがこすれる音が聞こえた。
時計でも壊れたのかと机の上の時計を見ると、その向こう側にある本棚を背にジルベスターが立っていた。
「えっ…。」
ドアは開いていなかったはずだ。そうでなくても騎士たちにジルベスターを通さないように言いつけてあった。
「どうしてもセシリアと話がしたくて。すまない、少しこの本棚に仕掛けがあって、隣と行き来できるようにしてあったんだ。」
ジルベスターは嬉しそうなすまなそうな、何とも言えない微笑を浮かべていた。
「何のために…。」
「いつでもセシリアのところに行けるように。お互いに行き来できるようにと思って作らせていたんだ。ここのことは誰も知らない。イェルクにも母上にも知らせていない。どうしてもセシリアに会いたくて。」
「そろそろ王女殿下との茶会の時間です。」
セシリアは冷静に言った。
「今日は断った。」
「ですが、あちらからも妃を立てるなら、交流も必要かと。」
「隣国から妃は娶らない。これは私だけでなく、リンダブルクの総意だ。私の妃は生涯セシリアだけ。」
ジルベスターがまっすぐにセシリアを見ている。何故かセシリアはその金色に輝く目を見ていられず、机の上にその視線を移した。
「そうは言われましても、実際に王女殿下は輿入れと称してリンダブルクに滞在しておりますし、公爵令嬢は…。」
「それは誤解だ!」
意外に大きく響いた声に驚く。ジルベスターはセシリアに近づくと、座ったままだった彼女に覆いかぶさるように抱きしめた。
「あれはあの令嬢が、突然躓いたとか言って私にしがみついてきたのだ。」
「わたくしに言い訳する必要はありません。妾や側室を受け入れるだけの度量と覚悟はあるつもりです。妃にせずとも妾とすることもできましょう。」
「私は父のような男になるつもりはない。私はあなただけを愛しているのだから。」
聞きなれない言葉が聞こえた気がした。
「…あ、い…?」
耳元でささやかれた低い声に、セシリアは思わず問い返してしまった。
「私はずっと前からあなたを知っていたんだ。セシリアが好きで、結婚を申し込んだ。」
「え…?でもお会いしたことがありません…。」
「セシリアは知らなかっただろう。5年近く前だから。あなたが王宮でパルティア・ハープを弾いているのを遠くから見たことがあった。なんて美しい声で優しい音を奏でるのかと。そしてその時に少しだけ見たあなたの美しさに魅せられた。」
少しだけジルベスターの腕の力が緩み、ジルベスターがセシリアと目を合わせた。
「それでそのあと少しだけ調べたんだ。オーラリアの名門公爵家の息女だと。でもその時は結婚なんて全く考えていなかった。あなたはまだ幼かったし、私は兄上の代で絶対に国を混乱させることはしたくなかったから。だから兄上の子が結婚し子を成して継承順位が安定するまでは国外にいようと思ったんだ。
もし私が結婚できる環境になったとしても、あなたはその時にはもうどこかに嫁いでいるだろうし、私の子どもはどうしても王位の邪魔になる。だから継承権が安定したら一代限りの公爵位をもらって一人で生きていこうと思っていたんだ。そんな時、私に王位が回ってきた。できるだけ早く立后するように言われて、一番にあなたが浮かんだ。あなたには婚約者もいなかったし、教養も身分も申し分ない。王妃にするならセシリアしかいないと思って結婚を申し込んだんだ。どうか他の妃などと悲しいことを言わないで欲しい。私には今までもこれからもセシリアひとりだ。」
「ではどうしてずっとわたくしのことをセシリアと…?何故わたくしを受け入れてくれませんの…?」
「それは…。」
そこで少しだけジルベスターは恥ずかしそうに視線を外した。
「その、母が昔言っていたんだ。他国に嫁いだとき、生まれ持った名を変えなくてはいけなくて、それまでの自分がすべてなくなってしまったようでさみしかったと。母は少し離れた国からきたから、この国で新しい名になったから余計そうだったのかもしれない。あなたのご両親が大切につけた名だから、私だけはずっとその名を呼びたいと思ったんだ。」
それがあなたに誤解されるなんて、とジルベスターは困ったように笑ってセシリアを抱きしめなおした。




