苛立ち
途中で視点が変わります。よろしくお願いします。
sideジルベスター
「殿下。ひどいお顔ですよ。」
イェルクは執務室に戻ってきたジルベスターの顔を見るなり言った。
「こう毎日毎日呼び出されるのは不快だ。」
ジルベスターは執務室の椅子に座ると、大きくため息をついた。
「おつかれさん。」
室内には誰もいないので、イェルクの口調が砕けたものになる。ジルベスターがイェルクを促し、向かい側に座った。
「もううんざりだ…」
「とはいえ、代表として来ているから無下にはできないしな。」
「イェルク。そろそろ結婚したい時期だろ…」
「無理いうなよ。侯爵家とはいえ三男だぞ。跡継ぎならともかく、それは無茶だ。それにあんなガツガツした嫁はちょっと…」
「セシリアとの時間が全然取れない…仕事が終わらない…」
「明日は王太后陛下が代わってくださるそうだ。流石に午後の時間を毎日取られるのは厳しいからな。」
使節団をもてなすという体をとるなら、王太后が参加することで問題はないだろう。明らかにこちらに取り入ってこようとする人間の相手をし続けるのは、わずかな時間でもジルベスターの精神を削っていた。
「問題は滞在のひと月の間に、妃として入られることだ。」
「ああ。私に彼女たちを娶る意思がない以上、できるだけ穏便にお帰りいただきたいところだ。」
「だが、向こうもそう簡単には帰ってくれないだろうな。ツェツィーリア様よりも先に子を産めば、アデリーナ嬢を立后せざるを得ない。一応、おかしなものを仕込んだりしないように警戒や毒味はさせているが、最後の一週間は強引な手を使うかもしれない。
諦めて王女を娶るか?」
イェルクが疲れたようにため息をついてジルベスターに提案する。
「私はセシリア以外妃に迎えるつもりはない!
それに、そうでなくとも私の代では現在複数の妃を入れるべきではないのはお前もわかるだろ?セシリアとの間に長く子ができないとしても、側室を入れるのではなく他の継承者の子をもらって育てると母上ともオーラリア側とも取り決めている。」
健全な国の状態であれば側室制度もうまくいくが、現在のリンダブルグでは国を割ることになる。セシリアに婚姻を打診した段階で、オーラリアから提案されるまでもなくリンダブルグ側から打ち出した案だった。
「だよなぁ…。しょうがない!少々えげつないことになるかもしれないが、こっちから少し仕掛けるか。」
イェルクの提案に不穏なものを感じながらも、ジルベスターは聞く姿勢を作ったのだった。
sideセシリア
「ツェツィーリア様?ツェツィーリア様?」
オーラリアから連れて来た腹心の侍女の呼びかけに、セシリアは数瞬遅れて反応した。
「ごめんなさい。なんだったかしら?」
「明日のご予定の確認でございます。明日の王太后陛下主催のお茶会の最終確認をお願いします。」
ジルベスターは、政務の時間を削る隣国の王女たちとのお茶会に辟易し、王太后に助けを求めた。王太后は、その日に女性たちを招いたお茶会を開き、そこに王女と公爵令嬢を招く形を提案したのだ。もちろん、セシリアは主催者として出席、またエルフリーデにも連絡をし、出席するとの返事を得てある。
いくらアンゼルムたちから表に出ないようにと言われていても、ただ待つだけというのはセシリアの性に合わない。国同士の重要なつながりの証としてリンダブルグにきているため、牽制する必要があるだろう。
(もし彼女たちが嫁いでくるにしても、こちらの立場を上にしておくことが大事よね。)
セシリアの中にもやりとしたものが残る。
(ジルベスター殿下は分別のある人だから、あちらに寵を与えたとしても、わたくしを立ててくださるはず。)
モヤモヤとしたものが大きくなる。
「ジルベスター殿下は執務室においでかしら。」
「いえ。また隣国の王女殿下に呼ばれたようです。」
「そう。」
最近毎日のようにジルベスターは王女たちに呼ばれていて執務の時間が伸び、セシリアと過ごす時間が減っている。周りからの報告ではジルベスターがあの公爵令嬢と懇意にしているとの情報は未だないが、心の中まではわからない。
(殿下も男性ですもの。豊満な女性がお好きかもしれないし、より若い王女のような女性がお好きかも…)
「ツェツィーリア様、明日のドレスはジルベスター殿下より贈って戴いたこちらでよろしいですか?」
侍女が出してきたのは、金色の薄い布をたくさん重ねふんわりとしたシルエットのドレスだった。胸元と裾の刺繍糸はセシリアの瞳と同じ青だ。大きくV字に胸の布が切られているが、首元まで刺繍のついた薄い布で覆われて肌が見えないため、露出は多くない。袖口はふんわりとしたパフスリーブになっていて、セシリアの華奢な体をより細く見せる。一緒に送られてきたアクセサリーは大きなアクアマリンを大胆に加工したイヤリングと髪飾りだ。手首には先日贈られた腕輪をつけることにしている。
「ええ。ありがとう。」
「ではこのドレスでご用意いたします。」
「よろしくね。」
侍女は頭を下げ、そのままドレスを衣装室に持っていった。
(殿下方がどのように収めるのかはわからないけれど、最悪わたくしが側室になるかもしれないわね。)
その場合、静かに冷気を吹き出し怒り狂う父の顔が目に見えるようで、モヤモヤと一緒にその光景をため息で吐き出した。
「ツェツィーリア様。ジルベスター殿下がお越しです。お会いになりますか?」
ちょうどいいタイミングでの来訪に、セシリアはもう一度小さく息を吐き、了承した。
「セシリア!会いたかった!」
入ってきたジルベスターにふわりと抱きしめられた。
「殿下。お時間はよろしかったのですか?」
「セシリア、違うだろう?」
「…ジル…」
少しだけ腕に強く力が込められた。
「イェルクが少し時間を空けたから大丈夫だ。セシリアを補給しないと。」
(そういえば、ジルベスター殿下はずっとわたくしのことを「セシリア」と呼んでいる。最初からずっとわたくしと線をひいていたのかしら。)
セシリアは珍しくそっとジルベスターの背に腕を回した。
「セシリア?!」
「ジルは…わたくしをセシリアと呼ぶのですね…」
ジルベスターが息を飲むのがわかった。
「殿下!お時間ですよ!」
乗り込んできたイェルクがジルベスターを問答無用で連行していき、答えは聞けなかった。
(まだまだわたくしはここでは異物だものね…)
セシリアは少しだけ目が潤むのを止められなかった。
sideエルフリーデ
エルフリーデは王太后主催のお茶会に出席していた。セシリアに忠誠を誓った者として、セシリアが出席する茶会には必ず出る。
(婚約者が侯爵家の後継でよかったわ。嫁いだ後もツェツィーリア様のおそばにいられるもの。)
そのフロレンツはもともとは王家との中立派の家柄だったが、エルフリーデの関係者ということで、王宮への出仕の打診が来ていた。ご丁寧に学園時代の成績も調べたらしい。一存では決められないとして、彼は返事を保留していたが、エルフリーデに甘い彼のことだ。おそらく受けることになるだろう。
(それと、隣国の使節団。)
エルフリーデはそっと隣国の王女と公爵令嬢を見た。女性同士の親睦を深めるという名目で2人が招待されていた。王女は可愛いらしいパステルピンクのドレス、公爵令嬢はそこまで露出の多くない黄色のマーメイドラインのドレスだ。誰の目から見てもジルベスターを意識した色であり、胸元には「さる高貴な御方からいただいた」というアンバーの首飾りが煌めいている。
(先入観を持ち過ぎるのは良くないことなんだけど、どうしても思い出すよね…)
エルフリーデの頭の中を男爵令嬢の顔がよぎった。彼女もよくああして元王太子の瞳と同じような色のドレスを着て見せびらかすようにいちゃついていた。
エルフリーデの気持ちとしては、公爵令嬢にはすぐにでもおかえりいただきたいのだが、使節団である以上そういうわけにもいくまい。その上ジルベスターの妃に居座られでもしたら悪夢の再来だ。男爵令嬢のようにあちこちの男性に粉をかけることはないだろうが、彼女が1人でも子を産めば隣国の影響力が出てきてしまう。彼女には穏便にお帰りいただくため、エルフリーデも少し動いていた。学生時代のお友達である男爵令嬢や子爵令嬢が何人か、卒業後に行儀見習いとして王城で働いている。母の協力のもと彼女たちを通して、エルフリーデは城内の様子を把握し、セシリアに有利なように情報を操作していた。貴族女性の情報網は速く、広い。そして、城内で働く下位貴族の女性たちはある種の密偵に近いのだ。特にエルフリーデのお友達は、男爵令嬢の被害にあった女性たちで、エルフリーデに恩を感じてくれている。強制はしていないが、自主的にエルフリーデのために動いてくれているのだ。
エルフリーデ自身はセシリアのために動く。今日も、女性たちを味方につけるべく、暗躍するのだ。
(わたくし、こういうこと大好きだったみたい。)
扇の向こうで小さく笑うと、エルフリーデはセシリアの方に歩き出した。
「ご機嫌麗しゅうございます。エルフリーデ。」
「お招きいただきありがとうございます。」
エルフリーデはセシリアに頭を下げた。セシリアは友人と言ってくれるが、2人の間には身分差があり、こう言った公式の場ではきちんとしなければならない。エルフリーデとセシリアが合流すると、すぐに女性たちの輪ができた。程よく話題が切れたところで、エルフリーデが口を開く。
「まあ、ツェツィーリア様。とても素敵な腕輪ですわ。」
「ええ。ありがとう。ジルベスター殿下にいただいたのです。」
周りの女性たちから歓声が上がる。
「とても変わった宝石ですのね!まるでお二人の瞳のお色ですわ。」
そう言って、エルフリーデはセシリアが周りの女性たちに腕輪を見せるよう誘導する。女性たちは口々にその腕輪を称賛した。お世辞を抜きにしても、その腕輪は世界で他にないほど精緻で美しかった。
「殿下が一つの石を二つにして、それぞれ腕輪にしてくださいましたの。一つをわたくしに、もう一つは殿下がお持ちなのです。」
「素敵ですわね!わたくしも婚約者にお願いして揃いの腕輪を作ってもらおうかしら。」
エルフリーデがそういえば、周りも口々に賛同していく。女性は常に高貴な方の新しい話題を求めているのだ。それがロマンチックであるほどに話題は大きくなる。
(これで公爵令嬢が多少話題に上っても、こちらの話題で掻き消せるし、ツェツィーリア様たちの仲の良さも広まる。)
火のついた女性たちは次々に腕輪を見ては称賛している。
(後はこのまま隣国に諦めて帰ってくれればいいけど。)
エルフリーデはセシリアの幸せを願っているのだ。




