宰相閣下の調査報告
まだヒーローでません。説明回です。このあと19時にもう一話公開します。やっとヒーロー登場です。
「失礼致します。ロブウェルです。」
宰相であるディミトリアス・ローラン・ロブウェルが国王の執務室に入ると、そこには既に国王と外務大臣がいた。人払いを済ませると、おもむろに国王が口を開いた。
「では、外務大臣。リンダブルグとの折衝結果を。」
国王はディミトリアスよりも若く、まだ即位して数年だ。だが、大局を見る目があり、若さゆえの柔軟性もあるため、国民の人気が高かった。
王太子当時、王族の数が少なかった王室でより公務を多く行うため、国王が早く退位し、上国王として、王太子ではできない公務を執り行うことを提案したのは彼であった。
また愛妻家でもあり、側室は取らず、後宮にはエリザベート王妃のみであることが知られている。結婚当初、側室を早く決めるようにとの奏上に、「王族が足りないならエリザベートがたくさん産むから大丈夫」と言い放ったのは王宮中が知る逸話だ。
有言実行とばかりに現在国王には11人の子がおり、次代は安泰であった。最後の子供達が三つ子で、王妃が生死の境を彷徨ったため、子供はもう作らないと言っていたが、愛妻家の国王なので、しばらくしたらまた子供ができるかもしれない。
「はい。概ねこちらの要求は受け入れられました。あちらの要求としては、できるだけ早くセシリア嬢に入国してもらい、1年後を目処に結婚式を挙げたいと。」
「要求というと、あれか。よく受け入れられたな…」
国王が呆れたように呟いた。
こちらの要求は、ロブウェル公爵家の侍女と影を数人セシリアの子飼いとして受け入れること、セシリア本人に忠誠を誓う騎士たちをつけるという、およそ他国との婚姻ではあり得ない条件だった。もちろん、セシリア本人に忠誠を誓うといっても、セシリアやこれから生まれるであろう子供たちの警護が主になるが、輿入れに際し他国の騎士まで受け入れると言うのはなかなかない。
これはもし、政情不安の真っ只中のリンダブルグで、セシリアを排除する動きが起きた時への牽制でもあり保険でもあった。ディミトリアスが娘のために絶対に譲らなかった。
これでこちらからの条件はほぼ全てあちらが受け入れたことになる。なぜそこまで隣国の公爵家の娘を欲しがるのか。
「わかった。ロブウェルの方の、隣国の内情はどうだ?」
「できうる限り詳細に調べましたが、資料には残せませんので口頭のみとなります。
過去の王位継承による争いで王族は数を極端に減らし、現在存命なのは、王太后、現国王、王弟、王太子のみです。
ただし、現国王はこの時に暗殺されかけた後遺症で、子は1人しか残せず、健康に不安が残っていました。王妃が亡くなってから、ここ一年ほどはほとんど表に出てこず、床から離れられないようです。
それで、早めに王太子に譲位するよう、幼い頃から決まっていた婚約者との結婚と共に、来年即位の予定で調整していました。」
「そう言えば即位式の招待が来ていたな。」
「ええ。そして、その王太子の婚約者というのが王妃の姪であった公爵令嬢でした。王立学園に在籍していた王太子は、そこで出会った男爵令嬢に籠絡され、男爵令嬢を王妃にするため、公爵令嬢を罠にかけ公衆の面前で婚約破棄を宣言したそうです。」
ディミトリアスが一度言葉を切ると、国王と外務大臣は互いに呆れた顔を見合わせた。
「まるで娘が最近のめり込んでいる、恋愛小説とやらではないか。」
「ええ正に。その男爵令嬢には他にも懇意にしていた上位貴族の令息が複数おり、多人数で公爵令嬢1人を弾劾したそうです。その上、公爵令嬢はそのショックで世を儚んで公爵家のバルコニーから飛び降りました。生きてはいますがかなりの怪我で、もう表に出てくることはないでしょう。公爵家の一人娘で、幼い頃から王太子妃になるべく大切に育てられていたようですね。
結局公爵令嬢の無実は証明されましたが、学園内の卒業パーティーでの出来事で、国内の多くの貴族の面前だったため、もみ消しができず、他にも余罪が露見したため王太子は廃嫡となりました。」
「想像がつくが、余罪とは?」
「国庫からの金品の持ち出し、書類の偽造、学園内での証言などの捏造、恋人の男爵家への便宜です。代々王妃が受け継ぐはずの宝玉を男爵令嬢に与えていました。また、男爵令嬢に関しては、学園内の風紀を乱し、王太子をはじめとした高位貴族の令息に贅沢品を強請り、実家の男爵家を優遇するようにしていたようです。」
国王は行儀悪く頬杖をついた。外務大臣は開いた口が塞がらないようだ。
「本当にキャスが読んでいる小説のようだな…」
「また、王太子の母である側室も、王妃の息がかかった公爵令嬢を疎ましく思っており、王太子に加担、更には昨年の王妃の病死についても関わっているようです。
現在、元王太子は幽閉されており、加担した貴族家は軒並み謹慎および蟄居、男爵令嬢は男爵と共に国家反逆罪で牢に捕らえられ、余罪を調べているとのことです。
男爵令嬢に籠絡された元王太子の側近たちは、皆国の重鎮の子息でしたから、要職の人物が数多く謹慎になっており、かなり混乱しているようです。王弟がたまたま建国祭前で国内にいたからこれくらいで済んでいますが、もし王弟が外遊中だったら混乱はこの比ではなかったでしょう。」
「王弟は確かなかなかに立ち回りのうまい、いい腕の外交官だったな。」
「何やら後始末をする王弟殿下が気の毒ですな…」
非公式の場なので、外務大臣から王弟への同情が口をついた。他の2人も同感である。
二代続けて不祥事を起こした王室は、急速に求心力を失った。更に、公爵令嬢が無実の罪で断罪されたため、公爵家に近い貴族からは距離を置かれ、次代を期待されていた令息達は男爵令嬢に籠絡され、その親兄弟や親族は、責任を取って要職から退いたため王妃を出せない。範囲を広げてみたとしても、公爵令嬢の後、自ら娘を差し出したい家は野心がありすぎた。
本来なら結束を強めるため、国内から王妃を輩出すべきだが、有望な令嬢を出せる家がほとんどなくなってしまったのだ。
「それでどうしてもオーラリアの真珠が欲しいという訳か。」
オーラリアの真珠とはセシリアのことだ。社交デビューではその美しさで会場中の視線と話題を独占し、その名はそこにいた詩人たちによって近隣諸国に広まった。名門中の名門出身であり、美しく、更に教養も深いとあって、国内中から引く手数多なのだ。
また、王妃エリザベートのお気に入りとの噂で、王太子とも幼なじみであり、王女の学友として王宮に度々招かれては王太子妃教育を受けていた。
国王の立場で言えば、セシリアのことは幼い頃から知る子供として以上に心配していた。
ロブウェルの美貌を余すことなく受け継いだ傾国の美女ともいうべき彼女は、自身の意思に関わらず、人の目を引いてしまう。その血筋と美貌で、並の貴族家に嫁入りすることはトラブルの元にすらなるだろう。現に、彼女と共にリンダブルグに移る騎士を募集したところ、腕に覚えのある騎士たちがこぞって志願し、総当たりの勝ち抜き戦になったほどだ。中には近衛兵や騎士団の要職までいた。
彼女のためにも国のためにも、セシリアを息子である王太子に嫁がせることが最善だと思われた。
しかし、友好の証に他国の王族に嫁ぐのであれば不満も出にくい。それも条件は自国に有利だ。
セシリアが他国に行くのは勿体無いが、納まりとしてはいいだろう。リンダブルグに行っても苦労しないように、まさかと思えるような要求も呑ませた。
細々したところは、ロブウェルが万事整えているだろうし、セシリア本人も経験不足は否めないが、聡明で勘のいい子だ。きっとうまくやるだろう。リンダブルグにしても、ここまでして手に入れる王妃を冷遇するようなこともあるまい。
「本来なら数年の婚約期間を置くところだが、あちらの事情を考えて、2ヶ月後を目安に行かせよう。」
国王の言葉にディミトリアスは盛大に顔をしかめたが、何も言うことなく頭を下げた。
そして内密な話を終えた次の日、「セシリア嬢に直接プロポーズしに伺う」と言う内容の書簡が届き、王宮が慌ただしくなる。