傾向と対策
間が空いて申し訳ありません。よろしくお願いします。
夜会の翌日、いつものようにやることは多いが、緊急事態がないため気持ちは楽だ。ジルベスターはセシリア、イェルク、アンゼルム、マルク、宰相を呼んだ。使節団に関する件だ。
「昨日の様子を見る限り、王女と公爵令嬢は実質的には側室になるべくこちらに来たようだな。セシリアよりも王女の方が身分が高いから王女を正妃にすげ替えるつもりか。」
不快そうなジルベスターの言葉に、イェルクが応えた。
「そのようです。王女が幼すぎると断られたら代わりに公爵令嬢で籠絡し、王子を産ませるつもりなのかもしれません。昨日の夜会でも多くの貴族と接触し、情報を集めようとしていました。」
「わたくしの情報網によると、公爵令嬢はもともと子爵家の出身で、美貌を買われて遠縁の公爵家に引き取られたようです。政略結婚のために引き取られたようですわ。王女の方は、身分の高い側室の子ですが、さすがにまだ幼すぎ、結婚しにリンダブルグに行くようにとだけ言われたようです。」
「隣国になびきそうな貴族はいるか?」
最後のジルベスターの問いに、マルクが答えた。
「少なくとも、高位貴族の中には恐らくおりません。ここに来て、立后に関して国を割りたい者はおりませんので。国内からの候補ならともかく、貴族たちの中で、他国同士の妃で寵を争うことの愚かさを理解していない痴れ者はおりますまい。」
「平常時であればなびく有力貴族もありましょうが、時が悪すぎますね。」
皆が宰相のその言葉に頷いた。貴族たちの理性もしっかりしているようで何よりだ。そもそも国を割りたがるような輩はすでに粛清済みなのだが。
「では引き続き、暗部に使節団を監視させる。あちらがどこまでやってくるかわからないが、今隣国との戦争は悪手だ。」
「ええ。あちらが原因の騒動なので、義はこちらにありますが、いたずらに民を疲弊させる必要はないでしょう。」
「では、わたくしももう少し探りを入れます。」
セシリアの台詞に、アンゼルムが少し考える仕草をした。
「ツェツィーリア様。今回は我々にお任せいただけませんか?」
「え?」
セシリアは珍しく素で驚いた。
「ツェツィーリア様はまだ、立場的にはオーラリアから来た婚約者です。あちらが強行策を取り、億が一にでも思惑通りに行った場合、ツェツィーリア様が大きく関わったとなると問題が大きくなってしまいます。」
アンゼルムの冷静な指摘に、男性陣はしばし思案し、セシリアは衝撃を受けた。
(もうずっとこの国にいた気がしたけれど、わたくしの立場は他国のいち公爵令嬢に過ぎなかったわね…)
なんだか少しだけ仲間外れなようで寂しかった。
「セシリア、アンゼルムはセシリアのことを心配しているんだ。」
「はい。臣下一同、立后されるのはツェツィーリア様であることを望んでおります。ですが、ツェツィーリア様が未だ他国の公爵令嬢であらせられるのもまた事実。この問題には我々が対処することが最善かと。もちろんツェツィーリア様にもご報告いたします。ご不快にさせて申し訳ありません。」
「しかし、ローザ嬢のことといい、今回のことといい、少々隣国はリンダブルグを舐めておるようですな。痛い目を見せた方が良いでしょう。」
そろそろ60になろうという宰相は、今までセシリアが見た中で一番悪い顔をしていた。それは父が宰相として見せるときの顔に似ていた。後宮に愛憎ひしめく頃よりこの国を支え、政務を思うようにできない国王の時も国を土台から守ってきた猛者である。
「かしこまりました。ではこの問題はお任せしますわ。」
セシリアは優雅に微笑んだ。
「万が一にもセシリア以外を娶るなんてありえない!手っ取り早くあちらがすげ替えをねらうなら、いっそセシリアが孕「おぉっと手がすべったぁ!」」
途中でイェルクが素早くポケットから何かを出してジルベスターに投げた。ひょいと軽い仕草でそれをジルベスターが避ける。彼の後ろの壁に、銀色の小さなナイフのようなものが刺さった。
「ツェツィーリア様!あとは我々にお任せいただき、隣室でお休みください!」
イェルクが流れるように侍女を呼び、セシリアを執務室から出し、隣室に飲み物とお菓子を用意するよう指示を出した。
隣室から「セシリア!渡したいものがあるから隣室にいてくれ!」というジルベスターの声と、何かが2、3回壁に刺さるような音がした。
(服の中からナイフが出てきた??)
セシリアの頭の中に疑問が浮かんだが、側近だからジルベスターを守る訓練もしているのだろうと、1人納得した。
しばらくコーヒーを楽しんでいると、ジルベスターが部屋にやってきた。いつもの通り、セシリアにピタリと寄り添って座る。すぐにジルベスターにも飲み物が出された。もはや侍女も護衛も慣れたものだ。
「セシリア、待たせてすまなかった。」
「いいえ。今は急ぎのものもありませんし、ミュラ産のコーヒーが手に入りましたので、楽しませていただきました。」
にこりと笑いかけると、ジルベスターからも甘い笑みが返ってきた。ジルベスターが侍女たちに合図すると彼らは部屋の外に出ていく。これも普通の婚約者なら眉をひそめられることだが、結婚式の日取りも決まっており、ジルベスターの溺愛っぷりを知る城内ではもはや何も言われない。
「ところで、わたくしに渡したいものとは?」
セシリアが先ほどジルベスターが言っていたことを思い出す。
「セシリア、目をつぶってくれないか?」
セシリアは小さく首を傾げたが、言われた通り目を瞑った。手首に冷たいものがかけられた。
「目を開けてもよろしいですか?」
「ああ。」
そっと目を開けるとセシリアの手首には繊細な飾りの腕輪がついていた。
「これは…」
セシリアはそれきり言葉が出なかった。腕輪は細く、華奢な作りになっている。だが、中央に大きな石があしらわれていた。その石は世にも珍しい、黄色と青色が中心で混じり合ったものだった。
「綺麗…」
セシリアの目はその石から離れなかった。こんな宝石は見たことがなかった。
「セシリアが輿入れの際に通った街の伯爵から献上されたんだ。あのあとすぐに領内の鉱山から見つかったそうだ。」
「こんな素晴らしいものをいただいてよろしいのですか?」
「もちろん。まるで私たちの瞳のような色だからと、感謝の証に伯爵にぜひにと言われたんだ。」
思わぬプレゼントに逆にセシリアの方が戸惑ってしまった。
「いや、あなたのおかげだ。この国はここのところずっと経済が停滞していた。だが、貴方が顔を見せながら輿入れしてくれたおかげで、通り道が観光名所になっている。」
「まあ。そうでしたの。」
実際には商魂たくましい伯爵とその領民たちは、セシリアが通った道沿いで、宿泊した場所や馬車から降りた場所に札を立て、大々的に宣伝していた。そこでしか買えないその場にいるセシリアのポストカードを絵師たちが寝ずに量産し、飛ぶように売れている。全て集めると記念品までもらえるそうだ。また、セシリアとジルベスターが共に馬に乗る様子も描かれ、これもまた売れに売れている。
当初ジルベスターはその話に難色を示したのだが、「局所でも経済が動くならいいではありませんか。どの絵も絵師の腕により少しずつ顔つきも違いますし、掌の大きさですから細かい顔の作りもはっきりしませんし。」とのイェルクの取りなしでしぶしぶ了承した。だが、その絵師たちによる顔の違いがいいと、何枚も違う絵師の絵を買っていく観光客も多く、国中から絵師たちが夢を求めて伯爵領に集まってきていた。税収が増えている伯爵は笑いが止まらないだろう。うまい商売を考えたものだと宰相も感心していた。
「それにほら。」
ジルベスターは自分の袖を少しまくってみせた。そこにはセシリアと同じ意匠の同じ石のはまった腕輪がはめてあった。
「1つを割って、2つの腕輪にさせたんだ。私と、セシリアの色が綺麗に混ざり合っていてとても美しいだろう?首飾りでもよかったのだが、セシリアにはいずれ王妃の首飾りが譲られるから、腕輪にしたんだ。」
そう言ってセシリアの前髪に小さくキスを落とす。セシリアもふんわりと微笑んだ。
「はい。ありがとうございます。大切にします。」
そのままセシリアは感極まった様子のジルベスターにぎゅうぎゅう抱きしめられ、それはイェルクが部屋に乗り込んでくるまで続いた。
「やっとあれ、渡せたのか…」
「そのようですね。」
「無事に完成してよかった…休憩時間や隙間時間のたびにやれ何に加工するのがいいのかやら、どんな意匠がツェツィーリア様に似合うかやら死ぬほどこだわり抜いていたからな…やっと解放された…」
「イェルク殿もすぐに別の人物に振ってしまえば良いのですよ。いちいち相手にしていたらきりがありません。」
「私などすぐにツェツィーリア様付きの侍女を向かわせました。」
「私は王太后陛下に。」
「だからみんな俺に哀れみの目を向けていたのか!」
「やっとお気づきになりましたか。あの腕輪に散々殿下が悩んでいたのは、いまでは城中の者が知っていますし。全部律儀に聞いていらしたのはイェルク殿だけかと。ああ、侍女と王太后陛下は楽しそうでいらっしゃいました。」
「はぁ…アンゼルム…マルク…早く言ってくれ…」
書きあがれば明日の18時にまたアップします。




