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マルタと団長は騒がしい一階を抜け出して、最上階である三階に来ていた。三階には団長室と来客用の個室、そして大きな会議室がある。マルタと団長、それに加えて今回の冒険の仲間となる冒険者三人が会議室に集まった。
「これを見てくれ」
そう言って円卓に投げ出されたのは一冊の古い本だった。装飾の少ない装丁に分厚いその本にマルタは覚えがある。手に取り無造作に開いてみるとその考えが間違いではないことが分かった。代々<果ての剣>の団長は己の冒険を本に書き留めてきた。この本もそのうちの一冊で、マルタは本に書かれた内容を思い出していく。そう、これは百年前。マルタが<果ての剣>に入団したきっかけ、当時の団長との出会いと冒険を書き記した冒険記だった。
マルタは様々な特異体質の持ち主だった。その内の一つが見た目が子供のころから変わらないことで、マルタの生まれた地域ではこれを精霊の加護を受けた者、精霊人と呼んでいた。精霊人の寿命は個人差が激しく、人と同じように六十年ほどで死ぬ者もいればマルタのように一切年を取らずやがて生に飽きて自ら命を絶つ者がいるほどだった。
数十年という月日が経つと、森深くの田舎村で育ったマルタは考えるようになった。どうして自分だけが子供のままなのか。元々好奇心旺盛だったマルタは答えを求めるために旅に出た。それを親や村の誰も特に止めることはしなかった。いつまでも変わらないマルタをどう思っていたかはもう分からない。しかし旅立つマルタに少なくない蓄えを渡してくれたことだけは確かだった。
ともかくマルタは旅をした。そうしているうちに流れ着いたのがここ独立都市アナヴォスで、<果ての剣>との出会いも百年前のここから始まった。その時マルタはまだ冒険者ではなかったが、生まれもった知的好奇心からとある遺跡の発見と探索を思い立ち、そこでかつての<果ての剣>の団長と出会ったのだ。
団長はマルタの夢想を覚ますように本を奪い取った。そして本をめくっていきあるページを開く。そして大きな声で読み上げた。
「遺跡探索三日目。地下三層の調査を開始。成果無し。これ以上の探索は危険と判断し撤退する」
冒険記から抜き取られた言葉は簡素で飾り気がなく、いかにもかつての団長の実直で真面目な性格そのままだった。思い出して懐かしみつつもマルタは訝しげに尋ねる。
「それがなんだい、グリューズ。あの遺跡には何もなかったんだよ」
<果ての剣>団長、グリューズはそんなマルタの弁明などお構いなしに続けた。
「あの遺跡は当時の団長たちとマルタが探索してから百年、何組もの冒険団が挑んだが誰も成果をあげられなかった」
「だから言っているだろ、何もなかったんだ」
「いいや、それはない。なんせ挑んだ奴らは口をそろえてこう言ってんだぜ。地下二層くまなく探したが銅貨の一つもない、危険もない遺跡だってな」
そうしてグリューズは開かれた本をマルタの前に置いた。そこには懐かしい文字で確かに記録がされている。地下三層、危険という言葉が確かにそこには書かれている。どうだと言わんばかりのグリューズの顔を見て、観念したように大きく息を吐いた。