落ち着いて
「レヴィ!」
セシリアを支えたのはレヴィだった。
「セシリアさ「セシリア!!」」
あっという間にこちらにやってきたジルベスターが、レヴィの腕からひったくるようようにセシリアを奪い取る。ローザは後から来た女性騎士に連れられていく。
ジルベスターは背骨が折れそうなくらい強くセシリアを抱きしめる。
「よかった!どうやって逃げてきたんだ?」
腰から半分に折れそうな強さで息が苦しい。
「殿下、ツェツィーリア様が折れてしまいます。それとこちらを。馬車の用意もできておりますので、そちらに移動してからにしてください。」
そういって、チョコレート色の髪の男性がセシリアに毛布を差し出した。彼はジルベスターに仕える政務官のマルクだと名乗った。
そういえばとセシリアがイェーガーのことを思い出した。
「殿下、中にイェーガー元王太子がおりました。ちょっとお怪我なさってまして…」
それを聞いて、騎士たちが入っていく。
「イェーガーと同じ牢にいたのか!」
「同じ牢というか、暴漢になり下がったと申しますか…まぁ、彼は自ら進んで逃げてきたそうですから。」
そこで初めてセシリアのドレスが破かれていることに気付いたようだ。毛布でセシリアを包むと無言になって馬車へと抱いていった。近くの騎士にイェーガーを罪人の牢に連行し、何かあったら馬車の中に声をかけるようにと言いつけて馬車の中に入る。
ジルベスターはセシリアを抱いたまま馬車の中に腰掛けた。
「殿下?」
「殿下じゃないだろう?」
「ジル…?」
「何をされた?」
「…え?」
「奴に何をされた!」
思ったより心配をかけてしまったらしい。
「何もされておりません。ドレスとコルセットの紐は切られましたが、指を折って顔に唐辛子液をかけてやりましたの。」
目を見てきっぱりとそう言うと、今度はジルベスターが大きく目を開いた。
「縄も素人が結んだようですぐに解けましたし、痺れ薬を仕込んだ髪飾りもありましたし。」
そう笑顔で言ってやると、またジルベスターに強く抱きこまれた。
「私の婚約者は勇ましいな…。髪飾りといい、唐辛子液といい、恐ろしいものを持っている。」
「ええ。ですから大丈夫ですわ。」
「でも、怖かっただろう…震えている…」
いつのまにか体が小さく震えていた。
「もう大丈夫だ。ここは安全だから。よくローザ嬢も守ってくれた。」
そう言われた途端、ぽろりとセシリアの目から涙が溢れた。
そうだ。いくら武器をもっていても、本当に誘拐され襲われかけたのははじめてで。でも、ローザもいて自分が恐怖に震えるわけにはいかなかった。
一度溢れた涙は次々と頬を濡らしていく。
ジルベスターが目尻に何度もキスを落とした。
涙が止まった頃、柔らかく唇を啄まれた。そして温かい腕に抱かれているうちに、セシリアはいつの間にか夢の中に旅立ってしまった。
ガタリと大きく馬車が揺れ、セシリアは覚醒した。いつのまにか寝ていたらしい。馬車内の長椅子に足を投げ出すようにして凭れているジルベスターに体を預けるようにして眠っていたようだ。
体を起こそうとしたが、毛布でぐるぐるに巻かれた状態では上手くいかなかった。
ジルベスターも珍しくあどけない顔で眠っている。よく見れば、目の下には隈ができ、いつもはぴしりと後ろに撫で付けられている黒に近い濃茶の髪は、乱れて前髪が顔に流れている。
(海難事故に高潮、東側の異変に加えてこれですものね。忙しい時に申し訳なかったわ。)
幸いセシリアはぐっすりと眠ってしまったので疲れは取れている。ほんの少しだけ体を上にずらすと、さっきジルベスターにされたように、彼の目尻に沿ったキスを落とした。
(少しでも彼の疲れが取れますように。)
そして馬車の心地よい揺れとジルベスターの温かさに、再びセシリアは体をジルベスターに預け目を閉じた。
城に戻れたのは深夜だった。それにも関わらず、騎士どころか、王太后までもセシリアを出迎えてくれた。ローザはアンゼルムに連れられて公爵邸に戻ったらしく、ほっと息をついた。
「ああ、ツェツィーリア。無事でよかった。怪我はありませんか?湯を用意させてありますから、ゆっくり入っていらっしゃい。」
目を潤ませた王太后に言われジルベスターごと抱きしめられる。思った以上に王太后にも心配をさせてしまったらしい。ありがたい言葉だと思いながら、ジルベスターに降ろして欲しいと頼んだが、離さないと言われてしまい、王太后にも取りなされて彼に抱かれたまま浴室に向かった。さすがにセシリアの部屋の前で侍女たちに立ち塞がられしぶしぶ彼女を降ろしたが、湯浴みを終えて簡素なドレスに着替えると、部屋の外で同じく湯浴みを終えたジルベスターが待ち構えていて、そのままジルベスターの部屋に連れて行かれてしまった。
ジルベスターが不在の間、イェルクと王太后が執務を代わっていたようで、朝食が終わったらジルベスターと交代することになっているそうだ。
たっぷり眠ってしまい、眠気のこないセシリアは、ジルベスターに請われ、パルティア・ハープを聴かせることになった。
侍女が淹れてくれたハーブティーを飲みながら短い曲や、子どもの歌う歌を何曲か弾く。
合間にはジルベスターと話をし、また弾いては曲が終わるとたわいのない話をした。
それは朝食のために侍従が呼びに来るまで続いた。
お前かよ!っていうツッコミが欲しかった。まあ、大将を先頭にはさせないよね




