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まだスタートラインよりはるか後ろ

今日は比較的仕事も多くなく、セシリアと昼を共にできそうだと考えながら執務をする。午前中は主に書類作業だ。基本的に書類作業の時は集中したいからと他の人間は追い出している。





集中が切れたタイミングで手を止め、椅子から立ち上がって体を伸ばすと、そのままセシリアの執務室側の本棚に手を掛ける。セシリアの部屋側からは鏡のある位置にこちらからはガラスが貼ってある。

普段は絵を掛けてあるが、絵を外すとセシリアの部屋が見えるのだ。あちらからはただの鏡が見えるだけの優れものである。流石に音は聞こえないが。




セシリアは机で何か書き物をしていた。この時間は彼女は空いている時間のはずなので、手紙か何かを書いているのだろう。




隣(の部屋)にセシリアがいるなんて、まるで夢のようだ。

いつでも見られるし、声を聞けるし触れることができる。一年前の自分にそう言ってもきっと信じなかっただろう。



4年ほど前、外遊で訪れたオーラリアでまだ少女だった彼女に恋をした。彼女はきっとジルベスターに見られていたことは知らなかっただろう。だが、ジルベスターは彼女の知らぬ間にその歌声と、綻ぶ直前の薔薇の如き美しさに魅せられたのだ。

その場でお持ち帰りしなかった自分の理性を褒め称えたい。





それまではイェーガー元王太子が子を成し、王権が安定するまでは深い関係の女性は作らないつもりで、線引きをしながらの付き合いだった。



誘いが全くない訳ではなかったのだが、国内であれば、王権の安定を理由にすれば大抵の良識的な女性は不必要に絡んで来なくなった。それ程までにここ二十年ほどの王族の心許なさ、血みどろな後宮の争いは深く貴族たちの中に影を落としているのだろう。父王は子を成したのはほんの一部とはいえ、生涯で数十人側室を持っていたので、元側室と縁のある貴族がほとんどだった。


それでも絡んでくる者たちも適当にいなし、国外を飛び回っていれば問題なかった。




初めてセシリアを知り恋をしても、結局自分が結婚できる頃には彼女は適齢期を過ぎ、既に何処かへ嫁いでしまうだろう。


それならば、王権が安定した後は臣籍降下し、妻は娶らず一代限りで爵位を返上すればいい。


叶わぬならば、せめて生涯彼女の幸せを祈り独り身を貫こうと、そう思っていたのに。





愚かな甥は、国王や王太后ですらも隠し切れないほどの醜聞に塗れ、廃嫡された。少し前まで、身分違いの少女に溺れ、学園内での振る舞いが目に余るという話が身内はおろか、至る所で聞かれていた。だが、子どもの恋愛ごっこ、あるいはせいぜい妾か側室止まりだろうと誰もが思っていたのだ。



しかし結果は、最悪な形で露見してしまった。いや、暴露されてしまったのだ、他ならぬイェーガーによって。



兄である国王は、体こそ弱く自由が効かなかったが、聡明であった。健康なまま即位していたら、国を発展させていけたはずだ。なのに、息子であるイェーガーは甘やかされただけのわがままな男になってしまった。たった1人の後継だからと大事にし過ぎたのか、周りが持ち上げ過ぎたのか。




幸いルエーガー公爵令嬢も命を落とさずに済み、そのままアンゼルムの妻として公爵家に留まることになった。おそらく、今回の甥の愚行に多少はアンゼルムが関わっているとは思うが、証拠もなく、またあの男の義妹に対する執着、甥が令嬢にした数々の仕打ちを考えると、追及する必要はないだろう。結局は甥がやったことなのだ。


2人の結婚を許可することで、ルエーガー公爵家が変わらずに王家に仕えてくれるなら、それくらい容易いことだ。



それに、セシリアがまだ年頃で、婚約者もないままでいたため、大手を振ってセシリアを迎えることができた。王太后には多少怪訝そうな顔をされたが、セシリアを娶ることの利益は計り知れない。



まずは来週のセシリアの披露目、そして結婚式とやることはまだまだあるのだ。

だが、動ける王族が2人の状態なので、余程のことがなければ城外に出なくていいのは嬉しい特典だった。

食事やティータイムなどのちょっとした時間を彼女と過ごすことができる。




セシリアのドレスは、まるでウェディングドレスのような白い生地で金色の糸で豪奢な刺繍をつけた。私の瞳に合わせたシトリンをあしらったジュエリーも贈った。



天使のような美しさのセシリアが、己の色を纏って人々の前に姿を現すことを考えると、今から外で叫びたいほどだ。



結婚式のドレスも、彼女を最も美しく魅せるべく、デザイナーたちと意見を交換している。ほっそりとした体と日の光を反射して煌めく髪、ぽってりと赤いくちびる。彼女を最も美しく見せる為にはもっと案を練っていかなければ。セシリアの姿を実際に見たデザイナーは、その日から工房に篭りきりで出て来ないそうだ。最高の提案を持って来るに違いない。




目の前で真剣に何かを書き綴っているセシリアを見ながら、そんな幸せ過ぎる未来に想いを馳せる。規定の期間は後2ヶ月弱。とても耐えられる気がしない。次に彼女の唇に口づけしたら、最後まで止まらなくなりそうなので、口づけは自重している。同様の理由で、抱き締める回数もここに来た最初よりも減らしている。それでも、「おやすみなさい」と微笑まれるとキスしてそのまま主寝室へ連れ込みたくなるし、隣を歩いているとつい抱きしめてしまう。


全てを実行しない、自分の自制心に畏怖すら覚えてしまう。


愛は偉大だ。







ほうっ、と息を吐き、そっとガラス越しに彼女をなぞる。好きな時に彼女を見られるのはいいが、そのまま部屋に乗り込んで連れ去りたくなるのは困ったものだ。

実は本棚には少し仕掛けがあって、操作すると外に出ずに隣の部屋に行くことができる。これは設計し、設置した職人しか知らないし、まだ使ったことはないが、いずれ使う時が来るだろうと思うと今から楽しみで仕方ない。




結婚して王妃になったら一気に忙しくなるから、その前に2人だけで何日か籠るのもいいかもしれない。いやいっそ子供が生まれたらすぐ譲位して、2人でどこかに屋敷でも建てて…




もはやツッコミのいない頭の中は収拾がつかない。





ーコンコンコンー




ノックが聞こえるとすぐに対人用の顔を作り、ガラスを絵で隠した後、さも本を取ろうとしているかのように振る舞いながら、入って来た文官が書類を入れ替えるのを待った。
















午前中にやるべき仕事を終え、イェルクがセシリアに昼餐の伺いをしに行った。と思ったら、すぐに部屋に駆け込んできた。







「殿下!ツェツィーリア様に何一つ伝わってませんけど?!」




ちょうどアンゼルムが部屋に入ってきて、目を丸くする。



とりあえずイェルクとアンゼルムを残して人払いをし、イェルクの話を聞いた。




「それはそれは…」



話を聞いたアンゼルムは、その中性的な顔をわずかにしかめて笑いを堪えているようだ。




無表情になったジルベスターがそのまま部屋を出ようとすると、慌てたイェルクに抑えられる。



「待て待て待て!何しようとしてる?!とりあえずダメだぞ!」



「しばらく国は任せた。」



「待てぇ!しばらくじゃねえ。無体を働く気しかないじゃないか!」



イェルクが力を込めて、ジルベスターの腕を掴んで引き留める。



「別にいいではないですか。ツェツィーリア様がどのようにお考えでも。ジルベスター殿下とのご結婚は変わりませんよ。」



アンゼルムは華やかな笑みでそう言う。



「だめだ。彼女の全ては私のものであり、私の全ては彼女のものだ!私の心の全てを知って欲しいし、セシリアにも愛して欲しい。」




「それなら、しばらく2()()()()()()()()()をすればすぐにわかってもらえます。」



自分の(あご)に指をかけ、小首を傾げながらアンゼルムはジルベスターを(あお)る。



「オーラリアに!逃げ帰られたら!一巻の終わりだ!いいのか?!だめだろ?!」



イェルクの言葉に一先ず椅子に座った。



「あっちは政略結婚で、殿下との間には恋愛感情はないと、そう思っておられるようですね。」




「殿下はツェツィーリア様にのみ執着がおかしくて心配だ…」




「そんなことはない!」




「少なくとも俺が知っている殿下ではなくなる。」




相変わらずアンゼルムは笑顔のまま話を聞いている。




「アンゼルムも何か言ってくれ…」




「ツェツィーリア様は聡いお方ですから、()ぐに自分が好かれているということには気づくでしょう。ですが、お心を返してくださるかは殿下次第ですね。」



クスクスと笑いながらなのはもう直ぐ結婚する者の余裕か。




そこで慌ただしく執務室のドアが叩かれた。





「殿下、緊急連絡です!」




3人は直ぐに頭を切り替える。



「クラヴェハーフェンにて大型船の座礁事故が発生いたしました!詳細は不明ですが、多数の死傷者が出ている模様です!」





「なんだと!」



「すぐに騎士団を派遣しろ!人命救助が最優先だ!それと、情報を伝達する兵を向かわせろ!」




一気に室内が慌ただしくなり、対応に追われることになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この国の王家に連なる男性陣で、恋愛関係でまともそうなのが現国王しかいない件…って現国王も側室に毒盛られてるのか… 歴史上でも大国が滅びるのは女性関係の憎愛が原因ってのが結構ありますからね …
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