敵陣にて3
ランキングに入れていただきありがとうございます!たくさんの方に読んでいただいて感謝しております。
本日は20時にもう一話あげたいと思います。
レヴィの話ではもう日が昇っているはずなのに牢の中は薄暗く湿っぽい。レヴィがいなくなってセシリアは、ローザに寄り添うようにして床に座っていた。一応中にはイスと粗末な寝床があったが、どちらも埃っぽくて使う気にはならなかった。
どれくらい時間がたったかはわからないが、体感で数時間といったところか。そう思い、一度2人は手を自由にしてローザの猿ぐつわを取ると、レヴィに渡されたわずかな水でのどを潤した。食事のトレイには何が入っているのかわからないので、口に入れたくなかったのだ。
「不自由なことをさせてごめんなさい。」
「いいえ、大丈夫です。わたしが、こんな風でなかったら…。」
「違うわ。こんなことをしでかした者たちが悪いのであって、ローザ様には何の落ち度もありません。レヴィの言う通りなら、そろそろ救援が到着するでしょうが、もしかしたら様子を見ることもあって夕方まで待つかもしれません。もしもその前に何かされるようなら、その髪飾りでぶすりとやってしまいましょう。」
」
そういうと少しだけローザの表情が緩んだ。猿ぐつわにしても、セシリアは別にローザに恨みがあるわけでもないので、長時間噛ませるのは気の毒だ。そう思って、日が陰ってきて、救出作戦にいい時間になったらもう一度、といったのだが、ローザは誰が来るかわからない、いざという時に妨げになりたくないともう一度ハンカチを縛るようにセシリアに頼んだ。
「外に無事に出られたら、わたくしたちをこんな目に合わせた者たちの口に白いハンカチを詰め込んでやりましょう。」
今度はローザも力強くうなずいた。
それからまた2人でより添うように座り時を待つ。わずかに開いた明り取りの窓から、午後の日差しが感じられる。もうじき太陽が沈むだろう。
(なぜならず者たちはここから動かないのかしら。逃げるなら一刻も早く国境を超えるはず。いつまでもぐずぐずしていたらつかまってしまうかもしれないのに。それとも何かを待っている…?)
コツコツと靴の音がして、また誰かが牢にやってきたことがわかる。ローザがさっと体を固くした。まだとらわれているかのように、2人はゆるく縄を手首に巻いた。
「ローザ様、もし私が何かされても、まずはご自分が逃げることを考えて。わたくし多少のことなら反撃できますから。」
そうセシリアはささやき、ローザの前に体をずらした。
「久しいな、ローザ。それと2人で会うのは初めてだな、オーラリアの真珠殿?」
そういってやってきたのはイェーガー元王太子だった。ローザが荒い息を吐いているが、悲鳴は抑えられたようだ。イェーガーは牢の鍵を開けて中に入ってきた。
「おっと逃げようと思うな?入口のところに見張りがいるから、ここを出ても逃げることはできないぞ。」
「貴方も連れてこられたのではなかったの?」
「あんな幽閉塔にいつまでもいられるものか。私は次期国王だぞ。」
「廃嫡されたのでしょう?」
「違う!ジルベスターに王位を簒奪されたのだ!正統なる王は私だ!」
突然イェーガーが激高した。殴られでもするかと体を固くしたが、すぐに落ち着いたようだ。
「それで、正当な王位継承者のあなたが、わたくしやローザ様に何の御用がありますの?」
それが今の最大の疑問だ。
「私がつつがなく王位を継ぐために、オーラリアの真珠があればうるさいやつらも黙るだろう?クラーラはかわいそうだが側室にしよう。王妃の責務はそなたが負えばよい。私にそなたを奪われ悔しがるジルベスターが今から楽しみだ!」
何というとんでも理論。だが、これでセシリアが連れてこられた理由がわかった。
「それで、ローザ様は?」
イェーガーの目がセシリアの後ろにいるローザに向く。
「そいつは体を壊して傷物になってしまったのだろう?そんなつまらないだけのものでも欲しいという物好きがいるからな。手土産だ。どうせ公爵家のごみになったのだから、引き取り先ができたことに感謝してほしいくらいだ。足が使えないなら逃げられもしないだろう。」
自分が引き金であるにもかかわらず、あまりの言い草に吐き気がする。後ろのローザの呼吸に嗚咽のようなものが混じる。それでも何とか悲鳴は抑えられている。
「それで、ここへは何をしに?」
「夜ここを出るまでやることもないのでな。そなたの身体に私を教えてやろう。」
にやりと下卑た笑みをこぼす。この男はこんなに醜悪な顔で笑う男だったのか。
「どうせ奴は規定を守って手を出してはいないのだろう?あんな男では味わわせてやれない楽しみを、私直々に教えてやろう。そのあとはローザだ。婚約者だったときは周りがうるさくて何もできなかったからな。」
(この下種が…)
心の中で吐き捨てる。
ふと一瞬明り取りの窓からの光が陰った。連続して数回それが起こる。かすかに悲鳴のような声も聞こえる。悦に入っているこの男には聞こえていないのだろう。
(救援がきたか、外が混乱している。)
イェーガーは乱暴にセシリアの腕をつかむと、粗末な寝台に押し付けられた。今にも叫びだしそうなローザに小さく首を振って、振りかえり、キッとイェーガーを睨みつける。
「お前の美しさは他国にも聞こえてきていた。本物は女神もかくやという美しさだな。強がれるのも今のうちだ。終わるころには私無しではいられなくなる。」
イェーガーはどこから取り出したのか、小さなナイフでドレスを縛っている紐を切っていく。コルセットの紐も切ると、ナイフを寝台の下に落としセシリアを後ろから抱きしめるように胸に手をかけた。
(今よ)
緩んでいる縄から腕を抜き胸の上にあるイェーガーの小指を思いっきり握る。ごきりといやな感触がしたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「いたっ」
イェーガーがひるんだところを、隠しポケットから出した唐辛子液を顔に向けて浴びせる。
「ぐあぁぁぁ!目が!」
痛みにのた打ち回るイェーガーの脇をすり抜け、ローザを立たせると牢の入口から出て、そばにあった鍵で牢を閉めた。
「逃げられるものか!…ぁぁぁぁあ!、許さん!」
悪態をつくイェーガーを置いて懸命にローザを支えながら階段を上る。牢は半地下だったようだ。扉を開けると、誰かに抱き留められた。
そう、レヴィとは『宰相閣下の悪巧み』に出てきた少年です。




