敵陣にて2
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石の床をかつりかつりと歩いてくる音がする。
こちらに歩いてくるのは、黒い髪の男性だった。手に粗末な食事の載ったトレイを持っている。
「レヴィ…」
セシリアが男性の名前を呼ぶ。
「い、いやぁぁぁあ!!」
突然、ローザが絞るような叫びを上げた。慌ててセシリアは自分の縄を解き、ローザの縄も解くと、彼女からレヴィを隠すようにした。レヴィに一度視界に入らない位置に移動するように指示をする。
「ローザ様、ローザ様落ち着いてくださいませ。私の手の者です。ローザ様!聴いてください!」
あまり大きな声がすると、他の見張りが様子を見に来てしまう。できるだけ声を抑えてローザに声をかけ続ける。
レヴィの姿が見えなくなると、早い呼吸ではあるが悲鳴は治まった。
「少し落ち着かれました?ゆっくり息をしてください。」
「も、もうしわけっ、はっ、は、あれからっ、はぁ、男性が、だめでっはぁ、はっ」
「ゆっくり、ゆっくりです。」
セシリアはローザと呼吸を合わせ、速度を落とす。直きに通常の呼吸に戻る。
「よかった。レヴィの声だけなら大丈夫ですか?」
「も、申し訳ありません…声だけなら…」
「レヴィ、そこから報告を。」
「はい。セシリア様が拉致されてから一晩経っており、現在は朝です。居場所は他の影に伝えましたので、もうしばらくで救援が参ります。」
「そうですか。ここは?」
「リンダブルグの東南にあたる、ロンダリア伯爵領内の国境に近い廃城のようです。どうやら、国境の向こうから迎えがくるようで、国境を越えることなく1時間ほど前に到着しました。それと、イェーガー元王太子もここにおります。」
それを聴いて、ローザの身体が大きく震えた。
「イェーガー元王太子?」
「どうやら、イェーガー元王太子を旗印にしようとしている一派が連れ出したようです。」
「なぜわたくしたちを連れてきたのかしら。」
「そこはまだわかりませんが、夜のうちにもう1人影が入り込んできているので調べます。寄せ集めの人員で動いているらしく、俺もすぐに紛れ込めましたが、人数が多いので、すぐに脱出は難しいかと。」
「わかりました。では援軍を待つことといたしましょう。わたくしたちにできるのは時間稼ぎをして、ここから動かないことかしらね。」
セシリア1人なら脱出も不可能ではないが、足の不自由なローザがいるとなると、救出を待つ方が早いかもしれない。
「ツェツィーリア様だけで彼とお逃げください。わたしは今はまだ公爵家の娘です。でも、ツェツィーリア様は次期王妃。貴方様に何かあれば、リンダブルグはオーラリアとの戦争になってしまいます。」
「それは、本当に最終手段です。わたくしたちには近くに味方がおりますし、直きに援軍がまいります。」
「ここがロンダリア伯爵領であれば、まだ国境より王都の方が近いでしょう。普通に馬車で出掛けるなら9時間ほどというところです。おそらく、王都から最短で隣国に抜けるルートですわ。騎士なら半日ほどで追いつけると思います。」
「なるほど。ローザ様さすがですわ。」
「夜明け前に王都から救出部隊が出るとのことでした。」
「なら、あと数時間というところですね。ローザ様、もう少しの辛抱です。無事にアンゼルムの元にお返ししますから。」
「そんな、ツェツィーリア様こそ…わたしがもっとしっかりしていたら…」
ローザは肩を震わせ、涙を流した。きっと婚約破棄から自分を責めていたのだろう。
しっかりとローザと目を合わせる。ここでまたパニックを起こされると拉致した者たちの動きが読めなくなる。それは避けたかった。
「…ローザ様。わたくしたちは高位貴族です。国や民のための責任がございますし、意に沿わない縁談も受けねばなりません。ローザ様と元王太子がどのような感情をお持ちかはわかりませんが、元王太子は為政者としてやってはならないことをやったのです。それはローザ様のせいではありません。
時は戻りません。もうイェーガー元王太子は廃嫡されました。そんな赤の他人の男のために、貴方が心砕く必要はありません。ですからローザ様はアンゼルムの元へ、わたくしはジルベスター殿下の元へ帰ることだけを考えるのです。」
「…はい…」
声が震えてはいるが、こちらの話はきちんと理解しているようだ。元々王太子妃の教育を受けていたのだ。理性はきちんとしているのだろう。
「おそらく移動するなら、様子を見るなりしにこの後人がきます。女性ではないでしょう。悲鳴やパニックを抑えられますか?」
「悲鳴が…抑えられないかもしれません…。自分ではどうにもならなくて…」
「では、申し訳ありませんが、レヴィが外に出たら、このハンカチで猿ぐつわにいたしましょう。」
「えっ…」
「変に悲鳴をあげれば、向こうを刺激しかねません。それと、これを。」
セシリアは自分の髪に刺してあった飾りを取ってローザに渡した。
「これはここを押すと痺れ薬の塗られた細いナイフが出てきます。結構強力なので、少しかすっただけでも相手をしばらく足止めできます。」
ローザは涙も止まり、青い目を丸くして渡された髪飾りを見ている。
「ならず者に襲われた時用に父に持たされましたの。使い勝手の良さは実証済みですから大丈夫ですわ。」
「え、でもそれではツェツィーリア様が…」
「レヴィ」
「はい。唐辛子液と仕込みナイフです。」
そう言ってレヴィはローザから見えないようにして、トレイに乗せた容器と仕込みナイフをローザに渡した。
ドレスの隠しポケットにそれらを入れて準備万端だ。
勝つことはできなくても、時間稼ぎくらいはできるだろう。
レヴィは怪しまれるのでそのまま出ていった。
「ツェツィーリア様はお強いのですね…」
ローザがポツリとつぶやいた。
「いいえ。できることは簡単な護身くらいですわ。相対すれば戦って勝つことなんてできません。」
「いえ、身体的強さではなく、心の強さです。こんな時にも落ち着いていらして…」
「落ち着いてなんておりません。ですが、わたくしはオーラリアの氷の魔王の娘ですもの。最善を目指してできる限り足掻きますわ。さ、少し不自由で申し訳ありませんが、これを。」
そう言ってにこりと笑うと、ローザの口をハンカチで塞いだ。




