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これからどう戦うにしても拳が届くような距離はマルタにとって不利でしかない。マルタはそう判断して精一杯後ろに跳んで一度破壊された球状の根を触った。<全てを守れ>。大量の魔力とともに上書きされた命令は直ちに実行される。より分厚く硬い幹がマルタとメイデンを球状に包んで隠した。
「<悪い子ね。ワタシの言うことも聞いてほしいわ>」
しかしただメイデンが自身を囲う球体の幹に触る。それだけで丘全体に根を張っていた球体植物は朽ち果てた。黒ずんだ幹は溢れた水を垂れ流しながらぐずりと音を立てて崩れ落ち、隠していた全てを露わにする。周りはすっかりぬかるみ地面からは黴臭さが鼻を突いた。
「<あらら、思ったよりも力が出ないわ>」
マルタは冗談ではないと再び叫びたくなる衝動に駆られた。メイデンの身に纏う魔力は僅かにしか減った様子はなく、そもそも根本的に人間とは効率が違うのだというのをまざまざと見せつけられる。マルタは球体植物を生み出すのに一割は魔力を消費していた。だというのにそれを枯らしたメイデンはその半分も使っていない。同じ量の魔力を持つ二人のうちどちらが先に力尽きるかは火を見るよりも明らかだった。
「<魔力が少ないと大変ね。人間を相手に全力を出さなきゃ勝てそうにないわ>」
そう言ってメイデンが生み出したのは氷の槍だった。長く捻じれた穂先は透明で、向こう側の景色が透けて見える。そして六つの獣もそれぞれに唸りを上げて動き出していた。水の胴体は縦横無尽に暴れまわってマルタに迫る。
「<囁きの胎児よ、あるじを守れ>」
四頭に減った獣を倒していたマルタのギーレイは遮るように攻撃を防いだ。水を纏い素早さを増した獣を前に攻撃を当てることなど叶わないが、その体でもって守ってみせる。唯一実体を持つ頭の牙をあえて受けて深く食い込ませ、覆い被さるように体を結合する。そうして六体が六頭を見事封じてみせたのだ。
手下が役に立たないことを悟ると、メイデンはゆっくりとマルタに近付いてきた。手慰みにくるりと槍を回して地を石突きでとうと叩く。マルタは走る直感に身を任せて後ろに下がった。途端に、すぐ前を見上げるほどに高く昇る水流が現れる。残っていたギーレイ四体のうち二体はそれに飲み込まれ、水と一緒に消えていた。水しぶきとともに細かい木片が乱れ飛ぶ。水流が止んだ時、禿げあがった地面には悠然と笑うメイデンが立っていた。そして近づき槍を放つ。あるじを守ろうとしたギーレイは水でも突いたように抵抗なくするりと重ねて槍に貫かれていた。それでも守ろうとギーレイは槍を掴んで引き止める。
刺し貫かれた二体のギーレイはややあって動きを完全に止めてしまった。槍から放たれる魔力は絶対零度の冷たさを伴い、刺し口から広がるようにギーレイを氷結させたのだ。メイデンは槍を引き抜くと一つ息を吹きかけた。その僅かな衝撃だけで塵になって崩れ落ちる。マルタを守る盾はもうない。
メイデンはまた槍をくるくると回し始めた。地面を叩いても、そのまま突きを放っても容易にマルタを倒すことができる。そんな余裕を滲ませて、唐突に突きは放たれた。切り裂く空気は凍りつき、その速さにマルタは追い付けない。槍が穿つ音だけが丘に大きく響いた。




