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マルタは手の内にある笛を強く握りしめた。運良く見つけたそれに残った魔力は小さく頼りなかったが、生物を操る力だけは本物のはず。この笛によってメイデンは封印されたのだ。その証拠にメイデンは明らかに焦燥していた。マルタはそう結論づけて一縷の望みに賭けた。あるだけ全部、己の体を巡るものから鎧に宿るものまですべてを笛に注ぎ込む。今生まれるものも、これから生まれるものまで注ぐ思いで強く願う。どうやって笛で封じられたのかなどマルタは知らない。しかしそれでもただ強く思いを込めて魔力を送った。途端、笛からは獅子の咆哮のような音が鳴った。
笛は所々がひび割れていたが、しかし変わらず美しい音色を奏で始めた。草原を駆ける風のように囁き、変わらず輝く太陽のように優しい音色。
「<ああ、ああ。また封じられるというの>」
人並みの魔力しか残ってはいないメイデンは劇のように歌い上げた。悲しみを伴った台詞はいつのまにか戻った笑みとともに発せられる。焦りはすでになく、あるのは諦めだけだった。メイデンがどれだけの存在であろうとも、魔力量で劣る今では封印に抗えるはずもない。
「<でもアナタなら、あのけがらわしい獣の王に比べればましね。その笛を使ったことは気に入らないけれど、ワタシはアナタを気に入ってしまったもの>」
もう抵抗する様子もなくメイデンは笛を聞いていた。従える六頭の獣と水を消し去り目を閉じて、半人半魚の怪物を縛らんと舞う音の魔力に身を任せる。美しい調べと美女の佇む丘はさながら絵画の一枚のようだった。だが、メイデンは唐突に目を見開いたかと思えば今までで一番の笑顔で笑う。脳裏には一つの妙案。かつて宿敵に封じられた時には決して出来なかった案だった。笛は最後の魔力を解き放ち粉々に砕け散る。不可視の鎖が体を縛り、メイデンの動きを徐々に封じていく。封印は成功した。
しかし、それでもメイデンは笑っていた。出会ったばかりであるというのに、どうしてか確信があった。一度目は狂うほどの時が経ってしまったけれど、きっとアナタならば大丈夫。
「<ふふふ、ああそうよ。優しいアナタならきっと大丈夫>」
そう言ってメイデンは最後の力で自らの下半身に生えているうちの、一層美しく青に輝く鱗をむしり取った。そうしてそれにふっと息を吹きかける。鱗は水の泡に包まれてふわりと浮いてマルタの元へと飛んでいき、淡い輝きとともに形を変える。呆気に取られていたマルタが気が付けば、嫌というほどの隠しようのない存在感は途端に霧散して、メイデンの体は水のように溶けていた。下半身から順に地に吸い込まれていき、最後まで残っていた顔はやはり笑顔だった。やがて枯れていた泉にまた水が満ち、自我を取り戻した獣たちが最後に一声上げて逃げ去っていく。草枯れ果てぬかるんだ土地は激しい戦いの傷跡を深々と残していたが、幸い学生たちは全員無事だった。