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テイオスの剣  作者: C:drive
獣の歌
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36

 裁判を終わらせるため、アクリヴォスは空の杯を掲げた。それを合図に肩に止まっていた鳩と鴉は飛び立ち、中空で交わって一羽の灰の鳩とも鴉ともつかない大鳥へと変わる。大鳥は羽ばたきながら荘厳な、しかし可憐でもある声で高らかに宣言した。

「<真実は今再び虚偽と交わった。契約者よ、混沌に惑う時また会おう>」

 大鳥は優雅にゆっくりと空を舞い、杯に向かって落ちていった。


 しかし、大鳥は突然動きを止めた。その視線の先にはマルタがいる。正確には、マルタの纏う植物の鎧を見て止まったようだった。

「<ほう、懐かしいものを見た。いや、ううむ。模造品か>」

「これが何か分かるの!?」

 マルタは思わず驚嘆の声を上げていた。植物に関してはそれなり以上の知識があると自負していたが、それでも魔力を蓄える性質程度しか分からなかった。類似する植物もマルタには見当もつかない。しかし人など及びもつかない領域にいる目の前の大鳥は一目で看破してみせたのだ。


 マルタの心中は畏れや悔しさとともに期待が募っていた。そんな心を読んだのか、大鳥は男とも女とも取れない声でマルタに語り掛ける。

「<命の木。そう呼ばれていた植物をかつて人の手で作ろうとしていた時代もあった>」

 命の木。その言葉を聞いた瞬間にマルタは驚きを通り越して震えが止まらなくなっていた。命の木、それこそマルタが長年探し続けてきた植物。百年以上も昔、もう霞むような幼い頃の記憶に、しかし燦然と美しい姿のみが残り続けてきたものだった。どこで、どうして命の木を見つけたのかはもう定かではない。だがもう一度みたいという一念だけは残っているのだ。当時はそれの名前さえ知らず、百年経つ今でも名前しか分かってはいない。だが、今唐突に足掛かりが得られたのだ。

「これが命の木、その模造品。なら本物もどこかにあるの?」

 マルタのあまりにもまっすぐな問いに大鳥は大きく笑い声を響かせた。その声は呆れとも喜びともとれない音色で、不思議とマルタの心を揺さぶった。

「<ふふふ、さあどうかな。もうこの場は混沌、真実はない>」

 大鳥はひとしきり笑うと満足したようで大きく羽ばたいた。まったく風は生まれず、ただ一つ抜け落ちた灰色の羽根がマルタの手に落ちてくる。マルタは無意識のうちに羽根を掴んでいた。それを見届けた大鳥はまた満足げに一つ鳴く。美しい笛のような、しかし雷鳴のように轟く音が響く。

「<探せばよい、存在しない証明など誰にもできはしないのだから>」

 大鳥は音の余韻も消えぬうちに杯へと降りて行った。とても大きい鳥がするすると杯に飲まれていく。そして気付けばもう場を支配していた力は消えていた。マルタは失礼を承知で杯の元へ駆け寄って覗き込んでみたが、中には赤黒い血が少し入っているのみだった。


 ユピテルから自宅待機を命じられたマルタは身体を引きずるようにして帰宅し、庭で座り込んで一つのペンダントを空にかざした。灰の羽根飾りがついたペンダントは白く青く輝く海色の宝石が輝いて、目を凝らすと中で人とも魚ともつかない何かの影が泳いだ気がした。うっすらと宿る魔力には見覚えがある。

「まあ、いいか」

 マルタは少し迷ったが、放っておくことにした。きっとこの宝石には彼女が封じられているのだろう。今ならば宝石を砕いて完全に倒すことも出来るだろう。だがしなかった。彼女がマルタを気に入ったように、マルタもまた人のようでいて人とは違う彼女を気に入ってしまったのだ。そうやって託されたこれを今さら無慈悲に打ち砕けるはずもない。彼女は結局誰も殺さなかった。それが偶然なのかやさしさなのか分からない。ただ手の内で光る宝石は悲しくなるほどに優しい輝きだった。


 マルタは美しいペンダントを首にかけて耳を澄ませた。ここからは獣たちの歌は聞こえない。だがマルタは確かに聞いたのだ。草葉のさざめきをかき分けて、風の流れる音に運ばれて、水の波打つ音と彼女の笑う声が耳のうちに余韻のように響いていた。

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